2003年2月23日日曜日

サイトの内容に関して

私のサイトはCDや演奏会の感想を主としているが、たまにサイトの内容に関してメールを頂くことがある。さらにごく稀にだが書いた演奏会の感想の、まさにその演奏者からメールを頂くこともある。そういうときは本当にびっくりするもので、何か偉そうに批判的な事や失礼な事を書いてやしなかっただろうかとヒヤヒヤしながら自分の昔の文章を読み返してみたりするものだ。

感動も感心もしなかったのに体裁だけ整えるような文章は書かないが、やたらと攻撃的で感情的な文章も書かないようにしているつもりだ。ネット上では相手がプロだろうが何だろうがボロクソに書く人もいる。(最近だと「○○○はまだ指揮者として成熟が足りない」という文章を読んだがヤレヤレという感じだ)

私はどのような演奏家であってもプロである以上は一定のレベルの演奏を聴かせてくれるものだし、素人の小賢しいひとときの気分に左右される感想など、演奏の内実のいくらも伝えてはいないのではないかと思うことが多い。どのような演奏であっても奏者に対する敬意は必要だと思っている。

以前、私の演奏会レビュは演奏者の敬称を略していた。例えば「佐藤のフルートは・・・」みたいな書き方だ。そういう書き方を不快に思うとプロの方からメールを頂いたことがある。「あなたは評論家なのか、プロに失礼である」とその方は忠告してくれた。この点は「だって、"パユさん"とは書かないではないか」とは思ったものの、確かに奏者に対する敬意が足りないかと後になって反省した。今では気づく範囲で敬称付に修正したつもりである。

実際どんな人が読んでいるか分からないものなのだなあと感慨を新たにした次第。

テンシュテット&ミネソタ管/ベートーベン:交響曲第7番 イ長調 op.92

ベートーベン:交響曲第7番 イ長調 op.92
テンシュテット(指揮)ミネソタ管弦楽団
1989年11月 lsu1010-2 USA

札幌で海賊盤のCDが入手できるところは光堂Pals21である。ここに訪れるたびに一応お義理に海賊盤をチェックすることにしている。定番や正規盤でさえ満足に聴いていないのに、マニアぶって海賊盤に手を出すのもいかがなものかとも思うのだが、たまに物凄い演奏に出くわしたりするものなので無視もできないのだ。(例えばテンシュテット指揮 ロンドン響とブレンデルによるブラームスのピアノ協奏曲第1番とベートーベン交響曲第5番 1990年8月30日のカップリングは凄い)

このCDはテンシュテットとミネソタ管弦楽団による1989年11月の演奏である(lsu1010 usa)。店の解説に惹かれてゲットしてしまったもの。

「ビッグファイブばかりでなく、この辺りのオケとの共演というのも食指をそそられます。比較的遅いテンポが採用され、厳格に刻むリズムは普段の激情型演奏とは一味違います。ふつふつと湧き上がるようなパワーが途切れません。音質は各所に傷がありますが抜群の演奏です」

しかしクラシック初級者のわたしは、ビックファイブもテンシュテットの芸風にも通じているわけではない。

確かに音質はもこもこと非常によくない。フォルテッシモになると途端にもこもこ感が増してしまう。ダイナミックレンジの狭い昔の古いテープ録音を聴いているようだ。ノイズは少ないが音の伸びやかさは全く聴こえない。音割を起こしていないだけ幸福と言えようか。

最初cdウォークマンで聴いて、あまりの音の悪さに「これは失敗であったかな」と思ったものだ。しかし終演後の拍手の凄まじさから改めて自宅ステレオで聴いてみたのだが印象が変わった。

音質の悪いのをがまんして聴くならば、ここには濃厚なるベートーベンが展開されていることを否定できないと思うようになった。解説の通りテンポは遅い、馬鹿丁寧なとも言えるようなテンポ感だ。揺れも少ないようだ。ひとつひとつ切られた音は残響を残してホールの空気を震わせている。強弱の幅は広そうだ。オケが充分に指揮についていっているように聴こえる。ティンパニももこもこしているが、実際は非常にしっかり叩いているようだ。低弦も厚みのある音だ。ミネソタ管弦楽団のまともな演奏を今は知らないので、これが持ち味なのかどうかは判断がつかない。非常に機能的なオケに聴こえる。

第二楽章の歌い方も、正攻法のように攻めていながらにして体の奥底からこみ上げてくる感情を押さえることができない、という感じを受ける。第三楽章などでも弱音部分での丁寧な音楽作りには感心してしまう。細部にまで神経が行きわたっている、特に第三楽章の終わり方は特に印象的。

そういう音作りが演奏に何とも言えぬ迫力と説得力を生み出しているように思える。「ふつふつと湧き上がるようなパワー」とは良く言ったものだ。底知れぬベートーベンのエネルギーを感じ体の底が熱くなるような演奏である。ベートーベンの交響曲というのは、力瘤をためたこれでもかという音楽である。さらりと軽くなどとはなかなか聴けない曲だ。例えば有名なc.クライバーの名演などはスポーティーに駆け抜けてしまうが、そういう颯爽としたところは全くなく、あくまでも王道たるベートーベンをわざとらしくなく、それでいて熱く奏でてくれるている。

一端聴き始めたら音は悪くとも最後まで掴んで放さない迫力に満ちており、何を隠そう私は続けて二度も聴いてしまった。ただし万人にお薦めかといえば疑問は残る。

2003年2月22日土曜日

このCDはテンシュテットとミネソタ管弦楽団による1989年11月の演奏である(LSU1010 USA)。久々にベートーベンを聴き健康的なエネルギーを得ることができて満足である。ベートーベンには有無を言わせぬ説得力というものがあると思う。ワーグナーなどを続けて聴いていると40分程度の交響曲はすごく短く感じてしまところがコワイ。

この盤はいわゆる海賊盤なのだが、私は海賊盤を集める趣味までは持ち合わせていない。たまに覗くCD店で見つけて思わず買ってしまったのだ。実際音質は海賊盤の中でもあまり良い方とは言えないかもしれない。

ただし演奏は音質ほどは悪くないので、レビュも書いてみた。テンシュテットファンの方から見たら「何を書いているのだか・・・」という内容だとは思うのだけど。



2003年2月15日土曜日

ゲルギエフ指揮 プロコフィエフのピアノ協奏曲集

ゲルギエフが アレクサンドル・トラーゼ(Alexander Toradze) と録音したプロコフィエフのピアノ協奏曲集(PHILIPS 462 048-2)を見つけたので早速ゲットしてみた。オケはゲルギエフの主兵サンクトペテルブルク・キーロフ歌劇場管弦楽団で1995~96年にかけての録音。トラーゼというピアニストは初めて聞く名前だが解説によればゲルギエフとトラーゼは1980年頃から何度も演奏を重ねてきたらしい。

プロコフィエフの5つあるピアノ協奏曲のうち比較的有名なのは1番と3番ではないかと思う。実際プロコのPコンで思い出すのもこの二つの華々しい曲だ。どちらもロシア的抒情とプロコフィエフらしさに溢れた名曲である。アシュケナージとプレヴィン/ロンドン響による定番、アルゲリッチとデュトワ/モントリオール響による壮絶な1番と3番の演奏、そして同じくアルゲリッチとアバド/ベルリンの3番などが有名だろうか。

その一つ一つと聴き比べをしているわけではないが、ゲルギエフ自ら「(フルトヴェングラーがベートーベンを好きだった様に)私も、プロコフィエフをやっているときは、彼こそが自分の好きな作曲家なんだと思います」というだけあり、この演奏も充実した演奏に仕上がっている。

もっとも1,3番が有名なプロコフィエフだが、ピアニストのトラーゼは「However, in our view the Second Concerto stands out as Prokofiev's most personal statement」であるとし「Prokofiev's Second Piano Concerto is an exceptional human document which traces a scenario of sorrow, escape, disenchantment and mature growth amounting to a final farewell to a beloved friend.」と書いている。ここでの友とは1909年から1913年の間に友情を築いていたピアニスト Maximilian Shmitgoff のことである。プロコフィエフは1913年4月に Shmitgoff 自らの遺書とも言える手紙を受け取る。そのような体験が音楽に色濃く反映されているとトラーゼは説明している。

プロコフィエフの時に叙情的にして甘美、時にグロテスクにして野獣のような音楽が聴くものを圧倒する。古典的でありながらも現代的な和音と響き、そして躍動し火花を散らして跳ね回るリズムは、体の末端の感覚をざわざわと覚醒させてくれる。いつも聴きたいわけではないが、プロコフィエフのピアノは良い。

2003年2月5日水曜日

ワーグナー関連サイトについて(海外)

日本に満足できるサイトがないので、仕方ないから海外を検索してみた。Goolgeで「Wagner」というキーワードだけで検索しているところが無謀ではあるのだが・・・

●Richard Wagner Home Page

最初に見つけたのは「Richard Wagner Home Page」Jose Antonio Amaralさんと Sao Pauloさんというブラジルの方のサイトのようである。最終更新が2000年2月21日とサイトのアクティブ度としてはちと低い。しかし、このテのサイトは頻繁に更新される類のものではないので良しとしよう。ライトモチーフ(示導動機)のMIDIファイルも納められていて、ワーグナー入門には手ごろなサイトかもしれない。例えば「《指環》初心者のためのガイド(A Beginner's Guide to Der Ring des Nibelungen)というページでは、《指環》にどのように接し始めれば良いのか丁寧に指南してくれている。「もしも貴方が映画《地獄の黙示録》の《ワルキューレの騎行》と《ジークフリートの葬送行進曲》しか聴いたことがないなら、注意深くアプローチしなさい」と書き始めている>オレのことだよ。

次ぎに、サイトの作者は《指環》の概略を読んで、リブレットを買えと勧める、もしも《指輪のハイライト》しか持っていないのならという注釈付きでだが>ここはクリアしたぜ。

音盤やDVDなどはできるだけ音質が良く、オーソドックスな演出を選べとも勧めている。ただし古い録音の中にも良いものがあるから注意せよと(やっぱりクナッパーツブッシュだよ)。彼は無難なところではカラヤンやレバインが良いと言う、ショルティは勧めないらしい。映像ではバレンボイムやサバリッシュは選ぶべきではないと(斬新で現代的過ぎる演出てことだと思うよ)。

で、この膨大な作品をどうつまみ食いしてゆくかを説明してくれている。詳しくはサイトをご覧ください。私などこの先、何も書くことがなくなってしまいました。《トリスタンとイゾルデ》《タンホイザー》《マイスタージンガー》に関するコメントもあるけれど、こちらは《指環》に比べたら力が入っていない。

●Richard Wagner Web Site

もうひとつは「Richard Wagner Web Site」というKristian Evensenさんのサイト。こちらはまずデザインが見やすい(つーか、今までのワーグナーサイトのデザインがトホホなのだが)。こちらはコンテンツも膨大なようで、例えば「《指環》の示導動機(Leitmotifs in Der Ring des Nibelungen - an introduction)」というページには《指環》の成立背景と概要からはじまって、タイトルの通りライトモチーフの意味するものが、楽譜とMIDIにより詳しく紹介されている。いやはや素晴らしい!こういうサイトがあればもう何も加えることはないと言う気になってくる(つーか、ホントはまだ全部読めてないけど)

また「スターウォーズ・シリーズとワーグナーの《指環》~構成、主題そして音楽のつながり(The Star Wars series and Wagner's Ring Structural, thematic and musical connections)」という興味深い論考もある。(つーか、タイトルしか読んでないけど)

「Loge - person and element, commentator and agent」という《指環》に登場するアイロニカルな火の神ローゲに対する論考もあるようで、これまた興味が尽きない。

●RICHARD WAGNER ARCHIVE

最後に(疲れてきたし)紹介するのは「RICHARD WAGNER ARCHIVE」という Hannu Salmiさんが運営するサイト。こちらはワーグナーに関する様々な情報の宝庫といえる。作者が「My idea is to collect and to display all kinds of material dealing with the German composer Richard Wagner. I have myself worked as a Wagner scholar since 1987 and published two books on Wagner and Wagnerism.」と書いているように、ワーグナーに関することなら何でも集めてしまうという貪欲さに満ちている。ワーグナーを徹底的に追及したいという人向きか、ただし英語だけではなく独逸語も読めた方が良さそうである。



2003年2月4日火曜日

ワーグナー関連サイトについて

ワーグナー関連のサイトをGoogle検索してみたところ、ワーグナーほどの偉大な作曲家だからさぞかしファンサイトが目白押しかと思うのだが、以外とアクティブなサイトは少ない。

最初に紹介するのは「ワーグナーの歌劇な部屋 by ルカ~Wagner Fan Page」というサイト。Googleの最初にヒットする。ワーグナーの作品全般に渡って概略を知るにはうってつけのサイトである。最終更新が1999年5月5日とかなり古いのだが掲示板は健在である。私も、まずはこのサイトからワーグナーに接し始めた。

Googleで次ぎにヒットするのが「ワーグナー・アラカルト」である。こちらは掲示板もサイト本体も今でも更新し続けているアクティブなサイト。面白いのは掲示板の発言で興味深い内容のものをコンテンツにしている点。例えば「忠臣蔵とアーサー王伝説・・・・・・そして、パルジファル」というスレッドなど延々と続いていて、なるほどっつーか、げっぷっつーか。「私が抱きたい女」「私が抱かれたい男」「一緒に鍋を囲むなら」などというアンケートもあって、ワーグナー通には楽しめる(?)。掲示板の内容は結構ヘビーで、生ワーグナーに接した人でないと楽しめないかなとは思うことも。私のようにCDだけで満足している向きにはちょっとハードルあり。

もうひとつは、上のサイトからもリンクしている「richard wagner homepage」というサイト。こちらは各作品の音盤データベースが非常に充実している。しかし膨大なリストの中でどれがお奨めなのか作者のコメントがないのが寂しい。ワーグナー徒然草というエッセイを読むと、ついにクナッパーツブッシュも聴かなくてはならないのかと憂鬱かつ暗鬱な気分に襲われます(^^;;

あとは、今のところこれといったサイトが見つからない。ちょっと物足りないと思う気持も捨てきれない。(2003.02.3)

■ 追記

「国内はちょっと物足りない」と書いたのだが、ある方からメールでクナッパーツブッシュのサイトを紹介していただいた。ここは知る人ぞ知る、syuzoさんのページで(←クリックして驚かないように=笑)、全てのページが凄まじい文字量と情報量そしてクナへの愛情と執念に満ちている、まさにおそるべきサイトである。

このサイトの存在を知らなかったわけではないが「死んじゃった(あるいは死にかけの)じいさん」にまで触手を伸ばす余裕がないため、近づかないようにしていた。それでもテンシュテットという指揮者を知り、テンシュテットの青物が見つかるたびに買うようなったことや、はたまたサイトで企画連続モノを書こうと思ったきっかけは何を隠そう syuzo さんのサイトの影響である。(それなのにムシしていたとは考えてみれば失礼なハナシである)

さて、クナといえばワーグナーというくらいに両者の結びつきは強いらしい。syuzo さんの飽くなきクナへの執着は「クナを聞く~ヴァーグナー編」という、気も遠くなるような(14回にも渡るらしい)詳細な解説とレビュを展開している。改めて読まさせていただきましたが、参りました・・・またしても 小生など足元にも及びませんです。しっかり勉強させていただきます。(2003.02.18)

2003年2月3日月曜日

《指環》の抜粋を聴く2

バレンボイムのバイロイト版抜粋を聴いて、引き続き彼の「ジークフリート」と「神々の黄昏」を入手しようと思ったのだが、余りにもその演奏が素晴らしいので抜粋版を買うのがもったいないという気になってしまった。そこで、以前買ってあまり聴かずにいた抜粋版を取り出して聴いてみることとした。


マレク・ヤノフスキ指揮/ドレスデン・シュターツカペレ

《ラインの黄金》(第4場)~虹のかけ橋~ワルハラ城への神々の入場
《ワルキューレ》(第3幕)~ワルキューレの騎行
《ワルキューレ》(第3幕)~魔の炎の音楽
《ジークフリート》(第2幕)~森のささやき
《神々の黄昏》(プロローグ)~夜明けとジークフリートのラインへの旅
《神々の黄昏》(第3幕)~ジークフリートの葬送行進曲
《神々の黄昏》(第3幕)~終曲-ブリュンヒルデの自己犠牲

《指環》で有名な<ワルキューレの騎行>そして中学生のブラスバンド経験者ならばお馴染みの<ジークフリートの葬送行進曲>などが収録されているため格好の「入門版」かと思っていたのだが、それは当たらないようだ。この版は1000円で入手できるのだがあまりお勧めできない。
というのも、15時間以上にも渡る音楽を1枚のCDにしているということにも無理があるのだが、それ以上に違和感を感じるのを禁じえないのだ。

ワーグナーの音楽は、それぞれの部分が独立しておらず連綿とつながって構成されている。従って例えば有名な<ワルハラ城への神々の入場>を聴いても、なぜエルダの登場のシーンがカットされているのかと不満になってしまう。同様に<ブリュンヒルデの自己犠牲>にしても、それ以前のグートルーネとのやり取りがないではないかと・・・。所詮は抜粋版というのはその程度のものだと割り切るしかなさそうである。

さて、演奏の方だが不勉強にしてヤノフスキという指揮者をわたしは知らない。ワーグナーの音楽としては非常にあっさりとした薄味の演奏に聴こえる。コテコテワーグナーに飽いた人には向いているのかもしれないが、ワーグナー初心者の私には、ヤノフスキのような演奏もアリかなと思う。全集版が欲しいかと問われればNoではありますが。


2003年2月2日日曜日

《指環》はファンタジーか

ワーグナーの《ニーベルングの指環》は1200年頃の成立したゲルマン叙事詩「ニーベルゲンの歌」および北欧神話「エッダ」や「ヴェルズング物語」(ヴェルズンガ・サガ)を素材としている。北欧神話のキーワードをちょこっとウェブ検索してみたところ、ヴァルハラやヴァルキリー(ワルキューレ)などの名前を見つけることができた。しかし他の作品同様、台本はワーグナーオリジナルである。

「作曲家別名曲ライブラリー」(音楽之友社)の解説によれば、ワーグナーの楽劇の登場人物と中高ドイツ語、そして北欧神話では人名綴りや発音も異なっているらしい。ワーグナーと結婚することとなるグートゥルーネが現代ドイツ語ではクリームヒルトに当たる。

映画化で話題のトルーキン「指輪物語」(1954年発表)とは、素材が同じであるが物語は別物であるらしい。おそらくトルーキンも「ニーベルゲンの歌」や北欧、ギリシャ神話、アーサー王物語、そしてワーグナーの楽劇などから多くの着想を得たのだろうと推察する。(が、本も映画も観ていないのでこれ以上は言及できず)

ワーグナーの《指環》にも巨人族や小人族が登場するし、ジークムントが剣を得るところなどアーサー王伝説を彷彿とさせるものがある。それゆえに、壮大なるファンタジーオペラであるという観方もできるかもしれない。もっとも、《指環》から何をテーマとして感じるかは、まさに作品に触れた人の数だけ存在するのではなかろうかなどと、この膨大な音楽を前にして思うのであった。(>などというほどに、《指環》に親しんでいるわけではないのだが…やっと全貌の一端に触れることができたというだけです、ハイ)