2001年1月31日水曜日

3ヶ月ぶりくらいで、フルート協会の練習に顔を出す

��ヶ月ぶりくらいで、フルート協会の練習に顔を出す。

年が明けて始めての練習なのだが、出席者が少ない。今日はビゼーのアルルの女 第一組曲を練習。これは第8回 フルートフェスティバルで演奏した曲らしいが、私は始めて。今日の合奏が初見である。

パートは第2Fl の楽譜を持っていたのだが、人数が少ないため第3Fl が二人しかおらず、「助けてくれ」というので、両方の楽譜を見ながら吹く。

だいたい、こういう曲は、低音系の楽譜の方が難しくできていると思う。高音は旋律を吹けばよいので、指が回らなくても(^^)曲さえ知っていれば雰囲気がつかめる。

しかるに、低音系て、伴奏譜のことが多いので何を吹いているのか全然分からなくなるのだよな。

今回も、それほど難しい指使いではないものの、何度も迷子になって落ちてしまうこと数度。ううむ精進がたりんなあ。

今年の第13回 札幌フルートフェスティバルの日程と曲目が決定(6月3日 札幌市民会館)。ゲストには、何と 高木綾子さんがお見えになるとか(正式に決定したのかな?)。高木さんと言えば、芸大在学中にして3枚もCD出してしまっている、フルート会の竹松 舞みたいな人である(ちょっと違うか)。フェスティバルそのものよりも、彼女の演奏が今から楽しみである。



2001年1月28日日曜日

柳美里:仮面の国

 小説ではなく、「新潮45」に97年から98年にかけて1年間連載した「言論」である。読んで、横っ面をひっぱたかれたような感触を受けた。

 柳が言論をしかけている小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」や、その他の者たちの文章や主張は、オリジナルを読んでいないため分からない部分が多いのだが、彼女が何に苛立ち、何を言わんとしているのかは十分に伝わってくる。


 もっとも時にその鋭すぎる舌鋒が気にかからないでもないのだが、先に読んだ「命」や「魂」で感じたような、全身鎧をまとい自ら隠れることも逃れることもせずに、傷つくことさえ自明の事としたその主張は鮮烈である。

 例えば、カレル・ヴァン・ウォルフレンと猪瀬直樹の対談で、「官僚をコントロールしていいるのはアメリカだ」とウォルフレンが答えたことに対して、猪瀬はコメントを控えた、みたいな記述がある。猪瀬といえば「ミカドの肖像」を始めとする、鋭い日本論で記憶されている作家だが、ウォルフレンの指摘など、猪瀬にとっては自明だと思うのだが・・・

 小林よしのりや渡辺昇一、渡辺淳一などを批判しているのはよろしいが、村上龍や田中康夫の何に噛み付いているのかは、彼らの主張や反論が掲載されていないので、よくは理解できない。

 この手の批判の書は、往復書簡のような対比で読ませてもらいたいと思う。

 神戸市須磨区の幼児虐殺犯人による「懲役13年」も、残念ながら私は読んだことがない。

 ここから炙り出されるのは、97年当時の日本の状況だ。本書を通して今を見直すと、より悪い方向に向かいつつある「仮面の国」としての日本が透けてくる。常に真相を隠し、責任を回避しようとしている姿は、彼女が批判する言論の場に身を置くものたちばかりでなく、政治家もジャーナリズムも、また家庭にも当てはまる。

 彼女は、見せ掛けの論理じゃなく、真の敵を打てという。また、人間蔑視、えせ人権主義者を猛烈に批判する。

 日本国全体が、彼女の言うような状況に陥っていることは、残念ながら確かに認めざるを得ないのかもしれない。

 言論の持つ力に彼女は限界を感じてしまったようだが、では何に日本を変える力があり、どうすると再生可能なのか。先にあげたウォルフレンも、しきりに自著で日本人の覚醒を呼びかけているが、大きなうねりには程遠い。

 しかし、最後に彼女がやむなく批判した村上龍や、現状認識の甘さを批判した田中康夫は、彼らなりに次なる一手を講じているように思える。小説家という母体から一歩飛躍した活動として。

98年当時も自民党からは絶対に離れないだろう、と指摘された加藤・山崎両氏も、予定調和の範囲内での反乱と言われはするが、今まででは考えられにくかった動きをはじめた。

 世の中が変わるのかなどと、傍観者的に見ている場合ではない。少なくとも自分のスタンスについては見極めなくてはならないと思い知らされた。

 彼女は言論を1年で離れ、文学に変えると書いているが、彼女自身はどこに向かうというのか。

【チャイコフスキーの交響曲を聴く】 交響曲第2番/ロストロポーヴィッチ指揮 ロンドン響

  • 指揮:ロストロッポーヴィッチ
  • 演奏:ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
  • 録音:Oct.1976
  • EMI TOCE-3486

第一の印象はスヴェトラーノフの版と比べて、土臭さが少ない、言い換えるならば、スヴェトラーノフがうたいきったロシアっぽさが少ないという感じである。先に書いたこの曲のもつスラブのにおいが感じられないのだ。オーケストレーションは、中音から低音がすざまじく、特に打楽器群の録音状況は再生装置をぶち壊さんばかりである。確かにスヴェトラーノフも重量級の戦車のような響きではあるが、趣が大分異なる。ロシアくさくないといっておきながら恐縮だが、妥当な比喩かは分からないが「サンクトペテルブルグの宮殿のシャンデリアのような響き」という印象である。

1楽章から聴いてみよう。最初の強打のアインザッツからして、この二人では表現している方向が違うことに気づかされる。改めて聴いてみると、スヴェトラーノフは贅肉を殺ぎ落とした表現をしているように感じる。確実な低弦の響きと金管との絶妙のハーモニーは、「交響曲という大作」にふさわしい印象を与える。少し乾いたような音と迫りくるリズムは圧巻で、打楽器の強さと若干早めのテンポ設定のため、中間部はすさまじいばかりの盛り上がりを見せる。しかし、そのスピード感故か、情に流されすぎないような処理をしているようにも感じられる。むしろ、この曲が持つリズムと躍動感が強調されるような演奏だ。1楽章の終わりは、ふと「悲愴」を思わせる終わり方をする。

2楽章は柔らかく優雅である。行進曲風のところもふところの深い演奏を聴かせてくれる。特に中音域が豊かである。

3楽章もあまり抒情性を感じない。スヴェトラ版で感じた妖精の踊りはここには見えない。おかしな表現だが、見事なシンフォニーの第三楽章を聴いているとう感じなのだ。

4楽章も劇的とも言えるオーケストレーションで、一気にラストまで畳み込むようだ。非常に豪華な音である。勇壮無比な快演と称して良いと思う。

スヴェトラ版と比較する形で聴いてみたが、ロストロポーヴィッチはこの演奏で、標題性をむしろ排したような演奏を目指したのではなかろうか。ロストロ版は、スヴェトラ版を先に聴いていれば少々野暮ったく感じるかもしれない。テンポもかなり遅い設定であるし。しかし、それが味といえば味なのだが。どちらが好きかは、好みによるだろう。私的には、この曲を味わうためには、二つの中ではスヴェトラ版となるが、気分次第ではロストロの世界が好ましいと思うときもあると思う。

まあ、私の書くCDの感想なんて、そんな相対的なものだ。何だか、全然的外れな感想だと思う方がいらっしゃったら、ご意見いただきたい。

3週間ぶりになってしまった

��週間ぶりになってしまった。

まずは Andersen の2番。1番同様に早いスピードでは指が回らない。特にC2-D2という音形が入ると、小指が離れてバラバラの指使いとなってしまい、レガートさが損なわれる。薬指を抑えたままの替え指を使ったほうが良いとの指導を受ける。

また、上昇音形が早くなりすぎる、もっと最初の音をテヌート気味にして急がないようにするように。下降あるいは高音から跳躍して低音を出すときは、顎や唇を引き過ぎないように、むしろ顎を出して息を下向きに吹くようにとのこと。

この音の跳躍と低音は本当に難しい。喉に力が入ってしまい「グエ」と喉が鳴ってしまう。基礎練習ができていないと反省しきり。

次は、テレマンのフルート・ソナタ(f minor) の1楽章を吹いてみる。テンポは四分音符46~52と非常にゆっくりした曲で、Triste (悲しく)と指示がある。

ゆっくりしたテンポであるが間延びしないように注意が必要。またトリルは長前打音を十分に響かせてから吹くようにとのこと。ゆっくりした曲でも十分に曲として聴かせるのは難しい。特にトリルとかが美しくないと、全然つまらない曲になってしまう。

それにしても、3週間もあったのに全然練習ができていない!


2001年1月27日土曜日

柳美里:命・魂

柳の小説を読んだのは昨年話題となった「命」がはじめて。昨年の秋に読んだ。

ほとんど実話に近い赤裸々なドキュメントとして話題になった小説である。(小説というより手記といった方が正しかろう)

芥川賞作家が私生児を生んだ」なんていう下世話な話しが、なぜそれほど感動を呼び起こしているのかと疑問を持ちながら本書を手にした。

しかし、読んだ方はお分かりだと思うが、「スキャンダル」などという言葉は、何の意味をも持たないと思えるほどの壮絶な手記であった。生きることがかくも行きづらいものなのか、彼女を何がここまで追い詰めるのかなど考えながら読み進め、そして読後にある種の言葉にできない衝撃を受けていた。

彼女と、彼女が生もうとしている子供と、今まさに末期癌に患っている東という恩師(というにはあまりにも説明不足な関係だが)。その三者を中心として生へ執念と、また深すぎる愛、生命力、それと裏腹の涙と絶望と裏切りを、嫌というほど思い知らされるのである。いやはやとんでもないものを読まされた。

一方で、内容に衝撃を受けながらも、「周りにこんな女性がいたら、とてもじゃないがついていけないな・・・」とふと思ったものだ。感情が、命の起伏が激しすぎるのだ。それは、柳を読むのがはじめてだからそう感じたのかもしれない。(「家族シネマ」も読んでいないんだから・・・)

「魂」は「命」の続編であるという。「命」の中で丈陽が生まれ、東はまだ生きていた。だから「魂」は、丈陽が生まれてから、東と柳の育児と闘病生活の過程が描かれていた。

「命」はどちらかというと、柳と生まれてくる子供というものを、東を対比させることで書き出していたように思う。癌に冒された東をベースとして、自分が新たに子供を生むということを掴み取ろうとしているように思えた。

「魂」では、全力投球で東との最後の関係を書ききっている。微塵の迷いもない。もはや丈陽でさえ、東との関係を成立させるための題材としか思えないほどの強さだ。

東の激しい性格と、まさに「闘病」とも言うべき、すざまじい生き方、それを支える柳や周りの知人たち。こう書いてしまうとただの「闘病手記」みたいだが、内容はそんな生易しいものではない。

あまりにも大きすぎた東の存在が消えてしまうことを許さないという気持ち、「わたしは治癒と忘却を拒絶する。痂ができたら爪を立てて毟り取り、血を流しつづける。」と彼女は書くが、書かずにはいられない、あるいは書くことがすべて、あるいは文字通り生きるために書くという作家としてのすごみ。生きていた東と自分を書ききることは、自ら血を流すような行為のようにさえ思える。でも血を流すことでしか今の実感と生きてゆく強さを得られないとしたら、なんときびしいことか。

昨年の春に、私は実父を膵臓癌で亡くした。だから、闘病の姿や医者の態度はあまりにもリアルすぎる。

でも、前回と同じように柳や東の生き方に強く共感を覚えるという気持ちを抱くことはできなかった。やはり、「ついてゆけない」と思ってしまうのだ。

そうは思いつつも、余りにも見事というべき生き様、強さともろさと、危うさのバランスは読み始めたら頁を繰るのを止めることができなかった。

柳という作家の何たるすごさよ。全身に身に付ける硬い鎧のようなものが見える。なぜにここまで不器用に生きる、なぜにこんなに真実に対してストレートなのだ。

現代の日本に生きる者たちは、自分を誤魔化すこと、突き詰めないこと、責任を回避すること、傷つかないこと、そしてあきらめることが上手だ。こんな手記(小説か?)を読むことは、自分やふわふわしている今の日本へ刃を突きつけられたような思いさえする。


作品の内容とは関係ないが、気になった点を二つばかり。

東に治療を受けさせようとした病院や医師の名前が出てくるが、あれは実名か? だとすると否定的過ぎる部分は大丈夫か?

今回も前回も、表紙や扉の写真は篠山紀信が撮影している。特にお宮参りの写真など、東は病院から駆けつける状況で神社に行ったはずだ。あれだけいろいろな人が出てきているのに、どうして篠山ほどの人についての言及がひとこともないのだろう・・・ まあ、内容にはほとんど関係ないので、どうでもよいのだが。

2001年1月22日月曜日

【チャイコフスキーの交響曲を聴く】 交響曲第2番/スヴェトラーノフ ロシア国立交響楽団

  • 指揮:スヴェトラーノフ
  • 演奏:ロシア国立交響楽団
  • 録音:9,10 Jun.1993
  • CANYON Classics PCCL-00511

今回は、交響曲第二番を同じくスヴェトラーノフの93年の全集から聴いてみた。

この交響曲は「小ロシア」あるいは「ウクライナ」という愛称で親しまれており、曲名があらわすとおり、ロシア民謡からの引用がふんだんに使われていると解説にある。もっとも、ロシア民謡の旋律を特定することは解説を読まない限りできないし、またその原曲の歌詞も分からないのだが、それでも聴き終わってみると、ロシア的というかスラブ的なにおいが感じられる曲だと思う。

ハ短調という調性ではあるものの、全体に明るく力強い、雄大なロシアの大地を思わせる。歌のつなぎ合わせと繰り返しの妙、チャイコフスキー独特のオーケストレーションの面白さを満喫してみたい。

1楽章、ホルンの寂しいテーマをオーボエが受け、次第に展開してゆく。ロシア民謡からの引用らしい。それが一転、クラリネットと弦の刻みで躍動的な部分に突入する。スヴェトラーノフ率いるオケの重戦車のような低弦の鳴りはすざまじい。再び序奏の主題が現れる部分では、ロシアの大地の広がりのような迫力と詩情を感じる。

2楽章、テンパニと木管によるかわいらしい行進曲風の曲で始まる。全体に易しい風が吹く感じで、この演奏からは豊きな大地を刈入れしている農民の姿が思い浮かぶ。中間部からはメランコリーと多少のユーモラスさをたたえた、これまた詩情豊かな部分であり、ふわりと眠気を誘われるような、そんな快感がある。こんな部分でも、スヴェトラーノフは豊かな音を聴かせてくれている。

3楽章、スケルツォ楽章。非常にチャイコフスキー的だと感じる。躍動感と生命力にあふれた楽章で、そのままバレエが踊れそうである。森の中で小さな妖精たちと自然の精たちが戯れ踊るような・・・そんな印象を受ける。弦の刻みは力強く(多少下品という人もいようが)、木管はきっちりと自己を主張する音で心地よい。

4楽章、華やかで壮大雰囲気で始まり、その後にバイオリンがテーマを提示する。リズミカルな口ずさみたくなるようなテーマ、これがひたすらひたすら、展開される。だからと言って退屈な楽章ではない。収穫祭の後に、村中で踊りを踊っているような、そんな喜びに満ちた楽章であり、聴いているうちに体の内から躍動感が沸いてきて、自然とリズムをとってしまうような、曲に身をまかせることの心地よさを感じさせてくれる。途中でバイオリンが歌う旋律は対比的に優雅で美しい。最後は、重戦車爆裂てな感じで締めくくられる快感!(オケを鳴らせばいいってもんでもないけど・・・・)

このように聴いてみると、非常に民族色にあふれた曲であり、ロシア国民学派5人組みを喜ばせたのもむべなるかなと思わせる曲だと思う。

2001年1月21日日曜日

瀬名秀明:BRAIN VALLEY

「8月の博物館」を読んで、はやり代表作の本作を読まなければ駄目だなと思い立つ。書店にいくと昨年末に文庫化されたばかりらしく、山と積んであったので良い機会と読んでみた。

作品については、はもはや解説不要であろう。第19回日本SF大賞を受賞したベストセラーだ。なんと言ってもテーマが壮大である。「神」にせまる科学だって!と思わず声をあげてしまう。しかし、それに到るためのプロットや事実の組み上げ方が尋常じゃない。参考文献の一覧を見ただけで、これは学術書かと嘆息が出てしまうというものだ。 読みながら、「本当にベストセラーになったのか? これを読む人は皆、抵抗なく最後まで読み通せたのか?」という疑問が沸く。

「8月の博物館」でも感じたが、瀬名の場合、解説過多になる傾向があるように感じる。確かに必要な情報なのだが、我々は科学解説を読みたいのではなく、エンターテイメントを読んでいるのだぞと、ページに向かって毒づくことも幾度か。しかし、であった。圧倒的な知識量の作者と、全く赤子レベルの知識の私のような読者が、同じレベルで物語を楽しんでゆくには、我慢しなければならないハードルなのだと気づく。

いや、考えてみれば「瀬名を読む」ということは、こういう作業を経て得られる世界を楽しむという態度が正しいのではなかろうか。だってこれはSF=Sience Fictionなのだ。事実と虚構の狭間において、その圧倒的なリアルさを楽しむべき小説ではないか。

そう思い直して読み進めると、この本の提示している圧巻ともいえる世界観を理解できるような気がしてくる。「神」のあり方や、臨死体験、アブダクティー、脳の機能などについては、幸いにして我々はさほど難しい本を探さなくても良い。立花隆が「臨死体験」や「宇宙からの帰還」、または「精神と物質」や「脳を究める」で易しく解説してくれている。

だが、それらの知識がなくとも、本書を読み進めると現代科学到達している「心」や「精神活動」ひいては「臨死体験」のような事に関する、一つの回答が大胆な仮説とともに提示されてくる。期待と驚きと戸惑いが交錯しながらも、非常にスリリングな読書体験が得られるのだ。

ただし、後半の「神」の出現のあたりから、物語が一気に爆発しはじめ、ついてゆけなくなってゆく感じは否めない。これは、ネットでいくつかの感想を読んだが、皆共通した印象のようだ。今まで綿密に構築してきた物語が、収束しながらも一気に超新星爆発のように暴発してしまうのだ。
「キリストの変容」ならぬ「北川の面妖」は、もはや感動よりも悪いジョークでしかない。これじゃあ、まるで「アキラ」か!

鏡子や富樫玲子がどうなったのかも分からないし、メアリは悲惨すぎる扱いじゃあないか、とか(最後のユーレーは作者の良心か? 距離を離れて同調したのか?)

広沢の狂気のシーンはS・キング調の人格崩壊を目指したのかとか・・・いやはやもう・・・・


まあ、そこに乗れるかのれないかは別として、この部分の裏にもう一つの瀬名特有のテーマがあるような気がするのである。それは「リアル」さという言葉に象徴されるテーマだ。

「8月の博物館」でも、結局、事実としてのリアルさと小説としてのリアルさのなかで、さまようような印象を受けたものだ。真のリアルとは何か、女性科学者(メアリー)に彼女の勤め先の所長(北川)が話す。「もしかしたら、君は小説の中の登場人物かもしれないではないか?」(文庫本 下巻P265) と。

我々の見ているもの、考えているものは、本当に真実でリアルなものなのか、あるいはすべて脳内現象としての幻想なのか、考えるだけ無駄な作業だが、私もときどき考えないではない。

人間の見える可視周波数とそれ以外の周波数で見る世界が違うように、また人間の可聴周波数で聞こえる音と、それ以外で聞こえる世界が違うように、世界は人間が見たいように構成されているだけなのかもしれない。あるいは、「ヒトが「神」を必要としたのではない。「神」がヒトを必要としたのだ。」(文庫本 下巻P371)という発想。

ここまでくると、もう私には分からない世界だ。

(あと、もう一つ、「8月の博物館」でも提示した、世界が「同調」てやつ。これは、別な機会に考えてみたい。)


エンターテイメントという範疇にありながら、瀬名が提示したテーマはそれをはるかに超えたものだと思う。今後、瀬名のもつ膨大な知識量と知識欲がどういう世界を築いてくれるのか、非常に楽しみである。

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 蛇足になるが、私は今まで、人間の進歩は「神」ということよりも、「脳への刺激」という観点で考えていた。脳はより強い刺激を受けたい方向に不可逆的にプログラムされているのではないか、ということだ。

 友人と飲んでいるときに思いついた考えだが、それほど荒唐無稽というわけではないと思い始めた。

例えば味覚にしても、視覚にしても、あるいは性的な刺激(^^;;にしても、一度新たな刺激を体験してしまうと、昔の刺激では物足りなくなる傾向にないだろうか。

昔、そう20年ほど前と今を比較した場合、どれほどの刺激が増えたかは想像に難くない。ましてや、数百年あるいは数千年前と比べた場合は、である。刺激は減少していない。

新たな刺激が加えられ、脳はそれに耐えられるように進化(それを進化というのならばだ)してきた。脳は刺激に対して鋭敏性と順応性があるのだと思う。いわゆる「内なる目」を持たない動物とて、刺激に対する鋭敏性は有していると思う。ただし、それを自ら作ることができるか、与えられるだけかという違いだ。

刺激の最大のものが、今回の「BRAIN VALLEY」に無理やり結びつけると、「神の奇跡」なのかも知れない。かなり根拠のないこじつけだとは思うが。

2001年1月18日木曜日

【チャイコフスキーの交響曲を聴く】 交響曲第1番/M・T・トーマス指揮 ボストン響

先にスヴェトラーノフの93年録音で聴いてみたが、今回はMTT・ボストンで聴いてみた。

MTTというと、颯爽としたイメージが先に浮かんでしまい、先入観なしには聴けない指揮者にも思えるがそこはさておき。

1楽章の出だしからして、非常にクリアで透明な感じを受けた。CDなどの録音されたものを聞く場合、ミキシング技術もさることながら、再生装置やその音量や音質の設定なども大きく影響すると考えるため、演奏の質を云々することに意味があるのかという疑問は常に付きまとうのだが、それを差し引いても、独特の輝きがある音であるようだ。

スヴェトラーノフ盤よりもシャキシャキと歯切れがよく、若々しい。そのせいか若干ピッチさえ高めのように聴こえる。だから、そこに浮かぶ冬の光はよりキラキラと輝いているように感じる。

2楽章も同様な印象である。より透明で美しい。この楽章は「陰気な土地、霧の土地」という副題があるが、あまり陰気な感じはしない。

3楽章は、どうも印象が深くない。ワルツというのが自分に向かないのかも知れないが、よく聴けば非常にチャイコフスキー的な楽章であると思われる。

終楽章はフーガ(?)にいたるところで、急にテンポを落としておりそれが最後の盛り上げへの溜めになっているようである。フィナーレになる部分は輝かしく、MTTという先入観を排したとしてもアメリカ国歌を聴いているような(アメリカ的な曲という意味合い)気がしてくる。シンバルの音も硬質でプラスティッキーで音量も高い。スヴェトラーノフ盤よりもこの部分はメリハリが利いているかも知れない。ただし、スヴェトラーノフで聴かれたような、全曲を通して底から湧きあがるような重みは感じられない(決して軽々しい演奏だなどと言っているのではない)。これは低弦や打楽器群の扱いの違いなのだと思うが、録音および再生装置による影響についても本来は斟酌すべきだろう。

二つの盤を続けて聴いてみたが、好き嫌いは別として、こちらの演奏は非常に美しい透明な清流を見る思いがする。心に浮かんでくる景色もやはり演奏により異なってくるものである。

2001年1月17日水曜日

【チャイコフスキーの交響曲を聴く】交響曲第1番/スヴェトラーノフ ロシア国立交響楽団

  1. Allegro tranquillo
  2. Adagio cantabile ma non tanto
  3. Scherzo,Allegro scherzando giocoso
  4. Final,Andante lugubre-Allogro maestoso
  • 指揮:エフゲニー・スヴェトラーノフ
  • 演奏:ロシア国立交響楽団
  • 録音:8 Jun.1993 モスクワ放送局大ホール
  • CANYON CLASSICS PCCL-00510(国内版)
交響曲 第1番をスヴェトラーノフ指揮、ロシア国立交響楽団の93年の録音から聴いてみた。

この交響曲には「冬の日の幻想」という標題が付けられているが、2番や3番などと違いこれはチャイコフスキー自らが付けたらしい。曲を聴くに当たっては、あまり標題にはこだわらないほうが良いと主張する人もいるが、曲を理解する手がかりにはなると思う。

第一楽章、弦の上にフルートとファゴットによる旋律が流れるが、非常に美しい出だしである。弱々しい冬の光が、凍てついた大地の上を転がるようなさまが思い浮かばれる。このテーマがひたすら展開されてゆく。ほとんどテーマだけでできているという印象さえ受けるが(^^;;、すがすがしい楽章である。

第二楽章は弦の美しいアダージョではじまる。オーボエが旋律を奏で、弦楽器やホルンへと受け継がれるが、非常に泣かせる旋律。最初のオーボエとフルートの掛け合いは、本当に美しい。いわゆる日本人好みの曲かなと思う。チャイコフスキーは演歌だと言い切る人もいるが、それはさておき、私もこの楽章は非常に好きである。交響曲 第6番を彷彿とさせる部分や、最後はなんだか白鳥の湖のような盛り上がりを見せる部分もあり、チャイコ節が楽しめる楽章だと思う。 

第三楽章は軽快なワルツ風の楽章でこれもチャイコフスキー好みに仕上がっている。ちょっと不安げな楽章である。

第四楽章は暗い出しながらも徐々にフーガ風(?)に色々曲想を変えながら、金管の咆哮する壮大なライマックスへとつながってゆく。「うるさい、単純すぎる、『冬の日の幻想』が何でこういう解決になるのだ」と訝る方ももしかしたら居るかもしれない(実は私がそう思った)。しかし、こういうドンチャカはクラシックを聴く醍醐味だと思う。ファイナルは素直にスピーカーに向かって(^^;;;「ブラボー!!」と叫べる曲である。

曲全体としては、ロシア民謡なのか旋律線が印象的である。テーマも深刻だったり力瘤の塊りのような感じもない。交響曲としてはあまり複雑な形態をとっていないせいか、演奏時間は50分弱であるものの気軽に聴ける曲に仕上がっていると感じる。

スヴェトラーノフはこの交響曲を同じロシア国立交響楽団と1990年5月にも録音しているようである(CANYON PCCL-00096)。この盤はそれよりも新しいもの。90年の演奏は聴いていないが、録音状況も良く、非常に満足のできる演奏が展開されている。

低弦や打楽器群の音量が強く重厚な演奏とえいる。テンポも比較的ゆったりしているが、ベタ遅という感じでもなく、また適度にテンポが振られている点も、聴く側にとっては適度にスリリングであり、聴いた後の満足感は高い。しかし、3年をおいて再び録音したということは、以前の演奏が気に入らなかったのであろうか・・・

同時カップリングは1812年だが、これについては機会を改めたい。

【チャイコフスキーの交響曲を聴く】

HP開設を機にチャイコフスキーの交響曲を集中、連続して聴きレビュを書く企画。

チャイコフスキーは中学時代から、最近まで最も好きな作曲家の一人だった。5番は最も繰り返し聴いた曲であった。そんな思い出のあるチャイコフスキーだが初期作品から通して聴くことで、新たな作曲家像が結ぶだろうか。

交響曲 第5番

この曲を始めて聴いたのは中学2年生くらいだったと思う。カラヤン指揮 ベルリンフィルの録音だったが、今はこのLPが手元にないので、何年の録音かは分からない。なぜこの曲を手にとろうとしたのかは覚えていない。多分、「作曲家の5番シンフォニーは名曲が多い」くらいの気持ちで購入したのだろう。

当時、この曲は本当に全て口ずさめるほど愛聴したものだ。好きな楽章は2楽章と4楽章。2楽章のホルンの夢見るような旋律は、月光が輝く静かな夜を思わせ、こんなに美しい曲があるものかと聴き入ったものだ。4楽章は、それこそこの楽章だけ何度も聴いた。めくるめく弦と金管のハーモニーにほとんど眩暈にも似た感覚を覚え酔いしれたものだ。この楽章は、なんだかアメリカの砂漠地帯を大疾走しているイメージを浮かべた

一度終わったかと思わせるが、再びテーマが始まるところからフィナーレに向けては、この曲の圧巻の部分だと思う。ただ、冷静に聴けば、それほど名曲とは言いがたいのかもしれない。かの、吉田秀和先生もチャイコフスキーは「あまり好きでない、ベートーベンやブラームスに比べて深みがない」とにべもない(出典は忘れました、追求しないでください)。

聴くものによっては「しつこすぎるフィナーレ」など、鼻につく人もいるのかもしれない。最後の終わり方だって「ダ・ダ・ダ・ダ!」というリズムも、やりすぎていう気もしないでもない。しかーーし、である。それで良いのである。しつこさこそチャイコらしさだ。

人間的な慟哭がこめられた交響曲を聴きたければ、ベートーベンやマーラーを聴けばよいのである。軽やかにサロン風に聴きたければモーツアルトに走ればいい(モーツアルトはとてもサロン風なだけではない底知れなさがあるが、それはさておき)。超越した世界に入りたければブルックナーが聳えているのである。(ここらへんは、異論が結構あると思うので、あんあまり主張しないでおこう)

でも、そんなことどうでも良いのである。まるで遊園地のジェットコースターに乗っているかのような快感を感じ、最後の「ダ・ダ・ダ・ダ!」の後に「ブラボー---!!」と叫ぶためには、この曲しかないのである。

ただし、である。この曲の刷り込みは、先にも書いたように中学2年のとき、おそらく70年後半のカラヤン・ベルリンにて刷り込まれたものであることを断っておこう。(2001.02)


交響曲 第6番 「悲愴」

これも、中学2年、カラヤン・ベルリンで聴いたのが始めて。2枚組LPでピアノ協奏曲とカップリングされていた。4楽章を聴いて、何と暗い曲であることか、この終わった後の気持ちをどこに放り投げたら良いのだ、と疑問に思ったものだ。3楽章の馬鹿騒ぎの後の4楽章は、あまりにも異質であった。だから、単細胞な中学生である私は、悲愴といえば3楽章だけを好んで聴いていたと思う。

高校に入ってからも何度か聴いていたと思うが、映画「チャイコフスキー」をTVで見てから、この曲に対する印象が少し変わった。チャイコフスキーが自殺未遂しようとしていたシーンのバックで流れているのが悲愴だったと思う(記憶が定かではないが、なにせ25年以上も前の記憶だ)。いずれにしてもこの映画を見てから、真価は4楽章にあるのだと思った。チャイコフスキーが同性愛者で当局から目をつけられ悩んでいたという俗説を知ってもだ。

考えてみればタイトルが「悲愴」なんだから、3楽章を熱愛するのは、作曲者の意図に反しおかしいのであったが・・・

高校時代のあるとき、何気にこの曲を流し聴きしていたのだが、どこかで心情的なものがシンクロし、気づいたら私は涙していたことがある。音楽を聴いて涙できるとは、それまで思ってもいなかっただけに、自分にうろたえたことを覚えている。

やはり「悲愴」を悲愴たらしめているのは、4楽章であり、その消え入るようなフィナーレをホールで聴いた後は、拍手を控え、しばし余韻にひたりたいものである。

しかし、チャイコフスキーて躁鬱病だったのだろうか・・・・

(2001.02)

2001年1月10日水曜日

沢木耕太郎:血の味

一息で読ませる、力強さ。しかし、勢いを得ても、ほとんど感想が書けない。トンチンカンな文であることを承知の上で、あえて書こう。本をこれから読む前の人は、本文を読まない方がよいと思う。

十五歳の彼が殺したのは父であった。しかしいわゆる尊属殺人というのとは意味合いが違うようだ。

読む前は、最近17歳に多発する少年犯罪がテーマかと思った。それにしては舞台背景が古い、10年以上前の日本のようだ。そのことに違和感を覚えながら読み進めた。少年のもつ苛立ちや不安は共感することができる。決して劣等性というわけではない少年だが、うまく学校や友人となじめず、かといって妥協やおもねりもしないその姿は、孤独であるが純粋にしてもろい姿に写る。つかみ所がない少年の心。浮遊した苛立ち、ズボンのポケットにナイフを忍ばせておかなくてはならないという危うさ。ナイフ=防衛と攻撃のための武器。それは自分を補完し完全なものと錯覚させる。いざとなれば何でもできるという自分を拡大させる魅力を持った反面、それを使用することは大きな不幸を意味するように思う。

少年が走り幅跳びを跳べなくなったのはなぜなのか。現実世界とのつながりがなくなってしまう不安と恐怖。少年は常にそのような不安を持ちながら、生きていた。自分を補完し現実世界につなぎとめるための錘として必要だったのがナイフだったのではないか。人に向ける刃としてではなく。でも、少年の孤独な心は理解できても、少年がどこに向かってしまうのか、不安を感じずにはいられなかった。

少年が、次第に心を開く相手は、かつては売れないボクサーであったオカマのサンドイッチマンという、二重に屈折した人物だった。彼も孤独であり、また純粋であったように思う。少年は、彼と話すことで次第に心が開かれてゆく、それは少年時代特有の「本物」への憧憬にも似たものだったのかもしれない。または、ある種の親近感であったのかもしれない。世間に背を向けた中でのネガティブな共感。

破局が現れるのも、半ば予想できる範囲であった。男の嘘と汚さが見えた瞬間に憧憬に似た気持ちは汚され、侮辱される。少年の少年らしい心が発露されるのはこの部分だ。しかし、汚されたことに対する復讐というストーリーは安易すぎる。これは屈折した青春の再生のストーリーではない。沢木はそんな陳腐な小説を書いたのではなかったようだ。

少年の理解者は、昔演劇の脚本を書いており、その残り香をくすぶらせて生きている教師と、彼を見つめる同級生の女性、それとオカマの三人だけ。三人とも「本来の自分」でない自分を生きていかなくてはならないという哀しさ。男が「行ってしまうと、あんたは」と叫ぶ場面は、彼を理解する誰もが「どこかに行ってしまう」ことが見えていたのか。

では、少年は「どこ」に行ったのか。

一方で、「どこか」に行かず、あるいは「どこか」から逃げてきた男がいた。少年の父だ。少年は結局、父を殺す。なぜ父を殺さなくてはならなかったのか。あるいは、一体彼が殺したのは父だったのか。その後の彼は、過去を封じ込め現実世界との接点を持ちえたかにみえたが、それは破綻してしまう。

もともと、現実世界と深く関わっていくことができない、孤独な心をかかえた彼ら。自分の中での本来の姿を実現できない彼ら。少年の父にも、サンドイッチマンにも、そして平岡にも、挫折したカシアス内藤のような姿がだぶる。彼が殺したのは、「どこか」から逃げることで一度死んだ彼らを、彼ら自身がもういちど殺すということなのか、二重の意味での殺人と、ネガティブな再生か。

沢木がこの小説を書き始めたのは15年前だという。それからこの小説の持つ意味が自分でもわからず、最近やっと書き終えることができたらしい。沢木は「どこか」自体を追求している作家ではなかったか。

 一度読んだだけでは、謎の多い小説だ。持っているテーマは沢木特有の挫折した人生に対する鎮魂とも重なるようで、重く深い。

 私の書ける感想は今はここまでだ。

2001年1月8日月曜日

瀬名秀明:八月の博物館


本を買うときに、まず帯を読んだ*1)。瀬名秀明だが今回は、バイオものではないようだ。残念ながら私は瀬名のファンではない。数年前に「パラサイトイブ」を読んだ。持っている本が第9版だから、かなり売れてから読んだようだ。確かに面白かった。







「目の前の景色が突然消えた」


今までにない展開を予測させるこの書き出しだけで、読む気になったものだ。ミトコンドリアがなぜあんなになるのか(^^;;という荒唐無稽さを問わせない勢いがあり圧倒された。


でも、その後の「BRAIN VALLEY」は読まなかった。買おうとした時、瀬名秀明は既にあまりにも売れすぎており、本をカウンターに持っていくのが気後れしてしまったようだ。


鈴木光司もそうだった。「らせん」「リング」と読んだ。こんな怖くて面白い小説があるのかと小躍りした。それから半年後、世の中は「リング」と貞子ブームになった。そうしたら、もう鈴木の小説を読む気にならない。


今店頭に並ぶ続編は、本当に彼の書きたかった小説なのか?商業主義に乗って出版社に勧められて書かされているのか?それを判断することはできない。


今回この本を読む気になったのは、瀬名が貴志祐介の「天使の囀り」文庫版に解説を書いており、その解説のスタンスが気に入ったからだ。


彼は書いている。「読み終えた直後、『これには適わない』と私は思った」と、そして、「貴志祐介のさらなるファンになっていたのだ」と。


瀬名のHPがあることを知り読んでみた。そこに作家の内面を吐露するような文章を見つけた。こんなにもナイーブな作家が、自分の得意分野らしきものから離れてどんな小説を書くのか、単純に興味があり本書を手にとったのだった。実際、ホラーやサイコミステリーものに食傷気味でもあったし(そんなに読んでないけどね)。


前置きが長くなった。しかし、ここでは小説のネタばらしのような話は一切しないつもりだ。


もしかしたら、この小説は、売れないかもしれない、という気がする。考え抜かれたプロットの回りくどさや逡巡が、どうしてもページを繰る速度を鈍らせてしう。テーマは別のところにあるのかもしれないが、少年たちが主人公なところにも、何かジュブナイル小説を読んでいるような気にさせてしまう。これを読む前に「モモ」なんか読んでいたせいだろうか。


主人公の「亨」が非常に優等生であることも、気にかかった。そもそも小説の主人公て、どこか欠点をもった、ダメな奴として書かれるものじゃあないのか、瀬名の少年時代をモデルとしているのなら、なおさら優等生の小説を読んでいるような、そう、小説の中の「啓太」のような気持ちにもなってしまうのだ。



そんな、こんなで、期待と不安と逡巡が織り交ざった思いを持ちながら、ラストになってしまった。帯にあった「かつて誰も経験したことのない<感動>」というものは、残念ながら得られなかった。



反論もあろうが、小説の中で一番魅力的人物は鷲巣だった。鷲巣は良く描かれている。亨と鷲巣だけで、短い夏の物語が書けるほど魅力的な背景と人物だ。でも瀬名はそうしなかった。



また、小学校最後の夏休みと、「どこでもポケット」のような不思議な博物館、これだけでも読者をひきつけられる話を書けたのに、どうしてあんなに回りくどい構築の仕方をしたのだろかと思う。実話の匂いをもたせた二つの物語を並行に進めながら。



作者のてらい、あるいは あざとさ?



がだ、ここまで書いて、私は一体どういう種類の<感動>をこの本に求めたのだろうかと ふと自問してしまった。めくるめく物語の嵐による感動の本流だろうか、甘酸っぱい感傷的な感動だろうか。作者が何をいいたかったなど分からない。分かる必要なんてなかったのじゃないか。感動するように書かれた文章の否定と肯定?。のめりこみと、はぐらかしの交差。


こうして考えるに、この小説からは別の種類の感動が表れることに気が付く。それはこの「小説の中の物語そのもの」が持つ感動ではなくて、自分の中でのあこがれや、忘れてしまった感動、懐かしさといった「自分自身の物語」に対する郷愁にも似た感動であった。それは非常に静かだが、また再び日常の中ではしまいこまれてしまう種類のものだ。自分の中では終わることのない物語でもあるのかもしれない。


またこの小説は「モノ」に付与された物語性という、もう一つのテーマも改めて思い起こさせてくれる。そういう意味からは、小説の面白さ、物の博物的面白さなどいろいろな事を考えさせてくれる小説である。

こんな二重性を考えさせてくれた瀬名に感謝。ストレートに次回の作品を期待したい。


  1. 単行本の帯より

    「あの夏、扉の向こうには、無限の「物語」が広がっていた。

    小説の意味を問い続ける作家、小学校最後の夏休みを駆け抜ける少年、エジプトに魅せられた19世紀の考古学者。3つの物語が融合して、かつて誰も経験したことのない<感動>のエンディングへと到る圧巻の1000枚!!

    人は何故「物語」に感動するのだろう。

    ��0年前の夏の午後、終業式の帰りにふと足を踏み入れた古ぼけた洋館。そこで出会った不思議な少女・美宇。黒猫、博学の英国人紳士。”ミュージアムのミュージアム”であるというその奇妙な洋館の扉から、トオルは時空を越えて、”物語”の謎をひもとく壮大な冒険へと走り出した。

2001年1月7日日曜日

今年のレッスンは、Andersenの「24の練習曲 作品21」の1番から

今年のレッスンは、Andersenの「24の練習曲 作品21」の1番から。

曲はハ長調でスケールとアルペジオからなるものだけに基礎が出来ている人には、平易な曲なんだと思う。

しかし、T&Gも満足に練習していない私には難しく、ほとんど曲にならない。「エレガントに」どころの騒ぎではない。

Moderatoなので雰囲気としては四分音符104から108くらいのスピードで吹きたいが、難しい指のところで必ずつまずく上に、早いブレスが相変わらずできない。遅いスピードで確実に吹けるようにしてからテンポを上げてゆくしかなさそうである。

息継ぎの位置などを再確認した上で、もう一度挑戦することにする。

Andersen 作品21は、24のすべての調が練習できるようになっている上に、たとえばハ長調の曲であっても、やたらと臨時記号が多く、一筋縄では行かない。今年は焦らずに、1ヶ月に1曲のくらいの割合で、確実に吹けるようになってから次に進むようなペースで進めていきたい。(て、進度を考えるのは、先生なんだけどね)


練習曲の他には、テレマンのフルート・ソナタ ヘ短調かブラヴェのフルートソナタ、あるいはヘンデルのフルー・トソナタのいくつかが良いのでは、というアドバイスから楽譜を購入。実は、どの曲も聴いたことがなく(不勉強!)、音源を捜す。「工藤重典/フルート・バロック名曲集」があったのでこれを購入。聴いてみたが、果たして吹けるようになるのだろうか?


2001年1月3日水曜日

モモ/ミヒャエル・エンデとオモチャと癒しについて

なぜ、新年早々 児童文学なのかは昨日書いた。


読んでみて、話の秀逸さには驚くばかり。テーマとしては、映画にもなった「はてしない物語」と類似しているが、そのファンタジーの豊かさは強烈である。(「モモ」も映画化されているらしいが)


時間泥棒という発想が面白い。児童文学ではあるが、大人が読んでも身につまされる話である。「時間がなく、アクセクと効率のみを追い求めて、生活している今の人生」というものが、一体何なのかと考えさせられてしまうのだ。本当の豊かさとか、幸せというものが何か、これを改めて問い直されるのは、現代に生きる人にはつらいものがあるかもしれない。


 今まで、モモの友達だったベッポや、ジジ、そして子供たちが変わっていく姿は悲劇を通り越して、哀れでさえある。でも、今の自分たちの生き写しじゃないか! じゃあ、我々こそ哀れなのか?と自問せざるを得ない。自分たちの子供には、想像力をスポイルさせる(とエンデは言うだろう)オモチャやらTVゲームを買い与えながらも、遊ぶ時間は制限して勉強や塾を強いる。


もはや我々は、モモやベッポにはなれないのだ。だからこそ、ファンタジーなのだろうか。


ふとシンクロするものがある。元旦に見たフジテレビ「世にも奇妙な物語(SMAP主演)」。草薙くんの出ている2番目の話である。

話のテーマは違うが、バリバリの資本家だった彼(草薙)は、理髪店での奇妙な時間を経験(全く違う価値観を有する世界がそこにあるわけだ)する。いったん、そこの秩序を受け入れてしまうと、そこから出ようとしたときには、もはや、もとの世界には戻ることができなくなってしまっていた。


もうひとつついでに、オモチャといえばだ。「モモ」の中には、「完全無欠の人形」てのが出てきて、これでは子供たちは「本当の遊びができない」と書かれている。完全無欠の人形は、少しばかり言葉を話すためオモチャが遊び方を限定しすぎる、てなことだった。


ところで、元旦の朝日新聞(元旦特集かな)を見ていたら、SONYのアイボで癒しを得ている50歳過ぎの女性の話が掲載されていた。

私の母もXmasに、刺激を与えるとしゃべる人形が欲しいというので購入した。1月3日の朝日新聞は「日本の予感」に、SONYのアイボについて「コンピューターは効率を追求してきた。アイボはハイテクだが、あえて何の役にも立たないロボットを目指した。そのギャップがいやしや共感を誘うのではないか」とあった。


1日に話題にした、貴志祐介の「天使の囀り」の中で、オタク信一に、「TVゲームを大人たちは悪く言うが、TVによって計り知れない癒しを得ているんだ」みたいなことを語らせている場面がある。


私は、実は 全然ゲームてやらないのだが、(なんと「時間がもったいない」気がして!!!) 「モモ」とは全然話微妙にずれていくけれど、オモチャやゲームの与える癒しとか、「もったいない時間」て何なんだろうて、ふと考えてしまった。


考えを深めると「意味」ということにも通じてゆくのだが・・・・


児童文学といえば、おととしあたりから話題になっている「ハリーポッター」。あれも息子と争うように読んだが、個人的には世界的ベストセラーとなる理由が良く分からないのであった。これについては、機会があれば書きたい。



2000年のレッスンを振り返って

昨年は、Drouetの「25の練習曲」の11番から始めて、Berbiguierの「18の練習曲」を終わりまで、33の練習曲やったことになる。ただし、ただやっただけ という感じで、とてもでないがもう一度吹けといわれても、満足に吹ける曲がない。

 出来ないところや指の回らないところがあっても、「これは課題として家で練習しておいて」というアドバイスに留まり、課題が解決されないままに、次々と新しい練習曲をやるペースには、ちょっとついてゆけないものがあった。

実際、DrouetやBerbiguierは中級者用の練習曲集に分類されているのではないかと思う。アルペジオの連続や、オクターブを超える跳躍などが頻繁に出てきくる上に指定スピードもAllegroである。

 フルートを始めて、5年目になるが練習していないせいか、全然うまくならないし、このままでは今以上に進歩がないと考えるので、レッスン日誌をつけてみることとした。

 どんなに良い先生についても、実際に音を出して、指を動かさなくては何もならない。せめてものヒントを忘れないようにという意味もこめて・・・・・

2001年1月2日火曜日

私のフルート歴 その10(1997年~)楽器を買う

身の程を知らないというのは、恐ろしいもので、協会にも入ったので楽器が欲しくなった。その頃のヤマハ201でも十分過ぎる楽器なのだが、見栄てもんでしょうか。

以前から、札幌キクヤで開催される楽器フェアには全て顔を出し、また東京に出張するたびに、銀座山野楽器、ラモサウンド、ヤマハ銀座店、新宿ムラマツ、目白はておばると にタニテック、タグフルートなどなど、とにかく色々徘徊しまくった。(フィーリング、パウエルジャパンなどは行かなかったなあ・・・)

結果的には、ておばると にて、ゴウブラザーズの楽器とヘインズの1973年くらいのユーズドという二つの選択肢に絞り、両者を札幌に持って帰りヘインズに決めた。C管のリングキーである。

楽器選びの最終段階では、当時Niftyで知り合っていた、今ではMIDI系のHPでも有名な「ぴっころ」さんにも試奏してもらった。札幌では、フルート協会のN先生にも吹いてもらったりした。

今から考えると、なぜにこの中古楽器かと思うし、実は非常に鳴りにくい楽器でしかも管厚が薄いので、パワーがなかなか伝達しないんだが、なぜか個人的には気に入っている。結局ヘソ曲がりなんですよ。

リングキーは、ほとんど抵抗なく指になじんだ。今でもそりゃあC1とかD1とかうまく出ませんが、カバードでだってうまく鳴らないんですから、おんなじことです。それに、3年間の楽器店めぐりで、リングキーをしっかり練習してましたから(て、ウソだよ)。

Eメカも無いんですが、これも気にしなければ良いのです。世の中にEメカ付きの楽器など無いと。

私のフルート歴 その9(1997年~)札幌フルート協会に入る

K先生が理事をやられている、札幌フルート協会に入らないかと誘いを受け、入会したのが97年9月頃だった。

自分などが入ってやっていけるのかと不安であったが、何とか今でも細々と続けている。今でもやはり一番下手な部類に入るのだが・・・

札幌フルート協会は協会ができてから10年以上経っている。元札響のフルーティストにして指揮者であった佐々木先生を中心に、プロとアマが混成した団体である。非常にアットホームな雰囲気であり、また協会で練習する楽譜は、すべて佐々木先生の編曲によるものという非常に贅沢にして恵まれた団体であった。

年末に「研究発表会」と称して、会員が曲を披露する場があるのだが(内輪で)、最初の年は身の程もわきまえず、ヤマハで自爆した「忠実な羊飼い」を吹いてしまった。

演奏の後、佐々木先生は「・・・・・この曲は非常にいい曲なのだけど・・・・、君にはもう少し簡単な曲がいいのじゃないか・・・・」みたいなことを、やんわりと、しかもハッキリと言われ、深く頭を垂れるのであった。

協会の活動の一環として、1998、1999、2000年とフルートフェスティバルin札幌にも出演させてもらい、アンサンブルをする楽しみが少しだけ分かってきたところである。

私のフルート歴 その8(1997年~)二つの発表会

97年と98年の二度にわたって、ヤマハの発表会に出た。

前の年は、シドヴィル(伝ヴィヴァルディ)作「忠実な羊飼い」より第6番の1~3楽章を、次の年にはドニゼッティのソナタを選んだ。

どちらも非常に良い曲である。しかし、私が吹くと曲にならなかった。「人前で吹く真似をした」という程度に留まり、練習不足を痛感するとともに、自分の技量以上の曲をやってしまうことの浅はかさを嫌というほど思い知らされる羽目になった。

ああ、思い出したくも無い・・・・・、今思い出しても赤面するほどの出来であった。

私のフルート歴 その7(1997年~)K先生のレッスン

K先生のもとでのレッスンは2002年頃まで続いた。

アルテス2巻とケラーのやさしい練習曲をやっているときが一番つらかった。この二つは生半可な技術では到底吹けない。アルテスときたら装飾音の練習のあたりから途端に技巧を要求され難易度を増す。ケラーは「やさしい」と称されていながら、指使いも音楽的に吹くのも難しかった。

今でも時々取り出して吹いてみるが、とても満足に吹けるものではない。

ケラーのあとは、ガリボルディの作品132、ベルビギエ、ドルーエと続いた。ガリボルディはまだしも、あとの二つも非常に難易度の高い練習曲である。

これも今でも満足に吹けないのだが、いわゆる譜読みというか、ソルフェージュの練習にはなっていたのだと思う。決まったパターンの音形を覚えるという効果もあったようだ。

私のフルート歴 その6(1996年1月~12月) スクールを変える

私の通っていたスクールは、金曜日18時半からのものだった。社会人の花金の18時半というのは、例え遊び歩いていなくても、「お稽古」に通うには非常に不適格な時間帯である。業務との両立が難しくなってきたので、土曜日のスクールを探すことにした。

同じヤマハ系列で、土曜日の13時半から教えられる先生が見つかり、そちらに移ることにした。札幌では知る人はみんな知っている、フルートやっていて知らない人がいたら、もぐりと言われるくらいの重鎮K先生であった。

私のフルート歴 その5(1996年1月~12月) はじめての発表会

この年の秋だったと思う。ヤマハ主催での小さな発表会があり、出ることになった。

「吹きたい曲はないか?」と問われても、何が吹けるのかわからない。このころ、「フルート名曲30選」とか、バッハのフルート・ソナタ集など、楽譜だけは持っていた。知っているところのさわりだけ吹いて、喜んでいるレベルであったので(今でもそうだ)、満足に出来そうな曲などあるわけがない。

大胆にも、モーツアルトの「アンダンテ」をやってみようとしたが、ちょっと駄目そう(当たり前だ!)。ということで、フォーレの「シチリアーノ」を吹くことにした。

この曲にしたところで、今もって満足に吹けないのに、よくやったもんである。

本番では、練習で出来なかったところは、やっぱり出来ず、練習で間違えたことがない場所でも、平気で間違えたりすることも分ったが、人前で吹くという非日常性や、本番へ向けて練習するという緊張感が結構楽しかったりしたものである。

私のフルート歴 その4(1996年1月~12月) ガリボルディ作品131

ガリボルディの練習曲はアルテスをやったら、必ずやる練習曲である。

アルテスよりは音楽的で面白い曲が多い。でも吹くとちっとも音楽的にならない、スラーはガタガタ変なアクセントが付くし、三拍子系の拍が全然取れない。

本当にアルテス1巻やったのか?と疑問になるくらいにこの曲集は吹けなかったのだけが、あれよあれよ問い間に番号だけは進んでゆくのであった。

ガリボルディも加藤元章さんのCDがあることを知ったので、これも購入してみた。アルテスのCD聴いた時と同様に、再び呆然としてしまった。音色の美しいこともさることながら、あのつまらない練習曲を非常に音楽的に高めて吹いていたのである。

私のフルート歴 その3(1995年6月~12月) スクールの練習とアルテス1巻

ここでは、アルテスとヤマハのポピュラーミュージックの教則本を併用して練習した。

アルテスは、ご存知のようにピアノならバイエルに相当するもので、フルートを始めた人ならば必ずと言っていいほど練習するものだ。

しかし、曲は結構つまらないというか、奇妙な曲調の物が多い。本来、先生との二重奏を前提に書かれている本だが、一人で練習しているときに家族に笑われたこともしばし。息子も「変な曲!」とか叫んで、曲にあわせて妙な踊りを踊る始末であった。

あるとき、札幌出身のフルーティスト加藤元章氏が、アルテスをCD化しているという情報を得る。東京に行ったとき、新宿のムラマツでこれを発見、購入して聴いてみたらびっくり仰天であった。これが、あの妙な曲か!!!??と 本当に目から鱗状態であった。加藤氏の音の響きもさることながら、平易な曲でも音楽的に歌うことの重要さが身にしみたのであった。(いまだに出来ないけどね)

音楽的な素養がない上に、楽譜も満足に読めない私であったので、知らない曲に当たる場合、楽譜だけで曲がイメージできるまでCDは聴かないで練習することを課していたが、ある程度吹けるようになってから、改めてCDを聴くと、あまりの曲想の違いに愕然としたことも何度もあった。

それでも、加藤氏の「すべてはここ(アルテスの最初)からはじまる・・・」という言葉を信じて、練習に励んだものだ。

スクールでは、アルテスとヤマハの教則本を併用していると先に書いたが、ヤマハの初級教則本は、要は簡単なポピュラー曲のカラオケに乗ってフルートを吹くてやつである。

しかし! リズム音痴な私は、「メリーさんの羊」さえ、カラオケに乗せて軽快に吹くことができなかったのには、自分自身情けない思いをしたものだ。また、たとえば、サザンの「いとしのエリー」など、カラオケでは適当でも歌えるのに、フルートで吹くとなると全然リズムに乗れないのだ。穴に入りたいと感じた「赤いスイートピー」は、曲にさえならなかった。

元来、ポピュラーとか歌謡曲に疎いわたしは、まったく8ビートのリズムに乗ることができないのであった。

今でもそうである。何とか口ではリズムが取れるのに、笛をもつととたんにできない。ソルフェージュと指使いは密接に結びついているのだろうが、やっぱ才能ないなあと感じる瞬間である。

そういう練習を続けながらも、アルテス1巻を終えた。6月から初めて12月の終わりになっていた。今から思えば、これもやっただけ状態であることに変わりはない。

私のフルート歴 その2(1995年6月~12月)スクールに入る

しばらく、スケールやら簡単な曲をやってみたが、やはりスクールに通わなくては駄目だと思い立つ。(最初から思えよな)

ヤマハPMSで体験レッスンも受けてみたが、「グループレッスンでポピュラー中心」というのは、私の目指すところではなかった。

実際、フルートで「赤いスイートピー」を女性に混じって合奏している自分を想像すると、穴に入りたくなるような気がした。

ヤマハ教室でも、場所によってはクラシックを教えているところもあり、やっと職場から近いスクールに入会したのであった。N谷先生という女性の方であった。

私のフルート歴 その1(1995年6月~12月)フルートを何故選んだか から 始めて音を出すまで 

フルートを始めるきっかけとなったのは、「バッハ 無伴奏チェロ組曲」(ビルスマ)を聴いたのがきっかけだった。始めて聴いた、そして、こんなすごい曲があるのかと思った。また、ビルスマが「この曲は、一生かけて弾いてゆくことで新たな発見がある曲だ」みたいなことを何かに書いており、そのような世界があることに、驚きと感動を覚えた。始めてバッハや音楽というものの偉大さの片鱗に触れた思いがしたのである。

いまさらチェロはできない。中学時代に吹奏楽部でチューバを吹いており、あのころのあこがれだったフルートを始めようと考えたのは、テレマンの「ターフェル・ムジク」を聴いていたときだと思う。それこそ朝食を食べながら、この曲を聴いていたとき、非常にやさしい響きの笛の音が聴こえてきた。ブロック・フレーテという縦笛らしいのだが、無知な私はフルートと勘違いして、「よし、これをやろう!」と心に決めたのだった。

気が熟したとき、私の場合スクールに行くよりも、楽器店にまず行った。自力で何とかなると思ったのだ。予備知識など何もない。店員に進められるまま、YAMAHAのエントリーモデルと「はじめてのフルート」と「アルテス1巻」を買った。うれしくて、車の中で楽器を出し頭部管だけで音を出してみたりしながら帰り道を急いだことを覚えている。

家に帰って、楽器を組み立てようとしても、どう組むのか、どう持つのかさえ分からなかった。アルテス1巻の植村さんの非常に丁寧な解説を、マーカー片手に読んだ。そして、音を出してみたところ、最初からE1からD3まで難なく出せた。強い思い入れがあって、非常に熱中すれば、それくらいできてしまうものらしい。

うれしくなって、その日のうちにC-durのスケールの運指を覚えてしまった。カバードキーだというのに、どうしてもCis1とC1が出なかったが、出ないことさえ楽しみであった。

今から思えば、この十数時間が私のフルート歴の中で、一番上達著しいときだったのではないかと、考えてしまう。

フルートを何故選んだか から 始めて音を出すまで 

フルートを始めるきっかけとなったのは、「バッハ 無伴奏チェロ組曲」(ビルスマ)を聴いたのがきっかけだった。始めて聴いた、そして、こんなすごい曲があるのかと思った。また、ビルスマが「この曲は、一生かけて弾いてゆくことで新たな発見がある曲だ」みたいなことを何かに書いており、そのような世界があることに、驚きと感動を覚えた。始めてバッハや音楽というものの偉大さの片鱗に触れた思いがしたのである。

 いまさらチェロはできない。中学時代に吹奏楽部でチューバを吹いており、あのころのあこがれだったフルートを始めようと考えたのは、テレマンの「ターフェル・ムジク」を聴いていたときだと思う。

 それこそ朝食を食べながら、この曲を聴いていたとき、非常にやさしい響きの笛の音が聴こえてきた。ブロック・フレーテという縦笛らしいのだが、無知な私はフルートと勘違いして、「よし、これをやろう!」と心に決めたのだった。

 気が熟したとき、私の場合スクールに行くよりも、楽器店にまず行った。自力で何とかなると思ったのだ。予備知識など何もない。店員に進められるまま、YAMAHAのエントリーモデルと「はじめてのフルート」と「アルテス1巻」を買った。

 うれしくて、車の中で楽器を出し頭部管だけで音を出してみたりしながら帰り道を急いだことを覚えている。

 家に帰って、楽器を組み立てようとしても、どう組むのか、どう持つのかさえ分からなかった。アルテス1巻の植村さんの非常に丁寧な解説を、マーカー片手に読んだ。そして、音を出してみたところ、最初からE1からD3まで難なく出せた。強い思い入れがあって、非常に熱中すれば、それくらいできてしまうものらしい。

 うれしくなって、その日のうちにC-durのスケールの運指を覚えてしまった。カバードキーだというのに、どうしてもCis1とC1が出なかったが、出ないことさえ楽しみであった。

 今から思えば、この十数時間が私のフルート歴の中で、一番上達著しいときだったのではないかと、考えてしまう。

私のフルート歴(1995年6月~12月)

自分のフルートとの取り組み方を思い出す意味から書き始めてみたが、ずい分長い文章になってしまった。フルート歴て言っても、始めたのは95年からです、今年で何年目になるでしょう。

ほとんどの人は、あんまり興味ないと思いますが、内容は以下のようになってます。

  • フルートを何故選んだか から 始めて音を出すまで 
  • スクールに入る
  • スクールの練習とアルテス1巻
  • ガリボルディ作品131
  • はじめての発表会・スクールを変える
  • K先生のレッスン・二つの発表会
  • 札幌フルート協会に入る
  • 楽器を買う
  • このあとはフルート日誌を