2002年2月27日水曜日

田部京子/ シベリウス ピアノ小品集 (PIANO WORKS)

5つのロマンティックな小品 作品101 - Five Romantic Piecess
5つのピアノ小品(樹木)作品75 - Five Pieces for Piano('The Trees')
5つのピアノ小品(花)作品85 - Five Pieces for Piano('The Flowers'
5つのスケッチ 作品114 - Cinq Esquisses
5つの性格的な印象 作品103 - Five Characteristic Impressions

ピアノ:田部京子
英CHANDOS CHAN 9833(輸入版)

田部京子がシャンドスにシベリウスの小品を録音したと話題になった盤だ。しかし、田部が室蘭出身のピアニストで世界的にも評価が高いこと、吉松隆の「プレイアデス舞曲集」の録音などがポピュラーであることは知っているものの彼女の盤を買うのははじめて。そもそもシベリウスのピアノ曲演奏は舘野泉さえ聴いたことがない。だからそれほど期待していたわけではなかったのだが、聴きとおしてみると、レビュを書かずにはいられないような内容であった。とにかく素晴らしいというに尽きる、まずは聴いてみてと素直に薦めよう。

シベリウスといえば交響曲や管弦楽曲、それにバイオリン協奏曲などが有名であるものの、ピアノ曲となると、メジャーとはいえない分野だろう。交響曲作家が室内楽やピアノ曲を描く場合、作曲家の本心に近い内声を反映させたものとなることがある。たとえばベートーベンやショスタコービッチの弦楽四重奏曲などがそうだ。

シベリウスのピアノ曲も、シベリウスの交響曲などに表現されない別の心象の表出なのかと思えてくる。誰の曲か知らずに聴いていると、これらの小品がシベリウスの作品であると気付かないかもしれない。聴きようによっては、ドビュッシーのようにもラベルのようにも聴こえるし、アルベニスのような雰囲気の旋律さえ漂わせる。

作品番号75は交響曲4番と5番の間、作品番号114は交響曲7番の後の作品である。シベリウスの位置付けとしては、初期の民族高揚的な音楽を越えて彼独自の内面的な世界へと入りつつある時期からの作品と言えるだろうか。5つの小品群は、交響曲が後期に進むにつれて簡潔さとともにある種の晦渋さを併せ持つようになったのとは対称的だ。儚さにも似たもろさと美しさをたたえ、しかもシベリウス的な透明感と清涼感を感じる。さらには、繰り返して私が彼の曲から受ける煌きが随所に感じられる。こんなに素晴らしい曲を彼は描いていたのかと、改めてシベリウスという作曲家の認識を新たにする。

演奏を耳にする機会が少ないだろうと思われるこれらの曲の素晴らしさは、もの珍しさだけではないと思う。それにしても田部のピアノも良い。シベリウスの曲の雰囲気にタッチや音色が非常にマッチして、ため息がこぼれるような演奏に仕上がっている。何度も繰り返し聴きたくなる宝物のような一枚と言えようか。

この演奏については、以下のサイトでレビュが公開されているので併せて読まれると興味が尽きない。

2002年2月18日月曜日

真夏近しの怪談見るおもひ~靖国神社の遊就館

産経新聞HPに「今週の正論」という欄がある。毎日の社説ではなく、週変わりで誰かに意見を書いてもらうというものだ。今週は、東京大学名誉教授 小堀 桂一郎氏による【教育施設としての新遊就館】 「歴史の声」に深く耳傾ける体験を ≪「約束の日」における決断?≫というものであった(産経新聞HPの記事は、今週を逃すともう有料版サイトでしか読めなくなる)。遊就館というのは靖国神社の戦争資料館で、7月13日に新装開館する「日本近代戦史博物館」である。

小堀氏が靖国神社を中心とするできごとに肯定的立場を取る人であることは間違いない。小泉首相が靖国参拝することに賛意を示し、早く戦争贖罪意識を払拭すべきであるというのが大きな主張だ。こういう人の文章を引用すること事態、禍禍しさを感じてしまうが、論理の主幹となる部分のみ紹介したい。戦争贖罪意識に関しての部分だ。

彼等(現官房長官とその一派)の姿勢の根元には北京政府への迎合の心情に加へて、どうしても振ひ落すことのできない負の歴史認識、つまり平成七年の村山謝罪談話と通底する所の戦争贖罪意識が伏在してゐる。この罪責感を払拭しない限り、対中位負け外交にせよ、悪評高き国立追悼施設推進の企みにせよ、彼等の陥つてゐる誤謬と迷妄を根底から正すことは難しいであらう。

それは謂(い)ふ所の東京裁判史観の呪(のろ)ひから未だ解放されてゐない人々であつて、彼等を如何にしてこの古びた魔語の呪縛から解き放つかが、現下の国民の教育といふ大問題の中の極めて重要な一項目になつてゐる。


そして、この主張の後に、遊就館の展示内容が《此処には「東京裁判史観」から遂に完全に絶縁し得た、自らの眼で見、自らの理知で判断した歴史観が展開されてゐる》と説明しているのだ。

こういう論理事態は珍しいものではない。探してみれば廻りにも似たような考えの方がみつかるものと思う。ところで遊就館というのがどういう場所なのか、わたしには初耳であったので、サイトで検索したところ、見つけることができた。

トップページを見て先ず絶句、一瞬思考が停止した。戦闘機の絵が大きく飾られたトップページ、戦史博物館だものさもありなんと思いなおす。次に、大ホールの紹介を見る。ここでは「彗星」「回天」「桜花」「九十七式戦車」の四つの写真が掲示されている。どうやら実物が資料館にあるらしい。ここで、背筋が寒くなるのを覚えた。「回天」といえば人間魚雷、「桜花」といえば自爆ロケットではないか・・・・! さらに写真をクリックして現れる説明文を読むに至り、全身に冷水を浴びせ掛けられたような寒さを覚えた。まさに怪談を見る思いである。

戦争で亡くなった兵士(国民)の御霊を祭る、という発想を、その説明文からはわたしは読み取ることが全く出来なかった。「回天」の説明は、当時の技術と殺人兵器を賛美する姿勢しか感じない。

その必死兵器によって日本の民族を、国土を、身を捨てて護らんと願い馳せ参じた若人たちと共に、次々と南溟に征き、再び還らなかった。

という文章から何を感じるだろう。わたしの説明を読むよりもアクセスして判断してもらいたい、入館料は取られないのだから。もしかしたら、実際は戦争の悲惨さを訴えた展示になっているのかもしれない。世界平和を希求する思想が貫かれているのかもしれない。機会があれば実際に確かめてみたいものだ。

それにしてもだ。前回わたしは、田中元長野県知事の問題を通して、「情報の非対称性」ということに言及した。今まで何度も8月15日を迎えてきた。そのたびに、なぜ靖国がこれほど問題になるのか理解できないでいた。小堀氏の意見と靖国のHPを見てもその思いは弱まらない。靖国を守ろうとしているのは何故なのか。

そして、それ以上に、靖国がこういう存在であるということを報道しないマスコミとは、いったい何なのだろう。一体わたしは何を知らないのかと、絶望の念にとらわれる。愚民には知らせずということか、あるいはわたしが鈍感で無知で幼稚なだけなのか。だとしたら、なんと成功している情報操作だろうか。靖国を訪れた人のサイトも見つけた。興味があればこちらも読んでもらいたい。

2002年2月17日日曜日

ギュンター・ヴァントの訃報

昨日の夕刊に指揮者ギュンター・ヴァントが亡くなったことが報じられていた。「遂に終わったか」という感慨を持たれたファンも多いだろう。昨年暮れに朝比奈の訃報に接し、深い落胆と喪失感が消える間もなく、ヴァントの死に接せざるを得ないことに失意を感じる。仲良く手をつなぐように旅立たなくても良いではないかと。

2月16日 朝日新聞夕刊に評論家の諸石幸生氏が『「名演奏家の時代」に幕』として一文を寄せいている。彼によるとヴァントは指揮芸術がもつ神秘的魅力に人生のすべてをかけ、その奥義を私たちに伝えてくれた指揮は技術は才能だけでなく、年輪と経験、人間性と哲学といったものが渾然一体となって熟成され、その後に本当の光が放ち始めることを成し遂げた指揮者であったと回顧する。短い文章は「演奏の時代」「名演奏家の時代」と言われ続けた20世紀は、今、ヴァントの死をもって閉じられた。それはある意味でカラヤンやバーンスタインの死以上の重みをもつように思われてならないと結んでいる。

引用が長くなってしまったが、この意見にはうなづく人も多いだろう。ドイツの音楽を得意とし、特に晩年になるほどに精力的にブルックナーやブラームスを録音し、そのたびに自らの名演を上回る名演奏という評価を得てきた。一昨年11月の来日公演の記憶も新しい。私も、彼の生演奏に接したことがあるわけではないものの、「巨匠」とよべる指揮者が遂に消えてしまったことを思わずにはいられない。それが、例えクラシックファンの幻想でしかないとしてもだ。

ここしばらくは、ヴァントの訃報で音楽関係雑誌は紙面が埋まるだろう。CD店でも特設コーナーができるかもしれない。私は今日ネット販売で、聴いていなかったBPOとのブル8を注文した。届いた時点で改めて追悼したい。

 同じ時期の紙面で、小澤のニューイヤー・コンサートのCDがオーストリアでプラチナディスク賞を受賞したとの記事に接した。これは未来へ向けての朗報だろうか・・・



2002年2月15日金曜日

ゼネコンの再編について(1)

今日の日経新聞に、合併を決めている三井・住友建設にフジタも分割・合流することに決まったと報じられている。

解説によると、銀行筋も「ただやみくもに企業をつぶしても評価されない」との認識から淘汰から再編に舵取りを余儀なくされているという。また不良債権処理の具体的な道筋について政府より求められたことも受けているようだ。その点で「政府主導の再建」ということらしい。

三社合わせた売上高はおよそ1兆1千億円程度で業界7位に踊り出る。しかし、売上高が増えても不良債権も激増する。その中で、フジタなどの不採算部門などを切り捨て、リストラを実行しながらの合併となると思われるが、具体的な方向性はまだ見えない。

以前に、ゼネコンの合併は受注増という点からはメリットが少ない、と書いたことがある。スーパー大手とは少し事情が異なる中堅クラスのゼネコンが、リストラを実行しつつ優良部門を統合し、財務体質を健全化するという方向はあるのかもしれない。

今後も微震、激震は続きそうで余断は許さずゼネコン・ウォッチャーとしては目が離せない。

2002年2月14日木曜日

 「高層マンション条例、国立市に4億円支払い命令」に思う

気になるニュースが日経新聞HPに掲載されていた。それは、明和地所が、景観を理由に高層マンション建設を妨害され利益を侵害されたとして、東京都国立市を相手に起訴していた件である。東京地裁の判決は「「景観保持の必要性を過大視し、利益を違法に侵害した」と述べ、市に請求通り4億円の支払いを命じた。」というものだ。

このニュースには少なからず驚きを覚えた。行政側がこの種の判決で敗訴するということも異例のことであるかもしれない。もっとも、この記事以外に背景は知らないので、報道されない以上の事柄があるのだろう。

札幌市においても、円山公園周辺の景観を阻害するとして、いくつかのマンション建設が留保されたり、高さを見直し建設が進められたということは記憶に新しい。最終的には、デべ、行政、地域住民の三者の間で妥協点を見出しての建設ではあるが、デベロッパーとしては想定していた利益を得ることができなかったという不満は残っているだろう。

日本においては、都市景観に関する規制はあってないに等しい状況である。西欧のように古い街並みを維持しようという考えは、なかなか根付かない。それは文化や国民性にまで波及する問題かもしれないため、いまはそこまで踏み込まない。

しかし、我々の生活する環境や景観として何が一番よいのか、守らなくてはならないものが何なのかを論議することは難しい。景観論も時代により変遷を辿ってきている。今回の判決も、正しいとか間違っているとかいう感覚よりも、いまの我々が何に重きを置いて生活しているのかということの現れのように思えるのだ。


先に東京都国立市の高層マンションの地裁判決について書いた。2月14日の朝日新聞(夕刊=首都圏では朝刊か?)には、もう少し詳細な事情が紙面に述べられていた。

それによると国立市は、同建築物を「違法建築」と呼び、今まで何の規制も無かった地区に、突然高さ制限条例を設けたものらしい。それにより、地価やイメージが下落したとのことである。

これだけを読むと、確かに行政としては慎重さに欠き性急な判断であったと言わざるを得ないかもしれない。付近にどの程度高い建物が存在するのかは、当地を知らないので判断できない。判決では、地域住民を含めて利害関係を明確にしないままの条例ということにも言及しているようだ。

それでも思う。健全なる環境や行政主導ということに関してである。今はこれ以上はコメントができないが・・・

というのも、この問題は非常に複雑なようで、昨年12月、東京地裁の別の部では住民訴訟に対して「違法建築物と認定」する判決を出しており、その点において、今回の判決とぶつかるものである。更に、明和地所の条例の無効確認の訴えは却下しているのだ。

実は、この明和地所問題に関しては建設反対派によるHPが立ちあがっている。少し巡回してからまた考えるとしよう。


この問題に関し更に、河北新聞社のサイトを読んでいると、市長の以下のようなコメントが掲載されていた。

「歴史的に積み上げた景観は守らねばならない。地域づくりに貢献しない企業は淘汰(とうた)される」

一見正しい意見である。しかし、利害関係、行政方針、文化歴史観など多くの要素を考えると複雑な思いでコメントを読まざるを得ない。「景観論」「都市論」というのは、私の学生時代のひとつのテーマでもあった。今は学生時代のように甘いユートピアを叫ぶことはできないものの、どこか歯車の食い違いに違和感を覚えるのだ。


2002年2月10日日曜日

レッスンメモ

昨年レッスンを受けてから、言われたようにあせらずにということでソノリテとT&Gばかりを練習している。ソノリテは2音の組み合わせを、T&GはEJ1、2、3、5、7、6を。T&Gは「速くやることに意味はない」と言われたので、八分音符を112にセットして練習してきた。そして今日、今年初めてのレッスンを受けてきたので、その内容を記しておこう。

1.「ソノリテ」の練習
(1)中音から低音に向かって
まずは、ソノリテから始める。最初にH2を出した瞬間にストップがかかる。「タンギングが強すぎる」とのこと。下は少し奥目で「du」という発音で柔らかくはっきり。Fis2あたりから音色が変わってゆくので音色の変化に敏感になるように注意、Cis2は特に音色がおかしくなりがち、暗めにするには、息を少し下向きにするように心がけるようにとのこと。顎をひいたり、すこし歌口をかぶせたり、どちらでも良い。顎については動かさない方が良いという人もいるらしい。

低音に向かってはオーバーブローにならないように。オーバーブローとは、吹きすぎというよりは、無駄な息を出しすぎている状態のようだ。前回も書いたが、歌口の幅よりも広いエアビームは必要ないのだ。低音は徐々にディミヌエンドしてゆくように気をつけることで、低音での響きをつくる唇の形を覚えることができるとのこと。「低音ほど穴は小さくするように、吹きすぎて音色を壊さないよう響きに気をつけるように」と何度も注意される。難しい・・・・・

(2)中音から高音に向かって
こちらは、音を抑えず充分に響くようにとのこと。「フォルテでしっかりした音で高音を吹くことで、ppのような表現もできるようになる」。ここでもとにかく自分の耳で、スラーが滑らかで音が遠くに響くようにと繰り返す。

吹きながら何度も姿勢を注意される。私の場合、右手を後ろに引きすぎのようで、楽器と体をもっと開いて構えたほうが良いとのこと。そうすることで、胸も開き響きが全く変わってくる、また右手の指と楽器の角度もねじれたような角度にならずに済むと指摘される。気付くと楽器を引いてしまい、胸を狭めている。直さなくてはならない。

2.「タファネル・ゴーベールの日課練習(T&G)」の練習
(1)EJ1低音域
スピードは八分音符112にセット。実を言うと、このスピードではC-Cis1の音がある最初と、最高音にG3が含まれるようになる部分からは指がもつれてしまう。

低音はCis-Dのようにキーを滑らせる部分が上手くいかず、楽器が軸方向にぶれてしまう。これにより歌口に息が正確に当たらなくなる、右手薬指がずれてホールがしっかり押さえられなくなる、のふたつの原因で音が出なくなる。「音を滑らせるために、鼻の脂をつけるのは効果的だよ」と教えてくれる。そういえばトレバー・ワイの教本にもそんなことが書かれていたことを思い出す。

低音も、ソノリテでやった響きを意識しながら、できればフォルテくらいで吹きたいが、オーバーブローにならないようにと何度も言われる。

(2)ブレスについて
数段吹いたところで、ブレスが悪いと止められる。ブレスの時におなかの真中(臍の上)が膨らんでいる、意識して息を吸おうとしていると指摘される。むしろ、ベルトのあたりを膨らませることで自然に息が入るように、喉は開いて何者も邪魔しないようにするようにと言われる。うーーん、わかっているつもりなのだが、できない(;_;)

吹いている最中もおなかをすぐにしぼめずに、膨らんだ状態を保つようにとのこと。そうだよな、それが「おなかの支え」だったよな・・・頭ではわかるんだけどな、トホホ、と思いながら吹きつづける。

(3)中音のDとEs
自分では出来ているつもりなのだが、先生はじっと聴いていてときどき「そこ、指が滑っている」「いまの形、下がるときに急いでいる」と厳しい。特に酷いのが中音のDとEsの入る音。この音は左手の人差し指を開けなくてはならない。下がってくるときに閉じたままだったり、指の上下が大きすぎたりと問題が多過ぎる。

ここで、T&Gを中断。D-Eなどできにくい音形だけをとりだして、ゆっくりとひたすら練習するようにと言われる。実際に、色々なリズムで何度もやらされる。動作を小さくと言われても制御できない、自分の指とは思えない、再びトホホ。

「部分練習が大切、体が覚えるまでひたすらやること」。つまらない練習だが、こういうところで躓いていると、いつまでたってもできるようにならない。集中練習が絶対に必要とのこと。「練習は鏡を見て、そしてその際も「響き」を忘れないで」ハイ(_ _)

(4)EJ1高音域
高音部はクロスフィンガリングが出てきて難しい。ここでも部分練習をひたすらやるようにとのこと。例えばC3-D3、Fis3-Gis3などで音の移り変わりで雑音が入る。同時に指が動かなくてはならないのだが、どこかの指が遅かったり速かったりするわけだ。鏡を見たり、自分の音をじっくり聴くなどして、どこが悪いのか把握してコントロールせよ、とのこと。うーーん、手がウニョウニョしてきてだめだー (-"-;;) 高音域は難しい、今日のところはギブアップだ。

(5)スラーに吹く
全ての音形を自分ではスラーに吹いているつもりなのだが、スラーに聴こえないらしい。体でリズムを取ることを止め、一息にフレーズの山を感じながら吹いているつもりなのだが、息にアクセントがついてしまっているらしい。大きなフレーズの中でスイングするようにというが、これがまた難しい。メトロノームのテンポがついつい気になって拍子をとっていることに気付く。

そもそも、リズム音痴だからなあ。部分練習をしていて、二拍の中に音を4つ入れる場合と6つ入れる場合に分けてやってみたのだが、6つの場合はメトロノームに乗れない(;_;)

「基礎練習はつまらないが、曲の中に今吹いているフレーズの一部が出てきたと思って、滑らかに美しく響くように吹くように」と言われる。

(6)楽器の支持~3点支持
高音域の指使いは難しく、特にAis以降は右手小指を上げなくてはならない。楽器がうまく支えられていないとぐらついて音が出ない。ここでは、右手親指は楽器を載せるのではなく、むしろ後方から少し押すような、いわゆる三点支持をした方が良い結果が得やすいとのこと。

確かに右手親指で楽器を支えるような支持方法だと、歌口、左手人差し指付け根、右手親指の純粋三点で支持した場合、楽器の重心の関係から内側に転びやすい。指はできるだけ自然な角度で曲げ力を入れないこと・・・わかるのだよ、頭では、でも吹いていると指はガチガチになる。


最後はEJ7を少しばかりやって終えた。ソノリテで1時間、T&Gで1時間。実り多い練習ではあったが、疲れた・・・・。

何度も何度も言われた「響き」ということ。これは、吹いていて意識しないと聴こえてこない。響くときというのは、部屋の空気と共振しているかのように体も開いて振動しているように感じる。どういうときにでも、良い響きの音が出せるように、コントロールすべきところは多いようだ。

課題も多く進歩が目に見えないが。「T&Gは早くやっても意味がない。今のスピードで正確に、出来ないところはリズムを替えたりしながら部分練習を繰り返すこと。とにかくここで頑張れば、スピードを早くすることはそんなに難しいことではない。当分辛抱と思うこと」と最後に言われる。その言葉を信じ頑張るか。


2002年2月6日水曜日

大橋巨泉に対する失望

大橋巨泉氏が朝日新聞2月3日の「私の視点」に、今回の辞職に関する自身の考えを述べていた。副題は「妥協はしたくなかった」とある。1月30日に書いたが、彼は説明責任を果たしたと言えるだろうか。

大橋氏は「公約を果たせない状況になって辞職することがそれほど無責任か、ボクには結論が出せない」と書く。党執行部の締め付け=党議拘束などが相当であったことも伺える。彼の言うことにも、彼の気持ちにも一理はあると思うし共感するところはある。自分の信念に基づいて妥協なく行動するところには敬意を表する。

しかしそれでも、議員辞職という選択が正しかったかというと、私には責任放棄と思えてしまう。私は大橋に議員辞職という態度には出て欲しくはなかった。党内で浮こうが何をしようが、大橋の意見をもっともだと言う層を拡大してゆくことこそが、彼に求められたことではなかったのだろうか。

矛盾した組織の中で自分の処し方がわからなくなるということは、党に限らず、企業内でも同様である。例えば、会社存続さえ危うくなってきた雪印食品の社員にしても、全てがラベル張替えを是として行動したわけではなかろう。自らの信念を捻じ曲げながら、ラベルを貼りかえると言う愚行に走らざるを得なかった社員の気持ちを思うと、暗澹たる気持ちになる。

何故かれらは会社の犯罪を止めることができなかったのか。彼らとてサラリーマン、生活がかかっている。自らの信念と生活と地位を天秤にかけ、悪しき行動を取らざるを得なかったものも少なくないと思うのだ。そういうときに、組織内で声高に非を諌めるにはパワーと勇気が、そして賛同者が必要である。それも並大抵ではないパワーが。多くの組織員はそれができずに、会社と共に心中する羽目になる。バブルで倒産の憂き目に遭った企業は皆そうではないか。トップの暴走を分かっていながら止めることができなかったのだ。

そうやって考えると、大橋氏の取った態度がどういう意味を持つだろう。「むしろ議員職を離れた方が発言しやすい。ペンを捨てる積もりはない。『老兵は死なず、消え去りもせず』です」と大橋氏は結んでいるが、所詮アメリカのスポーツに関する感想を、オーストラリアから毎週送っていたような評論に堕すつもりだろうか。議員であることによってできることとできないことがあったのではないだろうか。彼には、生活と言う失うものなどは、一介のサラリーマンとは違って、なかったはずだ。どう言い訳されても、納得のゆく結論ではなかった。

ただ、もういい、大橋氏よりももっと考えなくてはならない問題は多い。

2002年2月5日火曜日

教育について考える

朝日新聞の文化総合欄に、「雑記帳十二ヶ月」と称して作家の高村薫が小文を寄せている(2月3日(日))。今回のテーマは「受験」についてである。

高村は「近代、小説が受験に苦しむ青年を正面から描いた例は、ひとつも思い浮かばない」と言う。それを「入試試験が即物的な技術に過ぎず、発見も悦びもない単純な流れ作業」であるため、そのことに費やした時間が「自虐以下の何ものかであり、だから小説も描かない」と解く。そして、いまの受験の道が「近年あまりに長くなりすぎて」いると疑義を呈し、受験生を「長期刑を科せられた囚人のよう」と、受験そのものを「所詮不毛な経験」と言っている。

あながちはずれた意見ではないと思うものの、現実は、だからといってどのように振舞えば良いのかの回答はない。思えば子供達には中学生になる頃から漠然とした大学受験というプレッシャーが与えられる。昔も受験戦争や受験勉強もあったのだろうが、今ほどは加熱していなかったというべきなのだろうか。あるいは、勉強以外のことに対する刺激が少なかったのかもしれない。受験が重圧として感じるのは、それに費やす時間を捻出するのが苦痛ということもあるのだろうし。

子供にはいろいろな可能性と、いろいろな性格がある。一律の教育に当てはめることじたいがもう無理な時代になってきているのだろう。

子供が勉強が嫌いというのは、間違った見方だと思う。誰だって学ぶことの悦びや、未知なるものへの好奇心というものはある。それを、学校の勉強や受験勉強では教えることができないということそのものに間違いがあるのかも知れない。

勉強に限らず、昨日できなかったことが今日できるようになることは、誰にとてっても悦びである。そういう学習に対する向上心を芽生えさせるような教育というのは、今の体制では不可能なのだろうか。

2002年2月4日月曜日

NHK芸術劇場~サイモン・ラトル

��HK芸術劇場で昨年10月に来日したラトル&WPOのサントリーホールでの演奏が放映された。曲目はベートーベンの2番と5番。ラトル&WPOのベートーベンと言えば、昨年CDが発売され話題になっている。

短いがラトルのインタビューも交えて放映され非常に興味深かった。ラトルのベートーベンは今までにない響きを出していると言われる。「古楽器的」という表現が使われるが、ラトルは古楽器を意識したのではなさそうである。彼は当時の楽譜などを取り寄せ綿密に研究していたらしい。そういう音楽をウィーン・フィルの方から一緒にやりたいとの打診があったとのことである。

解説の若杉弘氏(指揮者)も話していたが、「今までの良き伝統と悪い習慣」を見極め、ベートーベンが意図した音楽を再現すること。今までの習慣でついた贅肉を殺ぎ落とし、本来のベートーベンを演奏すること、それが彼の目指したことなのかもしれない。(録画しているわけではないので正確ではないが)彼は言う、「私はWPOに私の服を着せている、しかし大切なのはボディだ」と。WPOという伝統の上に彼の解釈を載せているということなのだろうか。

演奏は2番、5番ともとてもスリリングな演奏であった。快速と言うのではないがテンポがよい。CDでも聴かれたような硬質な打楽器の音が響き、音楽が引き締まっている。キビキビとした運動性能を備えた躍動感、会場で聴けたのなら体が踊っていたかもしれない。5番はいまさら言うのも何だが、3楽章から4楽章へ移る部分が最も好きだ。ここでのラトルの指揮振は素晴らしい。抑えられた音楽が徐々に泡立ち煌く気泡とともに沸騰してゆくかのようだった。しばし時間を忘れてしまった。

アンコールは「スラブ舞曲 変イ長調 作品46-3」(ドボルザーク作曲)であったのだが、ここでは指揮台から離れティンパニを叩いた。ラトルが打楽器奏者であったことを改めて思い出すのだが、席でのラトルの満足げでうれしそうな顔と言ったらどうであろう。そして指揮者のいないオケの統率感、足の先まで痺れてしまった、いやーーかっこいい。


2002年2月3日日曜日

ヒラリー・ハーンの音楽

ヒラリー・ハーンを聴いている。生演奏を聴いていないので詳しいことは分からないが、何か他の演奏とは違う空気が流れているように思える。開放感と何かひとつ突き抜けたものを感じるの、それが何なのか気になるのだ。

そこで、ベートーベンとブラームスののバイオリン協奏曲をいくつか聴き比べている。ベートーベンはヒラリー・ハーン、クレーメル、ハイフェッツ、ブラームスはヒラリー・ハーンとスターンそしてハイフェッツを用意した。いくつかの演奏を比較して見えてくるものがあるだろうか・・・

ヒラリーの音楽を聴いて皆さんはどのような印象を受けるだろう。バーバーやバーンスタイン、メイヤーなどアメリカの作曲家に特別の思い入れがあることは分かる。これらの音楽は伸びやかにして素晴らしい。では、バッハ、ベートーベン、ブラームスといたった大作曲家の演奏はどうであろうか。特にバッハなどは音楽家にとって特別な作曲家らしく、演奏することを逡巡する人さえ少なくはないと聴く。しかし彼女のデビューは17歳にしていきなりバッハだ。

古くからの「スレッカラシ」のクラシックファンは、「いったい彼女のどこが良いのか」と評価は厳しい。これは2ch掲示板で顕著であった。「何を聴いても同じ切り口」「後世には残らない」などケチョンケチョンだった。面白いのは最近の2chではこの評価が一転していたことだ。(2chは匿名性の掲示板なので論拠が見えにくく不快な発言も多い。これを書くためにアクセスしたら両方ともスレッドを見つけることができなかったのだが)

一方で、CD Information&Reviewsの加藤さんは彼女の演奏を絶賛している。「十代のときすでに技術,解釈,そして演奏から感じられる弾き手の人格の面でも,これほど完成されたレベル に達してしまうことがあり得るのだろうかと,聴く度に驚嘆の思いを抱いています」とまで言いきっている。彼のサイトは膨大なるテキスト量であるが、キーワード検索機能があるので「ハーン」と検索するとCDレビュやその他の記事が容易に参照できるようになっている。

ベルリンフィルも一目置くくらいなのだから、音楽的にも相当な域に達しているのだろう。