2002年1月31日木曜日

村上龍と坂本龍一の教育対談を読んで

対談 「希望」を語る 村上龍氏×坂本龍一氏~★格差を伴う多様化が進む「普通の子供」は、もういない  ★「殺さない」「生き延びる」自分で考えて学んでほしい という記事が面白いと、紹介してくれた方がいる。

早速読んでみたが、確かに示唆に富む。それほど長い内容ではないので、興味のある方は読まれたい。二人とも、日本の枠の中には住んでおらず、その点において共通項を持つ。村上がサッカーの中田選手を「同類」と感じるのと同じ親近感を坂本に覚えているようだ。つまりは、自分の力を信頼して、自分の裸ひとつで(会社などの組織の庇護なしに)世界と対峙しているということだ。

内容は教育の話なのだが、このごろこの対談を反芻していて考える。思うに、子供はもはや一律ではなく、一律の教育というものが崩壊したことを彼らは示唆しているのではなかろうか。

世の中には、勉強の好きな子も、嫌いな子も、勉強を少しの努力でできる子も、できない子もいる。そして、それは、運動(体育ではなく)、音楽、美術活動、団体行動すべてに当てはまる。それらを、一定のレベル(偏差値50だろうが、最低レベルだろうが)を設けて一律に教育しようとして、歪がでないはずがない。

逆に、子供たちの多様性にあわせた教育メニューを、今の私達は選択することができない。親が子供の資質を見ぬいてやるしかないことになる。しかし、親とて教育のプロではないのだ。その時間もいまの中ではない。では、どこに活路を見出せるだろう。


2002年1月30日水曜日

失望多きことかな

このごろ失望することばかりだ。子供たちに今の政治状況をどのように説明すればよいのか。小学生の息子は、完全に馬鹿にしきっている。

そこで大橋議員の議員辞職だ。詳細は分からない。今回のNGO騒ぎでの小泉首相の対応の責任のなさ、民主党の小泉支持に対する路線転換に関する説明のなさ、党としてのふがいなさに嫌気がさしたから、というのが表向きの理由という。そのことには同意するものの、「それでも」と思う。彼の政治理念は何だったのか、民主党に何を期待していたのか、そもそも議員に立候補する前に、冷静なる政党や政策分析があったのだろうかと疑問を感じる。41万票の政治責任を何と考えるのだろう。

結局、彼はただの野次馬的に好きなことを評論するだけの輩であったということか。彼の今後の政治姿勢次第では、私は彼を信用することがもはやできなくなるだろう(議員を辞職したのだから政治姿勢も何もないのだが)

断っておくが、詳しい本当の事情はわからない。しかし政治家には、明確なる説明責任がある。それを支持者に納得する形で示せないならば、政治家としての資質はない。(今の日本の政治化にはほとんどその資質がないようにも思えるが)私は新聞報道だけでは彼の真意を理解することはできなかった。このままでは議員になったのも金持ちの気まぐれとしか思えない。

ここ数日の政治状況の混乱や大企業の不始末(雪印食品のラベル張替え事件)を、いまの子供たちはどういう目で眺めているのかと不安になる。冒頭に述べたが小学生の息子でもうんざりしている。ばかばかしさと無責任、これが大人社会であるとしたら、冷淡で無関心な層が増えることは、大人たち自らが撒いた種でしかない。悪い土壌には良い作物が育つのが難しい。同じ箱にひとつ腐ったりんごがあると他のものにも影響する。こういう社会で、まっとうに正しく生きることの意味と力、未来への希望や政治への信頼、安全の重要さをどうやって教えるといいというのか。

ましてや海外の識者が日本を見た場合、日本売りが加速するのもむべなるかなである。

緒方貞子さんについて

田中外相の後任として国連難民高等弁務官を務め、いまニューヨークの民間機関で研究する緒方貞子氏に打診しているらしい。彼女についてはもはや説明の余地のないところであるが、彼女の発言をネットで検索していてはっとさせられたことがある。朝日新聞のニュース特集で、「世界が見殺しにした国、周辺国も含め安定策を」(2001.10.6)とする記事の中である。その発言の中でタリバンに言及した部分だ。

「石仏を壊したとき、あんなに急に国際社会が何とかしようと言い出すなら、生きている人間が悲惨な状況にあるときに、もう少し何かしてくれてもいいのにと思った。その点では私、タリバーンに賛同することもありますよ」と言う。あるいはタリバンに対し、 「犠牲を最小限にして、効果のある攻撃ができるか」と発言する。

なんと明確な、そして現実を見据えた論点であろうか。私はこの「主張」を昨年3月のタリバンによるバーミヤンの仏像破壊から始めた。しかし、その着眼点のなんと甘く現実を知らないことかと恥じ入る思いである。冗談を抜きにして言うが、アフガニスンタンという名前は、映画ランボーでしか馴染みではなかったのだ。そこにものすごい貧困と不幸が集中していることを私は当時は(そして今も)しらなかった。

彼女のような日本人が、今の国際政治において重要であることは認めるものの、その活動の場は現在の政府では、器として小さすぎるのではないかと危惧しないではいられない。

緒方貞子さんの上智大学で講演録がネット上に公開されている。ものすごい膨大なるテキストであるが、ひとつひとつが示唆にとみ、彼女の業績のすごさが明らかになっている。URLは以下、本当に長いので時間があるときにゆっくりと読むと良いかもしれない。

●緒方貞子 前国連難民高等弁務官(本学名誉教授) 講演会 講演録  2001年4月26日


田中外相の更迭について

アフガニスタン復興支援国際会議への一部の非政府組織(NGO)の参加拒否問題を巡って国会が混乱した責任で、田中真紀子外相と野上義二外務次官が更迭された。

野党やNGOの大西代表などは「けんか両成敗」のような決着に不満を表明している。私も水掛論的なやりとりにはうんざりであるが、真相がどこにあったのか、あいまいなまま事を納めようとする態度には疑問を感じる。

田中外相も任期の間は、外務省との軋轢ばかりが目につき、肝心の外交や外務省改革を全く実施できなかったという印象だけを残しての退陣であり、個人的にはやりきれない思いも残る。小泉首相も、人気の両輪として田中外相を位置付けていたものの、重なる失言などから、いつ更迭するかその時期をにらんでいたのではないかとも考えてしまう。

田中外相のやり方が良かったとは思えないものの、今回の解決の仕方には釈然としない。「くさいものには蓋」的な解決では、真の改革には程遠かろう。小泉首相は、もしかしたら自らのパンドラの箱を開けてしまったかもしれない。

私が田中真紀子に期待してきたことは、外務省との対立の構図にある。現在の外務官僚は田中外相のような人を、ある意味で(外交、省内の力関係双方とも)無知と侮り、それゆえに恐れていたのではないかとも思う。そのような対立の構図から、新たなる官僚と大臣の関係を築くことができたのなら、それは「新生」と呼べたのかもしれない。彼女の外交手腕よりもマネジメント能力に期待していた。それが、今回の一件で霧散したわけで、そこに失望を感じる。

一方で緒方さんは完全なる実務家である。外務官僚といえども彼女には一目置くだろう。彼女が外相となれば外交面では成果があがるだろうが、外務省そのもののドラスティックは変革までは至らないのではという不安もある。そういう低次元なレベルを超えた活動が期待できなくもないのだが、政治の力関係に緒方さんほどの方がエネルギーを消耗するのは耐えがたいことでもある。

2002年1月19日土曜日

「脱中流意識のすすめ」ということ

朝日新聞の「私の視点」で、「非中流」意識ということについて言及しているものがあった。(2002年1月18日 東京文芸倶楽部代表理事 山形誠司 ◆生活水準「中流意識」捨ててこそ健全)

小泉首相の構造改革に賛意を示す層が、「中流意識」を持つ層と重なるのではないかと指摘した上で、「構造改革に取り組むなら景気の低迷は仕方がない、環境問題解決のためには今の生活レベルを下げる必要がある、とはっきり主張できる階層の出現がぜひ必要」と述べている。この層を「下層」では抵抗があるので「非中流」層とでも呼ぶ。

大胆なる意見といえよう。「本来、8割以上が「中流」などというのは幻にすぎず、そのような社会は不自然」と言うが、今まで階級差がないこと、みなが中流であるという幻想に守られて、これも幻想かもしれない平和と平等と安全を享受してきた。ある程度努力するとレベルの差こそあれより金銭的に豊になれると信じてきた。

そういうものが崩れるどころか、そのこと自体を否定するということ。以前にも書いたが、成長や発展を目標とする生き方に転換を求めなくてはならない。企業など資本主義の大前提は拡大再生産である、この前提を覆すことは並大抵のことではない。

自分が中流でないという意識を含め、現在の生活水準を下げることへの同意は難しいだろう。一度上がった水準は用意には落とせないものだ。しかし、家庭での父親不在や子供の教育などを考えると、今の生活がベストであるとも言いがたい。

2002年1月18日金曜日

白州正子:いまなぜ青山次郎なのか

いまなぜ青山二郎かと問う前に、いまなぜ白州正子かと問わなくてはならないかもしれない。私が白州正子という名前を始めて知ったのは、田口ランディの書いたエッセイか何かだ。ネットの女王と呼ばれ、数々の文章をしたためる注目すべき現代の作家が白州正子にあこがれている。

それ以来、なにか気にかかる人物として「白州正子」の名前がインプットされた。ためしに書店でコーナーに行くと骨董や日本の美をつづった文章の数々、平安時代の歌人西行の世界。これは歯が立たないなと思った。でもいつかは読みたいという思いを残し。

いつもではないが、ふと自分を振り返るとき考えることがある、自分のよりどころはどこにあるのかと。日本人でありながら日本の文化や歴史に無頓着でありすぎるのではないかと。無国籍な料理を食し、西欧の音楽に耳を傾け、ハリウッド仕込みのエンタテイメントを楽しんだとしても、所詮は借り物、あてがいぶちでしかないのか。かといって、今更日本の文化や美術を振りかえっても、それらだって借り物に違いない。

今のありようそのものが、日本文化であるという考えもあるだろう。いまさら土門拳したいわけではないし、日常的に古典や歌舞伎に親しんだりできるわけでもないのだし。

『骨董の師匠であった青山について書きながら、著者は思う。「現代のような複雑な時代に、どう身を処していっていいか迷っている比較的若い世代が彼に興味を持っているように見受けられる」と。これは、いまなぜ白洲正子なのかという問いへの答えでもある。 』とは、インターネットで見付けた解説。

自分自身を「どう身を処していいか迷っている若者」とは思っていないが、あながちはずれた見方ではないと思う部分もある。そろそろ白洲を読もうかと思い始めたのはHPを作りはいじめて半ばのころだ。

そこで本書である。白洲正子の著書を探し近所の書店に行ったら、たまたまこれしかなく選んだものだ。白洲正子を読む最初の一冊目として適切であるのかはわからない。青山二郎という名前も初めて知ったのだが、内容は興味深く面白いものであった。

文庫本にしてたかだか180頁あまりだが、何と刺激に満ち多くのことが語られているのだろうと、ぱらぱらと頁をめくりながら感嘆してしまう。白州の文章は、語り口は平易だが、決して分かりやすいものではない。説明もある線から先は放棄しているような姿勢もある。それにほんとうのことは文章にはできないという、諦めのようなものも見える。そうでありながらも、彼女が見てきたこととその本質が文章の底からから漂ってくるという感じだ。

青山二郎という人物は、つくづく不思議な人物だ。骨董の目利きであり、装丁家でもある。文章や絵もしたためたらしいが、読後であっても青山二郎という天性の自由人の実像は、あたかも霞をつかむがごとく茫洋としている。本書の紹介(上記)にもあるように、小林秀雄の精神的なよりどころとなったほどの人物で、鋭い批評眼を持つ。最終的には小林との友情に亀裂が入りもとに戻ることはなかったのだが、その一部始終を白州は見届けた。その経緯も白洲の目で書かれている。そうなのだが、いくら読んでも私には、白州正子と青山二郎、そして小林秀雄の関係が分からなかった。人に説明するのが不可能なほど深い精神的な結びつきがあったことは伺え、読み進めるにつれ羨望の念が沸くのを禁じえなかった。

青山と小林秀雄の友情の経緯や白洲の嘆きも興味深いが、昭和文士たちのと、その裏にいた女性などがの話も面白い。内容を逐一書いてしまうと本書をただ写すだけの行為に堕しまうのでこれ以上は書かないが。

本書を読んでも、骨董の良さや骨董とは何かなどは全くわからない。ただ骨董に落ちてしまうと、とことんまでいかないと済まぬものらしい。それほどの魔力がどこにあるのか、文庫本口絵にいくつかの写真が掲載されているものの、門外漢には理解できるものでもない。

生き様として見たとき「俺は日本の文化を生きている」ということの意味まではわからなくとも、奔放にして妥協なき人生という点では見事と言うしかない。そして白州正子。日本の美を理解し解説する楚々とした日本女性をイメージしていたが、これだけは全く覆された。青山に酒の飲み方から鍛えられたという。華族出身ではあるが子供時代から男勝り、「韋駄天」の呼称がつくのもむべなるかなである。文章は読み終わった後も一文々々が頭の中に刻まれてゆくような印象を受ける。次には何を読むべきか、と楽しみが広がった思いだ。

2002年1月17日木曜日

ゼネコンの贈収賄事件に思う(その3)~業界の行く末

淘汰が進むと言っていながら全然すすまない。Xデーだの2月危機だの、「エコノミスト」系の経済誌は定期的に「ゼネコン危機」特集を組んでおり、業界通でなくとも株価の低い企業を列挙できるほどだ。

昨年、青木建設が、今年になって拓殖住宅が民事再生法の申請に踏み切った。青木は中堅、拓殖は住宅としては大手だ。民事再生法というのは、要は会社幹部は残り、債権は免除して会社の更生を目指すというものだ。更生計画の中で人員の削減はあるだろうが、会社は存続させるのだ。山一證券のような破綻ではない、会社はなくならない。青木は本業での更生を、拓殖は本業の住宅部門を捨てメンテナンス・リフォームに特化して再建を期している。

拓殖住宅のケースは、本業を捨てたということである意味画期的な再建計画であると思われる。市場規模の縮小は新築物件で著しい。しかし住宅インフラを考えた場合、リフォーム市場は今後も増えつづけることは明らかであろう。早期に業態をシフトし再建を図るというのは英断であるとともに、この部門での先鞭を付けるかもしれない。

一方青木建設は、本業での再建である。細かな再建計画は分からないが青木建設の引き受け先として、欧州などのゼネコンが声を上げているという記事も読んだことがある。日本のゼネコンは研究部門なども有し技術力は相変わらず高い。企業での経費負担の多い、事務部門などを切り捨て、技術部門だけ買い取るという考えは、今後も発生してくるパターンかもしれない。実際のところ、一部のメーカー系ではそのような技術部門だけの買収ということは珍しくないはずである。

ただ、どちらの場合にしても、これだけでは、市場の中で過剰な労働人口が健全なる調整可能な人員まで削減されるということには程遠い。

◇  ◇  ◇  ◇

青木建設が民事再生法適用に踏み切ったとき、小泉首相は「やっと、構造改革がはじまったな」とコメントした。なんなんだと思った。業界もばかだが、国土交通省も健全なる、あるいは理想とする業界像を示すことなく、力尽きて倒れるか、あるいは銀行に見放されて倒れるかを、ただ指を加えて待っているようにしか思えない。

今株価を踏みとどめている上場企業は、体力のある企業かバブルで踊らなかった企業だ。これを業界の自発的な自浄作用とでも称するのだろうか。500万人の建設労働者が例え1割削減されたとしたも、その労働人口はどこに向うというのか。建設労働者というのは技能労働者と呼ばれるものは少ない。解雇された瞬間に行き場はなくなる。昔は、そういうものを「日雇い」などと称し建設産業が労働力を吸収していたという。どこに向えというのだろう。

流通業界最大のネックであったダイエー問題にカタはついた。残るはゼネコンの整理だけなのだから、動きが生ずることは必死である。

ゼネコンの贈収賄事件に思う(その2)~業界の構造

大型物件、公共工事における競争入札。入札に絡むダンピング疑惑と贈収賄疑惑。むかーしから聞く話だ。

正確な数字ではないかもしれないが、私の記憶では、建設市場は縮小したと言われても官民合わせて50兆円規模、そこに、スーパー大手から一人親方まで含め55万社超、500万人超の会社と人が働く。バブルが崩壊しても会社数(人員もか?)は増加したという異常な業界。建設業許可が簡単に取れること、一部は暴力団まがいの隠れ蓑的なところもあるのかも知れないが、最近では建設業など利益が少ない、頭の良い人間は建設業に参入しようなどとは考えないであろう。

建設業の利益率は、一般に3%程度。売上高は恐ろしく多いものの(スーパー大手で一社当たり年間1兆3千億円程度)利益率は驚くほど低い。建設業のもうひとつの特徴は、重層下請け関係。スーパー大手に限らず、いわゆるゼネコン(総合建設会社)は作業員を有していない。トヨタや松下などの工場系と違うところである。請けた仕事は全て下請け=専門協力会社と契約し仕事をする。その彼らも、どこかに仕事を発注し・・・ひどいときは5次以上の重層下請け契約となっている。

こういう構図がおかしいと思う事業者は、ゼネコン抜き、あるいはC/M会社といわれるマネジメント会社を通して発注することを試み始めている。ゼネコンなどなくともプロジェクトが完遂することに気づき始めている。

問題点や改善点は昔から見えている。会社の駄目なところも分かっている。それなりに手は打っているのだが、はかばかしい効果は生まれない。体質も新しいビジネスモデルも見出しきれていない。しかし、会社としての損益分岐点を考えると、受注は確保しなくてはならない。もたもたしてれば、他に仕事をするところは山のようにある。条件が悪くて誰も取らなかった仕事というのは存在しない。

建設業界はM&Aなどが馴染まない。何故なら、企業間の保有技術は横並び、営業先も大部分が重複している。合併しても他社との差別化の強力な武器もなく売上高は、おそらく全く伸びない。特に公共工事の入札制度においては、受注機会が半減することを意味する。抜け駆けするか、誰かがつぶれるのを待つのみ。しかしこれが、なかなか潰れない。(最近になってゼネコン数社を持株会社の傘下に入れて統合しようという動きも見え始めた。この形式だと受注機会の減少は防げるというのだ。)

借金棒引きしてもらった企業が、ダンピングと言われてもおかしくない価格で仕事をとってゆくと、内部からは怨嗟の声さえ聞こえるという。しかし、市場はそうは見ていない。「それでも建設費は高い」と言う。実際は原価を遥かに下回っているものも多いと聞く。原価の根拠さえわからなくなってくるのだろうか。

企業に課せられた要求は、品質のみならず作業員の安全まで含め膨大な管理項目が並ぶ。極端な話、作業員が自分で滑って転んで怪我をしても、工事現場内ならば労働災害適用で元請責任が課せられる。建設業の内部では、自分で自分の体を守る自己責任という考え方は存在しない。廃棄物処理も契約先が不法投棄していたとしたら、それも元請責任となる。

かくして、八方塞りで、精神的にも経済的にも自立できない業界が、もはや何をして良いのか変わらずうめいている。うめきの中から、「グダグダ言ってねーで、実弾でいけや」という古い奴らの声が暗躍する。嗚呼・・・もはやこの業界は内部から変わることは不可能なのか?

ゼネコンの贈収賄事件に思う(その1)

茨城県石岡市長への公共工事受注に絡む競売入札妨害容疑で逮捕された「業際都市開発研究所」(東京)の捜査を進めるかなで、山形県の県立病院の受注工作に動こうとした際、大手建設会社 鹿島(東京本社)の贈賄申込み疑惑が既にあったことを知り、手を引いていたとの記事が18日付の北海道新聞夕刊 社会面に報道されていた。

鹿島は古くから東北地方には絶大なる強みを持っているゼネコンであり、前回のゼネコン疑惑(宮城県知事への贈収賄)のときも副社長以下数名が逮捕されている(他の大手ゼネコン幹部も数名逮捕されている)。

このような記事に接するたびに「またか」という気持ちと、深い怒りが込み上げてくる。何度、反省すれば気が済むのか、何度摘発されれば懲りるのか。いやいや、絶対に懲りることなどなく、あるものがスケープゴードとして祭り上げられれば、別なルートをまた考え闇で暗躍しようとするのだろうか。

表向きは不祥事とあれば、「世間」に向けて頭を垂れ、社外には綺麗ごとばかりならべ、首をすくめてやり過ごす。責任も罪も実際は感じてなんかいない。酒を飲んで運転を繰り返す、確信犯と同じである。信用失墜は当事会社のみならず、業界全体に及び、最終的には発注者への不利益=国民への裏切りと不信ということにつながるというのに。

なぜこのような体質が改善されないのか。「悪」が元から絶たれていないから、ということもある。しかし「悪」の元とは特定の幹部のみではないのではなかろうか。企業や業界体質というのは受け継がれるものだ。企業としてのDNAは、入社したときから社員の体の中に組み込まれてゆくものだと思う。いくら「私はちがう」「会社の中には真面目な者も居ます」と言った所で所詮は同じ穴の狢、腐敗のDNAは体の中に潜んでいるのだ。いつそれが増殖するかは本人の資質次第であるにしても、ある外的刺激により知らぬ間に自己増殖していないとも限らないのだ。

ゼネコンの不良債権問題も根深いものがある。銀行の再編成も始まっており、まさに不良債権をどう処理するかに経済界の論点は移行しつつある。このような時期に、いくら96年時点でのものであるとは言っても、私は総入れ替えのようなことでも起こらない限り改善されないのではないかと暗澹たる気持ちになる。

2002年1月10日木曜日

鈴木光司:仄暗い水の底から

鈴木光司といえば「リング」で一斉を風靡した作家であるし、あるいは「シーズ・ザデイ」のような海洋冒険小説を書くこともできる作家である。

今回の小説は水をテーマとした短編集であり、分類上はホラー小説という扱いになっている。しかし、ここには「リング」で感じたような、体の底から震えるような恐怖はなかった。映画化もされ(監督:中田秀夫)2002年1月19日から東宝系で放映されるが、日本の映画界は鈴木光司という才能に頼っているのかと思わないでもない。内容的には、わたしはこれをホラー小説ととらえるのはどうかと思う部分もある。

感想には否定的な部分もあるので、映画を観ようとする方や鈴木光司ファンは読み飛ばしていただきたい。



プロローグからはドロドロとした彼特有のホラーを展開するのかと期待したが、内容は背筋も凍るような(古い表現だか)ホラーとは少し異質だった。

最初の短編である「浮遊する水」は、マンションを舞台に、屋上で見つかった真っ赤なキティバッグ、古い真夜中のエレベータ不気味さなど、現代的な感覚の中で日常生活のすぐ裏側に潜む恐怖のようなものを、実に巧妙なタッチで描いている。ラスト近くなって、冒頭のエピソードの意味に思い至り再び気持ちの悪い恐怖を味わう。あるいは「夢の島クルーズ」における主人公が、水中でも見たものの描写などもぞっとさせるものではある。しかし、なんと言うのだろうか、ストーリーとしては全てが何の解決も見せずに、途中で放り投げられて終わっている。それを説明不足というのではない。ホラーに限らず全ての謎を小説の中で明かす必要はないのだ。それは分かるが、放り投げ方そのものが中途半端な感じを受ける上にストーリー展開にも多少無理があるように思える。

「孤島」は、実際にこのようなことが起こりうるというリアリティが薄いと思ってしまう、まるで悪質なファンタジーだ。「海に沈む森」はケービングの最中で遭難してしまったことを題材とし、本編の中では一番力強いテーマ性を有してはいる。それなのに、地下の洞窟の中での描写に温度感がなく、大きくリアリティを損ねていると思ってしまう。地下深い洞窟の中の温度や水温は描写されているものよりもずっと寒く冷たいのではないだろうか。「ウォーター・カラー」に至っては、途中のトイレの描写まではよかったのに、最後の結末はそりゃないだろうという感じを受けてしまうのだ。

◇    ◇    ◇    ◇


ここで、「シーズ・ザデイ」の自分で書いた感想を読み返してみた。ちょっと無理のあるストーリー展開に乗り切れなかったことを思い出した。ここで感じた違和感も同じものだ。面白くないというのではない、しかしこれらの短編を読んでわたしが受けた印象は、文庫本の解説に書かれているような印象とはかなり異なったものとなってしまった。特にリアリティという点では、彼の小説に肌で感じるようなリアリティは感じない。文章の持つ勢いや描写の鋭さなどでは、読み進めながらハッとする部分が多いのにも関わらずだ。ホラーというフィクションは、作者の設定した舞台に乗れるか否かで成否がe決まる。私はこの作品群には乗ることができない。

考え方を変えて、これを完成された短編ホラーと考えず、鈴木が「水」をテーマに浮かんだ風景をエスキス的にまとめたという風に読めば、素材的には楽しめる。「シーズ・ザデイ」を読まれた方ならば分かるだろうが、あの小説の原型となったような要素が、この短編の中から随所で見出すことができるし、彼がいわゆる輪廻的なものに深く興味を抱いていることも読み取れる。

ここで改めて、これはホラー小説なのだろうかという疑問が沸く。そもそも「ホラー小説」という分類は、あくまでも売る側の論理で売りやすくするために便宜上つけた分類でしかないのだ。これがホラーに該当するならば、宮沢賢治の「注文の多い料理店」や谷崎潤一郎の短編などもホラーに分類されてしまうだろう。ホラーという色眼鏡をはずしてみたときに、この小説が映画化されるほどの力を持ちうるかというと、私には首を傾げざるを得ないというのが正直な感想だ。(鈴木光司ファンごめんなさい=褒めているのかけなしているのか分からない文章になってしまった)

2002年1月9日水曜日

音の良いホールと札幌のキタラ

札響のニューイヤーコンサートに桂札幌市長が聴きにいらしており、キタラの音響の良さを説明されていた。いわく、昨年欧州のある団体が世界のホールの調査をした。結果として、調査した中で一番音響が良かったのは札幌のキタラ、次にベルリンのフィルハーモニー・ホール、三番目がサントリーホールであった、とのこと。

調査の詳細が分からないのでコメントできないが、キタラの音響の良さは尾高氏も声高に主張しているし、お世辞もあろうが、キタラで演奏した演奏家が口を揃えていることでもある。

サントリーホールもキタラも、音響設計においては世界的にもおそらく有名な永田音響設計が担当している、音響設計者が同じなのだ。しかし、同じホールは二つと存在しない。私はサントリーホールで何度か聴いた印象だと、サントリーの方が勝っているように思っている。それは特に1階席で顕著である。キタラの場合は、例えばマーラーなどの巨大な曲の音が頭上を超えて飛んでいってしまうように感じる。一方でサントリーの1階席は、音響の波を全身で受けるかのような迫力で、すさまじい音の洪水が飛び込んでくる。演奏家など同一条件での比較ではないので、あくまでも印象でしかないのだが、両者を聴かれた方はいかがであろう。

それにしても、世界一かどうかはさておき、キタラの音響が良いことには同意するものだ。音の良さを物理的に表現することは難しい。音響特性においては、よく残響時間が問題にされる。正確を期すために、「音響技術」(日本音響材料協会)No.101(vol.27 no.1 1998.3)に「札幌コンサートホールの音響設計」と題して、永田音響設計の豊田泰久氏が投稿していたので紹介したい。

ちなみに私は建築音響工学の専門家ではないので用語の解説は省略する。これを読むと、単に500Hz残響時間だけを云々することが、ひとつの目安ではあるものの、それにより音響的な特徴を述べていることにはならないことに気づかれるだろう。

------- 以下、「音響技術」より(本文をアレンジして転載)-------

1.大ホール

御存知のとおり、アリーナ型のホールですが、これは札響およびPMFメンバー他有識者との検討の中で、大阪のザ・シンフォニーホール、東京のサントリーホールの印象が良かったことから、コンペ要項に盛り込まれた。

2.室形状

天井全体の基本的な形状は、ベルリン・フィルハーモニーやサントリーホールと同様の、ホール中央部で最も高い山形形状を採用している。天井は反射音を重視して、15cm厚のコンクリート板となってる。
 ステージ上の演奏者とステージ近傍の客席に時間遅れの小さい初期反射音を分布 させるために、ステージ上部に一体吊り下げ型音響反射板を設置。反射板は、繊維 強化せっこうボードの5枚積層したものを使用。ベルリン、サントリーなども同様 の考え方であるが、本ホールでは小型の反射板をいくつか吊すのではなく、全体が 一体となった大型の反射板としている。これは、低音域にまで効果的になるように 意図したためである。

3.室容積

ホールの諸元は表1のとおり。室形状の検討に当たり、客席全体にわたり有効な初期反射音が得られる形状とすることを最優先とした結果、室容積は28,800m3と大きなものとなった。これ は同規模のサントリーホールなどを上回る数値である。ホールの室容積は、通常10m3/席が望ましいとされている。最近は、室容積 は大きくなる傾向にあり、KITARAも14m3程度と従来の推奨値を上回る数値となっている(表2)。 しかしながら、この値ははホールの形状や客席の寸法などに大きく影響を受けため 一つの目安に過ぎないと考えるべきである。

表1 大ホール諸元

室容積室表面積
 
8,200m2
 
客室数
 
2,008席

気積
 
14.3m3/席
 
最大長
 
60m

最大幅
 
50m

最大高さ(舞台面から)
 
22m

舞台最大幅
 
22.5m

舞台最大奥行
 
13.5m
 
舞台面積
 
275m2
   

表2 類似ホールの室容積、気積の比較
 
ホール名
 
客室数
 
室容積(m3
 
気積(m3/席)
 
サントリーホール(86)
 
2,006
 
21,000
 
10.5
 
東京芸術劇場(90)
 
2,015
 
25,000
 
12.5
 
札幌 コンサートホール (97)
 
2,008
 
28,800
 
14.3
 
ディズニー・コンサートホール(01予)
 
2,350
 
32,000
 
13.6

4.音響特性

残響時間の測定結果は、空席時2.2秒、満席時2.0秒(500Hz)であり、 大ホールにおいては、空席時と満席時の差が小さいことが際立っている。これは、 客席のクッションを通常よりも厚手のものを採用したためである。
 残響時間の周波数特性も、250から2kHzまで、ほとんど平坦な特性、 63から125Hz域においては、若干長めとなっており、当初の設計のねらいの 通りである。ちなみに、空調騒音については、NC15以下、スピーチ明瞭度指数(STI) は、0.46~0.54でFairの結果を得ている。

◇   ◇   ◇   ◇

最後に、筆者は、ホールというものは、ハード面ばかりではなくソフトがあって こそ成り立つもので、今回はPMFと地元を代表する札響の存在意義が非常に大き いことに言及し、欧米のホールのレジデント・オーケストラの存在に触れた上で、本ホールと札響の今後 の活動に期待を寄せている。

2002年1月8日火曜日

ニューイヤーコンサートを聴くということ

今年は小澤がウィーンフィルのニューイヤーを振るということで話題性豊かに新年を迎えた。今年はまじめに視聴しなかったので小澤のニューイヤーについてのコメントは控えるものの、考えてみるとクラシック音楽の総本山のような場所で、東洋人が指揮を振るというのは、ものすごいことであると思う。クラシックの裏事情には疎いので、どういういきさつで小澤に白羽の矢があたったのかは分からないが、まじめな音楽で大役を果たしていたと思う。

ニューイヤーコンサートといえば、今年は札響のニューイヤーコンサートを聴きに行った。演奏会で指揮者の尾高忠明氏も「今アメリカでは、一般の人たちも戦って平和を勝ち取るんだという意気込みに満ちている」と語った。日本が平和ボケであるとか、そういうことを書きたいのではないが、この言葉の意味は重いと思う。

ウィーンフィルのニューイヤーにしても、毎年指揮者は変わるものの、全体的な構成はそれほど大きく逸脱するものではない。マンネリズムと言われようが、繰り返されることに感じる幸せとはあるのだと思う。年末に繰り返し放映される「忠臣蔵」や「紅白歌合戦」「レコード大賞」はたまた「水戸黄門」など、恒例の行事が変わりなく行われるということこそ、変革の中にあって重みを持ったできごとのように思えるのであった。


2002年1月6日日曜日

演奏会の感想2002~札響ニューイヤーコンサート

日時:2002年1月6日
場所:
指揮:尾高 忠明
演奏:札幌交響楽団

モーツアルト: 歌劇「フィガロの結婚」序曲、フルート協奏曲第1番ト長調 K.313
(フルート:森 圭吾)
J.シュトラウスⅡ: 喜歌劇「こうもり」より序曲、「公爵様、ああたのようなお方は」
J.シュトラウスⅡ: 山賊ギャロップ、ワルツ「春の声」
ヨゼフ・シュトラウス: ポルカ・シュネル「憂いもなく」
F.レハール: 喜歌劇「メリー・ウィドウ」よりメリー・ウィドウ・ワルツ、ヴィリアの歌
J.シュトラウスⅡ: ポルカ「雷鳴と稲妻」、ワルツ「美しき青きドナウ」
(ソプラノ:名古屋 木実)

札響のニューイヤーコンサートを聴いてきた。生でニューイヤーを聴くのは初めてであり期待をもって出かけた。チケットも早々に売り切れただけのことはあり、客席もほぼ満席状態。ステージの上には花が添えられており普段とは違った雰囲気で華やかである。

開始早々はモーツアルトの「フィガロの結婚 序曲」。速めのテンポで軽快に進みまずまずの出だし。個人的には金管群にもう少し祝典的な華やかな音色を期待したいところであったが、冒頭なのでこんなものだろうか。

続いては、主席フルート奏者 森圭吾氏によるモーツアルトの「フルート協奏曲」。これは私としてはかなり期待していた。しかし、最初に森氏の音が出てきたときには少々意外な思いにとらわれた。席は3階席であったのだが、音が届いてこない印象を受けた。1楽章を過ぎると、オケとソロのバランスにも慣れ音楽を楽しむことができたのだが。それでも普段のオケの時に私が森氏の音だと認識していたものと雰囲気が違うように感じた。

私は定期会員でもないし、それほど多くの札響の演奏に接しているわけでもない。また、森氏のソロやCDを聴きこんでいる訳でもないが、先入観念として私が抱いていた森氏のイメージというものはあった。だから森氏がモーツアルトをどのように演奏するのかに少なからぬ興味を抱いていた。その期待は、良いほうにも悪いほうにも裏切ってくれたと言えようか。音量の点で多少の不満はあったものの、彼の音はモーツアルトの音楽に非常にマッチし、繊細にして美しくきらびやかなものであった。

その上で、彼独特のモーツアルトをも聴かせてくれたように思う。圧巻は1楽章のカデンツァであった。非常に長い演奏で思わず惹きこまれ聴き入った。今までどこでも聴いたことがないようなユニークなものであったように思えた。具体的に指摘できないのがもどかしいのだが・・・。ただ、あれ程のカデンツァを披露するのならば、もう少し押しの強い演奏をしてもよかったのではと考えるのは勝手な希望だろうか。

先に音量の点で不満が残ると書いた。私の聴いた席が悪かったのか、それとも耳が悪いのかは分からない。フルートの音というのは繊細なように思われがちだが、2000人ほどの大ホールでオケがバックであっても朗々と鳴り響くものだと思っている。森氏のテクニックからすると、それを満足させることは、さして難しいこととは思えない。今回の演奏が尾高=森のモーツアルト解釈であるのかは、私にははかり知ることができない。ただ、プロの演奏表現の多彩さをかいま見た思いがする。

休憩をはさんで、ワルツや名古屋木実さんのソプラノは、前半とは打って変わってリラックスした雰囲気で演奏会は展開された。(最初から尾高さんはリラックスしていた、緊張していたのは私だけかもしれない)

驚くべきは名古屋さんのソプラノである。圧倒的な声量と広がり、美しさ。人の声に生で接するたびに私は驚いてしまうが、今回は本当に驚いた。これがオペラ歌手の実力というものなのだろうか。たとえば「公爵様、ああたのようなお方は」の場面での歌いなど、私はオペラは全く見たことがないが、彼女の周りの舞台に急にセットができあがり、オペラの一場面を彷彿とさせるような雰囲気さえある。

一流の演奏家というのは、たった一音発するだけで会場の雰囲気を一変させる力を持っている。私はそれを目の当たりにすると、魔法を見るがごとくの思いがする。その上彼女が歌うと華が舞う、いやはや素晴らしいの一語に尽きた。

指揮者の尾高氏もサービス精神が旺盛である。意表を突いて指揮を始めたり、演奏者にアトラクションの役割を演じさせたり、トークで突っ込みを入れたりと、始終ニューイヤーを意識した演奏会つくりであった。ラストはお決まりの「ラデツキー行進曲」、拍手喝さいで演奏会を終える事ができ幸せであった。ニューイヤーコンサートというものはいいものである。

余談ではあるが、途中まで聴いていてはたと考え込んでしまったことがある。それは、尾高氏の意図と会場の温度差が微妙にずれていること(つまり聴衆が彼の企みに乗り切れない、乗ることに慣れていない)を感じてからなのだが、私は何と気難しく音楽を聴いているのだろうかと思ってしまったのだ。

今日の演奏はいつもより良い、悪いだの、あそこで何故こんなテンポになって、打楽器はあんな叩き方になるのかなどなど・・・何かをモチーフとしてその重箱の隅のような差異を確認して悦に入っているだけなのではないのか。音楽というのは、本来楽しみや慰めのためにあるものだ。難しい解釈や勉強のために聴いているのではない。音楽理論や歴史のイロハも知らない人間が、今日の演奏が良いとか解釈が気に食わないとか小賢しい事を述べる。ちょっと違うのではないかと思うのだ。

そう考えると、なんだか急に音楽レビュを書くという行為がばかげた酔狂のようなことに思える、というと考え過ぎだろうか。

2002年1月5日土曜日

【シベリウスの交響曲を聴く】 マゼール指揮 ウィーン・フィルによる交響曲第7番

指揮:ロリン・マゼール
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:3/1966
EMI DECCA POCL-6043 Legends (国内版)

マゼールのシベリウスである。録音は1966年であるので、考えてみれば今のようにシベリウスの名演が氾濫してはいない時期の演奏ということなのだろう。4番のレビュでも解説を引用したが、当時は絶大なる評価を受けた演奏だ。ベルグルンドの三度目の録音や、ヴァンスカ&ラハティなど高度な演奏を聴くことのできる現在において、マゼールの演奏は過去のもので、もはや価値のないものであろうか。

私はこの演奏を聴くと、どうしてもっと評価が高くないのだろうかと不思議でならない。それは同時期のチャイコフスキーの交響曲の演奏にも言えることである。ビルトオーゾ的な彫りや深みなどは少ないかもしれないが、ここに聴かれるのは、圧倒的な運動性能である、言い換えれば音楽の持つ推進力というものかも知れない。

シベリウスの7番に「推進力」など求めない、と人は言うだろう。しかし私がここで述べた推進力とは、ただ速い演奏とか性急な演奏という意味ではなく、曲の到達点に向けての説得力と音楽の構成を崩さずに表現を形作るというような意味だ。

こう書いてみて、そんなものは一流のオーケストラが演奏しているのだ、基本の「き」であって、あって当たり前ではないか、と言うものもいるかも知れない。それはそうなのだ、しかし、何かが他の演奏とは、本当に微妙に違うのだ、あるいは気のせいかもしれないし思い込みであるかもしれない。音楽レヴュなど書くという作業は、一瞬の思い込み(思い違い)を文章にしているだけなのだろうし。

��番交響曲では、トロンボーンによる核主題が重要なテーマを与えていることは、お聴きになれば分かるだろう。ここでは、4分30秒、9分50秒、そして16分50秒頃に現れる。この三つの核主題を改めて聴いてみたが、どれもが曲のクライマックスで登場してはいるものの、それぞれを明確に性格を異なえて登場させている。最初のそれは静かなクライマックスの中で、まさに大自然の呼吸というような印象を受ける。二回目のものは荘厳な雰囲気のなか、後ろで支える弦が音は小さいものの、音楽に深みを与えているのに成功している。三回目はテンポを落とし弦の高音でのトレモロを伴うことで、全く違った煌きが与えられてその存在を感じることができる。三回目でテンポを落とすのは他の演奏も同じだが、たとえばベルグルンド&ヨーロッパ室内管の演奏と改めて比較するとかなり性格が違うことが分かる。

全体に演奏の性格としては、抒情的にしてロマンチックに少し傾いた演奏であるかもしれないが、過度なものではない。こういう演奏を聴くと、現代のマゼールは良く分からないが、若かりし頃のマゼールは、己の溢れる才能と、ともするとどこまでも加速してしまいそうなその勢いと情動に、計算しつくしたブレーキをかけつつ演奏しているような気がするのだ。従って非常にクレバーな印象を受ける。ただ、ベルグルンドの緻密さと濃密さとは異質だが・・・(これとて、マゼールを知って書いているわけではないので見当違いかもしれないが)

18分以降のコーダに向かうラストは、この演奏の中では最高の出来になっていると思う。決然とした響きを聴かせた後の、ヴァイオリンが奏でるテーマの中での休止の使い方のうまさ、緊張感を生んだ後にトロンボーンのテーマがふとよぎりフルートの優しい音色が聞こえてくる。緊張から弛緩へ移行し限りなき安寧を受ける。ラストの不思議な和音の終わり方も美しい。

名演という評価のない演奏のレヴュを、またもや長々と書いてしまった。「7番の名演として薦めるか?」と問われれば「否」と答えるだろう、わざわざ本演奏を聴かずとも7番の真髄に触れることはできる演奏は多いだろう。ただ、なんと書いて良いのか分からないが、この時期のマゼールの才能を改めて確認した次第である。

また、この盤を聴いた上でベルグルンドの演奏を聴くと、彼の演奏の特異さと気高さがさらに認識される気もするのであった。

2002年1月4日金曜日

【シベリウスの交響曲を聴く】 バーンスタイン指揮 ウィーン・フィルによる交響曲第7番

指揮:レナード・バーンスタイン
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:Oct 1988
DG (国内版)

バーンスタイン最晩年のウィーンフィルとのシベリウスの7番である。まず、この時期のバーンスタインの特徴であるテンポの遅さ。速い演奏だとこの曲は20分を切る演奏もある。しかし、そこを彼は25分もかけて演奏している。2番交響曲のレビュでも書いたのだが、もはやこれがシベリウスかという疑問も湧こう。

冒頭のAdagioからして、涙々たる抒情性を帯びており、ウィーンフィルの艶やかにして厚みのある弦の響きがそれを一層に引き立てている。響きは壮大でドラマチックだ。

この演奏を聴いていると、バーンスタインが呼吸し、うたい、生命を音楽へと同化してしまっているようなリズムを感じてしまう。うねるような音楽の旋律は何かとの交信のようでさえある。ベルグルンドの演奏で感じるような寂寞感や(この演奏でも寂寞感はあるが)、人間の体温を排したような音楽とは対極にあると言えるかもしれない。

だからといって、シベリウスの本質を見失った、バーンスタイン独自の解釈の演奏だと言えるのだろうか。

例えば二度目のトロンボーンの核主題が現れる部位では、ことさらにテンポが遅くなるが、ここを聴いたときには背筋に旋律が走るような感覚さえ覚えた。ここの存在感の神々しさと存在感、過度な表現ではあると同意するものの、立ち現れた音楽はシベリウスの他の交響曲でも何度も感じた存在そのものだ。その後に現れるアレグロ・モデラートの弦と木管の旋律の優しくも慈しみに満ちていることといったらどうだろう。

Vivace部分も、音符のひとつひとつがはっきりと、そして遅い。他の駆け抜けるように演奏しさったものとはまるで異なる。噛みしめるかごとく音を演奏させることにより、音の一つ一つが澱のように心に溜まってゆく。静かで軽い塵でも積み重なることで、ずっしりと重みを何時の間にか増してゆく、そんな風な表現に感じる。

やっぱり、私はバーンスタインのような演奏が好きなのだと思う。シベリウス云々を超えてしまい、三度目のトロンボーンの核主題が現れたところで、私は落涙してしまった。もうどうでもいいや、という感じになってしまう。それにしても、何だこの遅さは!そして劇的さは! こいつはマーラーというよりシェラザードではないかあ!と思うものの、許してしまう。

ラストに至る部分も、抑制なんかまるでしていない。バーンスタインが目をつぶり音楽に身を捧げている姿が目に浮かぶ。

これがシベリウスか、改めて問う。私がシベリウスの音楽に感じてきた(他の人はどうだか知らぬが)煌きにも似た光は、ここには全くない。そんな繊細なものは重厚なる音楽に塗り込められてしまっており、どこにも見出せない。しかし、それでも紛れもなくシベリウスだ。彼が表現している存在を、これほどまでに生々しく演奏しきっているものが他にあるだろうか。

ラストを聴き終えて感じたが、この演奏は重い、ずっしりとくる。ケーゲルの4番も暗く重い演奏だった。しかしこのバーンスタインの7番ときたら再び聴く気力が当分は沸かない。同時進行でテキストを作ったため、普段なら聴き直し、おかしな部分を修正するのだが、勘弁していただく。こういう演奏は、何度も聴いてはいけないのだ。

2002年1月3日木曜日

【シベリウスの交響曲を聴く】 ベルグルンド指揮 ヨーロッパ室内管による交響曲第7番

指揮:パーヴォ・ベルグルンド
演奏:ヨーロッパ室内管弦楽団
録音:Dec 1996
FINLANDIA WPCS-6396/9 (国内版)

演奏時間は22分3秒であるので比較的遅目の演奏と言えるかも知れない。非常にゆったりしたテンポで朗々と唄われているように感じる。演奏は今までのベルグルンド&ヨーロッパ室内管の演奏の特徴として挙げられる、クリアさ、そして明るさというものが透徹した演奏になっていると思う。弦楽器の美しさなどはシベリウスの禁欲的な性質の音楽をよく表現するかのように、滑らかにして優しくそして美しい。冒頭のアダージョ部分の抒情性の表現は見事であり特に聴き入ってしまう。

ベルグルンドの演奏は、感情表現についても抑制的で、非常に淡々と音楽を進めているようにも聴こえる。したがって、先のデイビス盤の方が劇的に聴こえてしまう。特にティンパニの扱いなどはそれを全面に出すことなく柔らかくそして乾いた音で響かせることで、幽玄たる雰囲気を作っているように感じられる。

この曲の持つ魅力については、デイビス盤で大まかに言い尽くしてしまった。しかし私はベルグルンド盤を聴くことで、この音楽に込められた独特の寂寞感と永遠への憧れのような感情を改めて強く感じることができた。またシベリウスの音楽には煌きがある、とは何度も書いてきた。ここに至っては音楽の全ての部分に無数の煌きを感じ、永遠なるものに向かって一歩ずつ歩いてゆくかのようなイメージが強く浮かぶ。

��番交響曲は、ダラダラとアダージョが続くといった類の音楽ではない。Allegro や Vivace に相当する部分もあるように、爆発的な頂点なども用意されている。しかし、それを開放的な爆発とは表現していない。抑制し溢れてしまったあとに来る寂寞感の方が強調されるようである。従ってこの部位は、やたらと激しくうるさいよりは、ポイント的に激したような表現の方が適切なのかもしれない。

この曲でのトロンボーンのテーマは象徴的でさえあると思う。主題は全部で3回登場するのだが、最後の18分頃に再現されるトロンボーンのテーマは、何かを突き抜けた先の世界を表出しているようだ。混沌とした中に白色に煌く光、そしてそれに包まれるかのような至福のひと時を感じる。ここの表現はまさに圧巻と言えるかも知れない。19分後半の爆発的な頂点の後の弦の寂寞感も素晴らしく、深い感動の中で音楽が閉じてゆくさまは大きな感動を与えてくれる。

シベリウスの音楽も抑制的かつ禁欲的だが、ベルグルンドの演奏解釈も、それに忠実かつ禁欲的である。従って、ここに大きなドラマや劇的な感動を求める方には、あるいは物足りない演奏と聴こえる可能性もなきにしもあらずだ。これは、シベリウスという音楽家に何を求めるのかということにも関わる問題かもしれない。

2002年1月2日水曜日

【シベリウスの交響曲を聴く】 コリン・デイヴィス指揮 ボストン響による交響曲第7番

指揮:サー・コリン・デイヴィス
演奏:ボストン交響楽団
録音:1/1975
PHILIPS 446 157-2 (輸入版)

全体が単一楽章で構成された有機的な形式、とは、この曲の解説の中で必ず出てくる言葉だ。演奏時間も、せいぜい20分を少し越える位の演奏であるので、一聴すると簡素にして高度に凝縮された音楽という印象を受ける。そして何度もこの音楽に耳を傾けると、ここに表現されているものは、交響曲という形式がフィンランドという極北の地で究極の形に結実した作品であると思えてくる。この交響曲に比類するものは存在せず、またこれ以上簡素にして雄大なる純音楽的世界を表現した作品もないとさえ思えてくるのだ。

同時代にドイツにおいてマーラーがたどり着いた方向とは、全く違ったベクトルを有している作品であり、これを交響曲の極北と位置付けるならば、この先に表現される音楽として何が考えられるのだろうか、という評が生ずることも止む無しと思える。

この曲の評としては、解説本などには「精神的」「原始的霊感」「渋さ」「幽久」「単純」「簡素」「無限性」などのキーワードが出てくる。このようなものを読むと、一体これ以上何を私が付け加えられることが出来ると言うのだろう。

ここで聴いているデイビス盤が、本演奏の白眉のものとはいえないであろ。それでも、この音楽が表出している世界が(それは複雑でありそして、湧きあがってくるのは言葉に換言しにくい極めて音楽的な感興であが)ひしひしと伝わってくるではないか。

冒頭からの悠久の時間を思わせるような音楽の進行は、今までの聴いてきたシベリウスの音楽の性格を持ちながらも、5番以降に聴かれたような内部から湧き上がってくる感興を抑えることが出来ない。それとともに、聴いていて不安の象徴なのかあるいは至福の表現なのか、判然としないすわり心地の悪さ、ある意味の不安定さを内包している点も曲を特徴付けていると思える。

発散しカタルシスを開放しようとしつつも円環のごとく主題が巡ってくるのを聴いていると、大いなる満足感と至福に包まれていることに気付かされる。この境地は、今まで何度もシベリウスの他の交響曲で感じたものと変わるものではない。しかし、ここでは更なる洗練が見られるということだ。

今更ここで、C・デイビス&ボストン響の演奏の特徴を挙げるつもりはない。聴きとおした印象としては、今までの演奏のスタンスと変わるところはないと思われる。非常に素直に、そしてストレートに音楽の構成と美しさを表現している。

一方で、この繊細なる音楽を表出するには、少し雑な印象を受けないわけではない。この音楽は触れれば壊れてしまうような、微妙さと脆さもかね合わせているように思える。何かが表現上足りない(あるいはやりすぎている)と思わせる部分がなきにしもあらずだと思うのである。

例えば、打楽器の扱いにしても、彼は始終ティンパニの音を全面に打ち出し、劇的な効果を曲に付与しているが私には少しうるさく感じる。また、金管群のフォルテッシモにおける響きも混沌として雑な印象だし、それに対比する弦の響きは透明で美しいというものではない。ここらあたりがボストン響の限界なのだろうか、と思わずにはいられないがいかがなものだろうか。

もっとも、だからといってこの演奏が、聴く価値のないものであるとは思わない。デイビスのある時期の彼のシベリウスの演奏解釈としても、またそういうことを抜きにしても、十分に感動を与えてくれる演奏であるとは思う。それは、デイビスのストレートさが聴くものに伝わるからだろうかと思うのであった。

2002年1月1日火曜日

指揮者 朝比奈隆氏 亡くなる

今年の最後の最後になってだ、29日に朝比奈隆が亡くなったという報を新聞で知った。93歳で現役であったということも驚きではあったが、日本からもう二度と生まれることはないだろう巨匠が逝ってしまった。

私は熱心な朝比奈教徒でも、ブルックナー信者でもないが、ブルックナーの面白さを教えてもらったのは他ならぬ彼のCDであったことは疑いようもない。

私が朝比奈を知ったのは、ほんの数年前だ。まだ Nifty-serve のクラコンが全盛の時代だ。Nifty のクラコンというのは、いわゆるインターネットの普及する以前、のちに Fcla に解体されたこのフォーラムは、パソコン通信におけるクラシックファンサイトとして最大級のものであった。そこでは定期的にブルックナーと朝比奈の演奏が話題にあがっていたものだ。

「ブルックナーを聴き始めるには何番から聴けばよいか?」「ブルックナー指揮者としては誰を推薦するか」といった、定期的にあげられる質問から、朝比奈の追っかけのレビュ、アンチ朝比奈の意見など多くの意見に接し、先入観なしに彼の演奏を聴くことなどできなかいほどの情報量だった。彼の徹底的名演と言われる75年のザンクト・フローリアンでの交響曲第7番など伝説と化すほどの扱いであったと思う。

このザンクト・フローリアンの演奏、賛否はあろう。私も知識だけを先に詰め込まされて聴いた。しかしそれでも、2楽章終了時に偶然に聴こえてきた鐘楼の音色・・・この音を聴いたときに、全身が粟立つような感動を覚えた。それはあながち気のせいや先入観だけのせいではないと思う。ブルックナーの壮大さが目の前に立ち上がったように思えたものだ。

彼によりブルックナーに開眼したとは言っても、彼の録音は膨大すぎて、トーシローの私になど何がなんだかわからない。従って何を買ってよいのかも分からず、ほとんどCDは増えていない。

朝比奈といえば、1997年3月のN響とによるブルックナー8番も名演のひとつとして挙げられるらしい。私はこの演奏を聴いてはいないが、あるとき、元N響の首席フーティスト小出信也さんにお会いする機会があり、あの演奏のことを尋ねてみた。すると小出さんは、あまりの素晴らしさに演奏しながら涙していたと答えてくれた、それほどの演奏だったらしい。

色々な伝説を残して、巨匠は去ったという思いを改めてかみ締めるのであった。