2003年5月26日月曜日

田部京子/モーツアルト ピアノ協奏曲第9番、24番

ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調 K.271 《ジュノム》
ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
田部京子 ピアノ
ヘスス・ロペス=コボス指揮
ローザンヌ室内管弦楽団
1995年6月10,11日 スイス、ラ・ショード・フォン、ムジカ・テアトル
DENON COCO-70537

天真爛漫な明るさ、日がふと翳るがごとき暗さと憂い、気まぐれな不機嫌。あるいは思わせぶりな仕草やさや当て。自分では演じているつもりだったのに、本当に哀しくなってしまうのは、やりすぎさ。いやいや、いまのは冗談、ほらほら、明るくやろうよ、こんなに美しく楽しいじゃない。ほんとうに君は何て愛らしいのかしら。そんなところでじっとしてないで、踊ろうよ。踊ればさっきの気まぐれな気分なんて、吹き飛ぶじゃない? ほらじっとぼくの目を見てみて、ハハ、何か見えたかい! ウ○コタレちゃん!(>超キメ-!)

てことを、モーツアルトを聴くと感じるんだよな(-_-;;; 映画「アマデウス」の影響はでかい。

だから、モーツアルトのスケールやアルペジオは深刻になってはだめなので、あくまでもそのまま天上へ駆け上るかのような加速とスピードが欲しい。精神性なんていらない、そんなもの用意しなくても、モーツアルトの音楽には後から幾らでもついてくる。この単純極まりない恐るべき音形の中に、既に神や悪魔が潜んでいるのだから。そういう意味からは、K.271の田部氏とオケは少しだけ重いと感ずる部分がなきにしもあらず。(>そう思うのは私だけだと思うが)

でも、K.491番は良い。何たってモーツアルトの短調だ(モーツアルトは31曲のピアノ協奏曲を書いていながら、短調はこのK.491とK.466だけだ)。冒頭からして良い、晩年のモーツアルトの重く暗い深刻さが出ている。K.271から続けて聴くと、音楽が深化しているのが如実に分かる。いやモーツアルトという人間が深化したのか。ここまで来ると、彼の音楽からは悪ふざけは姿を消し、どこか深いところを覗いてしまったかのような神秘性が宿る(ように私は感じる)。1楽章再現部の後のカデンツァは田部氏のオリジナルのもの(モーツアルトはカデンツァを遺さなかった)。ここは、ずいぶん力を入れて弾いている、どちらかというとベートーベンを志向する音楽に仕上げているように聴こえる。

��楽章のピアノの響きには、少し怜悧にして硬い響きが欲しいと感じた。孤高の孤独さを表現するような雑味の少ない響きを。もっとも私はモーツアルトにそんなに親しんでいるわけでも、誰かの演奏を思い浮かべているわけでもない、あくまで曲から感じるイメージである。勿論のことモーツアルトの作品背景などを知ってのものでもない、所詮私には音楽をその時のイメージでしか語ることはできない。

軽い気持ちで、久しぶりにモーツアルトでも聴いて癒されようと思ったのに、意に反して真面目に聴いてしまった・・・トホホ

2003年5月24日土曜日

チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルのブルックナー4番

チェリビダッケ指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
1988年5月25日 ミュンヘン・ガスタイクザール
EMI TOCE-11613
許光俊氏の影響というわけではないのだが、チェリのブル4を聴いてみた。許氏は「世界最高のクラシック」で「チェリビダッケは時々、度肝を抜くような特異な表現で聴衆を驚かせたものだが、この第四楽章の数分間はその典型である」と書いて、いかにこの演奏が「想像もできないような音楽」であるのか説明している(同書 P.188)

さて、どう「想像もできない音楽」なのかは、許氏の著述を読み、本CDに接して判断していただきたいが、私は今一つ乗りきれなかったというのが正直なところである。というか、そもそもブルックナーの作品の中にあって4番は、中途半端な感じがしてしまう。チェリならばと期待したのだが、やはりその想いは完全には拭いきれなかった。

いや、確かにチェリのこの演奏は美しく華麗だ、それも類稀なほどに。霧の中に薄日が刺すかのごときホルンの響き、ホールの底がぞわりと盛りあがるかのごとき恐るべきクレッシェンド(特にチューバの響きが尋常ではない)、全身をなでて過ぎ去る弦のざわめき。長い残響と、それに合わせたテンポの遅さ、そこから聴こえる驚くべき沈黙の間合い。スケルツォ楽章でなどでは、背筋がゾクゾクしてしまう。第4楽章の冒頭も凄いの一語に尽きる。幾重にも重なった芳醇なるオルガンのようなブルックナーサウンドの洪水、頭を垂ひれ伏してしまうかのような中間部の表現、ニ声になって聞こえてくるテーマの複雑な絡み合いの効果の見事さ、そして許氏も指摘するラストに向けての壮大なる息の長いクレッシェンド・・・などなど、演奏はものすごく完成度が高い。そこかしこで、「そうくるか」「ここでそういう表現をするか」と何度もはっとさせられる。ラストのコーダには思わず忘我の境地に入りそうになってしまう、いやはや凄まじい演奏だ。

え? それだけの演奏でありながら、何の不満があろうかと? 美しすぎることが不満なのか、完成度が高すぎることへの苛立ちなのか。何か足りないと思うこと、ブルックナーの4番にそれ求めることが間違いなのか。あるいは私の勘違いのなせる技なのか。ブルックナーはやっぱり7、8、9番なのかなあ・・・と思うのであった。ブル4を責めて、チェリは責めずというところか。(>ブルックナー責めてどうするんだよ)

2003年5月14日水曜日

高村薫:黄金を抱いて翔べ(文庫版)




こめかみのあたりがチリチリする。けだるく熱い空気があたりを漂う。汗とドブと血と火薬の匂いが充満して、今にも爆発寸前の男たち。


まいったなあ、高村薫の小説にはというのが本音。小説評には圧倒的な迫力と正確無比なディテルとあるけれどそんなことどうだっていい。ここに書かれているのは、男たちのがむしゃらさと、命を掛けてまで自分を追い込まないと生きていけない、ギリギリの人生だ。




端的に言ってしまえば、銀行泥棒の話しだ。ラストに向けてのプロット造りや迫真性は、かつてないほどの描写ではあるけれど、それはドラマ仕立て、書割の背景でしかないように思える。彼らが何故、銀行強盗を行おうとしたのか、銀行強盗を行った後にどんな人生を夢見ていたのか、そんなことは一切小説では言及していない。最初から「銀行強盗」それも福沢諭吉だったら、やる気はない。金塊だから、やるのさ(16頁)なのだ。最初に強盗ありきなのだ。


その強盗を何故行わなくてはならないのかは自明のことで、男たちは犯罪を犯すこと1点のために結束し、集中し、揺らぎながらも鉄のような意思のもとに決行してゆく。強盗に至る過程と主人公たちの自身と、心理の動きにこそドラマがあり、おそらく映画化したならば一番のクライマックスであろう派手な手に汗握るラストは、サッカーで言えば最期のシュートシーンでしかない。(サッカーのシュートシーンこそ重要だというならば話しは別だが)


何故に男たちは、自分を追い詰めたような人生を、必至に生きなくてはならないのだろう。何故にもっと気楽に生きないのか。そもそも彼らは何のために生きていたのか。


例えばモモ。…あんな男を殺してまで、生きる意味はないと思った。……それだけだ。(161頁)。何と冷めた自己認識であることか。そして幸田だ、生きるための仕事には、憎悪がなければならない(21頁)殺してやる……。《人間のいない土地》の次ぎに口癖だった言葉を、幸田はまた、腕の中でささやいた(154頁) 北川も、野田も、春樹も似たり寄ったりだ。自分の中で抑えきれない衝動願望を抑えている、爆発寸前のダイナマイトだ。


そんな男たちに世間並の幸福など訪れるわけはない。破滅に向ってひた走るというのとも違う、逆に破滅から逃れるために、今の自分を超えるために、爆薬庫の中に突っ込んで行く。


こういう小説は、たまらない。どことなくジョン・ウーの映画の世界を思わせる。こんな硬派な小説を書く作家が日本に居たのか。それも女性がこんな世界観を書ききるのか。ラストに少しの救いと甘さを残すところは「マークスの山」と同じだが、それがなかったら、本当に救いのない人生だものな。

2003年5月11日日曜日

安藤忠雄展 2003 再生-環境と建築



東京ステーションギャラリーで開催されている安藤忠雄展に行ってきた。安藤忠雄氏はコンクリート打放しのギリギリにまで凝縮された建築美で知られる世界的に活躍する建築家である。





私は建築設計などが専門ではないため、彼の建築について知ることは今でも少ない。しかし、それでも彼の建築の魅力は何だろうかと考えると、数年前に彼の作品巡りをしたときのことを思い出す。関西を中心に、姫路文学館や直島コンテンポラリーアートミュージアム・アネックスなどを見学しのだ。


彼の作品はそれでも少しは写真などで見知っていたものの、実際にその空間に立ったときの驚きと感動は強烈であり、今でも忘れがたいものとなっている。



ここで建築のデザイン論とか安藤建築について、拙い意見を述べる気はないのだが、そのとき確かにデザインのもつ力というものを如実に感じた。建築でデザインを云々する人の中には、自己満足に終始してしまい、説得力を持ち得ないものを主張する人もいる。そういうものは得てして、出来あがった後の評判は芳しくない。一方で、彼の建築からは、ある種の普遍的な力を感じたものだ。何故そこにそのディテールなのか感じ取ることができた。彼のデザインに打ちのめされたと言っても良い。


建築は「作品」とよく言われるが、決して棚や壁に飾るような芸術作品とは違う。それは用途をもった空間と生活や様式までも設計しているものだ。だから、現代美術におけるインスタレーション作品とも一線を画さなくてはならないのだと思う。
彼の作品が、そういう意味から使われ続ける建築足り得ているかは、彼の作品群がそれを証明しているかもしれない。


パンフレットの作品模型は2001年10月、国際コンペで参加の決定したフランスの「ピノー現代美術館」。チケットのスケッチは社会問題ともなった青山同潤会アパート建替え計画だ。直島プロジェクトにおいて、あるいは同潤会アパートにおいて、建物を地下に埋設し「見えない建築」を目指したということは、環境に配慮した建築計画だろうが、ガラスの多用や見えない建築というコンセプトは何も安藤のオリジナルではない。また、意外かもしれないが、安藤氏の作品は東京には多くない。東京が「建築無法時代」とも言われるほど空前の変貌を経験しつつあり、あまたのデザイン要素が氾濫している中にあって、安藤建築が東京にどのような楔を打ち込むのか興味がつきないところだ*1)


なお、本展示会にはイロイロな種類の人が訪れていた。それこそ老若男女入り乱れてという感じなのだ。改めて彼の人気の広さを思い知った次第。また、本展示会の情報を私に教えてくれたEさんに感謝。









  1. (追記)以下BBS書きこみより


    安藤忠雄ですが、HPに書いたものは堅苦しくて面白くないですね。


    展示会には写真やビデオのほか、ドローイングや模型も多く、
    建築知識のない人にも楽しめる内容でした。


    建築家のドローイングや図面は(自分で書いているかどうかは別にして)
    そのまま額に入れて飾れるようなデザインのものがあるのですが、
    まさに安藤のドローイングはそれで、図面的には緻密というわけでは全く
    ないものの、建築のイメージを伝えるという意味からは、なかなか
    イマジネーションに飛んだものだと感じました。


    また、彼は常にアイデアが吹き出ているようで、ホテルやらレストランの
    ナプキン、または飛行機の半券などにまでエスキスを描いているのには
    驚かされます。
    ��画家ぢゃないから、それが号いくらという値段にはなりませんがね)


    かの丹下健三が赤坂プリンスのデザインを決めたときも、どこかのホテルの
    ナプキンかマッチの箱に「こんな形」とかぐちゃぐちゃ描いたのがオオモト
    案だと聞いたこともありますし。マッチの裏のぐちゃぐちゃを形にしてしま
    うところが、まあ大家たる所以ですかね。


    模型もなかなかかっこよくて、光の入り方や空間の意外性などが良く分る
    ものでした。特に同潤会アパート建替え計画は、表参道の並木より建物高さ
    を低く抑えるため地下階が深いんですよ。そのため、地下にまで自然光を入れ
    るため、アトリウムを囲むように店舗と住宅を配置しているのです。そういう
    仕組みがやっぱり模型の方がよく分る。


    アトリウムを広くとって大階段を設置するという計画は、原広司の京都駅でも
    おなじみですが、それが彼のモチーフとなってフランスのピノー美術館や
    同潤会アパートでも見ることができます。これは計画上の模倣というよりは
    ボキャブラリーと判断すべきでしょうが。


    マンハッタンのペントハウスという計画は、既存の超高層ビルの屋上と、
    中間階にガラスの箱を貫通させた計画ですが、非常に斬新なアイデアで、
    模型を見てうなっちゃいました。
    イメージ的には最近竣工した上野のこども図書館の手法ですね。保存建築に
    新たな表層や空間を加えることで、再生するというものです。まあ、これも
    安藤だけのモチーフではありませんが。


    マンハッタンのグラウンドゼロプロジェクトは、建物ではなくモニュメント
    を設計したという点で注意を引きました。現在、あそこはWTCを上回る
    超高層計画がコンペで決まりましたが、安藤のような解決策もありかなとは
    思ったものです。


2003年5月10日土曜日

【風見鶏】安藤忠雄展2003 再生-環境と建築

東京ステーションギャラリーで開催されている安藤忠雄展に行ってきた。安藤忠雄氏はコンクリート打放しのギリギリにまで凝縮された建築美で知られる世界的に活躍する建築家である。

私は建築設計などが専門ではないため、彼の建築について知ることは今でも少ない。しかし、それでも彼の建築の魅力は何だろうかと考えると、数年前に彼の作品巡りをしたときのことを思い出す。関西を中心に、姫路文学館や直島コンテンポラリーアートミュージアム・アネックスなどを見学しのだ。

彼の作品はそれでも少しは写真などで見知っていたものの、実際にその空間に立ったときの驚きと感動は強烈であり、今でも忘れがたいものとなっている。
ここで建築のデザイン論とか安藤建築について、拙い意見を述べる気はないのだが、そのとき確かにデザインのもつ力というものを如実に感じた。建築でデザインを云々する人の中には、自己満足に終始してしまい、説得力を持ち得ないものを主張する人もいる。そういうものは得てして、出来あがった後の評判は芳しくない。一方で、彼の建築からは、ある種の普遍的な力を感じたものだ。何故そこにそのディテールなのか感じ取ることができた。彼のデザインに打ちのめされたと言っても良い。

建築は「作品」とよく言われるが、決して棚や壁に飾るような芸術作品とは違う。それは用途をもった空間と生活や様式までも設計しているものだ。だから、現代美術におけるインスタレーション作品とも一線を画さなくてはならないのだと思う。

彼の作品が、そういう意味から使われ続ける建築足り得ているかは、彼の作品群がそれを証明しているかもしれない。

パンフレットの作品模型は2001年10月、国際コンペで参加の決定したフランスの「ピノー現代美術館」。チケットのスケッチは社会問題ともなった青山同潤会アパート建替え計画だ。直島プロジェクトにおいて、あるいは同潤会アパートにおいて、建物を地下に埋設し「見えない建築」を目指したということは、環境に配慮した建築計画だろうが、ガラスの多用や見えない建築というコンセプトは何も安藤のオリジナルではない。また、意外かもしれないが、安藤氏の作品は東京には多くない。東京が「建築無法時代」とも言われるほど空前の変貌を経験しつつあり、あまたのデザイン要素が氾濫している中にあって、安藤建築が東京にどのような楔を打ち込むのか興味がつきないところだ。

なお、本展示会にはイロイロな種類の人が訪れていた。それこそ老若男女入り乱れてという感じなのだ。改めて彼の人気の広さを思い知った次第。また、本展示会の情報を私に教えてくれたEさんに感謝。

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��追記)以下BBS書きこみより

安藤忠雄ですが、HPに書いたものは堅苦しくて面白くないですね。

展示会には写真やビデオのほか、ドローイングや模型も多く、 建築知識のない人にも楽しめる内容でした。

建築家のドローイングや図面は(自分で書いているかどうかは別にして) そのまま額に入れて飾れるようなデザインのものがあるのですが、 まさに安藤のドローイングはそれで、図面的には緻密というわけでは全く ないものの、建築のイメージを伝えるという意味からは、なかなか イマジネーションに飛んだものだと感じました。

また、彼は常にアイデアが吹き出ているようで、ホテルやらレストランの ナプキン、または飛行機の半券などにまでエスキスを描いているのには 驚かされます。 (画家ぢゃないから、それが号いくらという値段にはなりませんがね)

かの丹下健三が赤坂プリンスのデザインを決めたときも、どこかのホテルの ナプキンかマッチの箱に「こんな形」とかぐちゃぐちゃ描いたのがオオモト 案だと聞いたこともありますし。マッチの裏のぐちゃぐちゃを形にしてしま うところが、まあ大家たる所以ですかね。

模型もなかなかかっこよくて、光の入り方や空間の意外性などが良く分る ものでした。特に同潤会アパート建替え計画は、表参道の並木より建物高さ を低く抑えるため地下階が深いんですよ。そのため、地下にまで自然光を入れ るため、アトリウムを囲むように店舗と住宅を配置しているのです。そういう 仕組みがやっぱり模型の方がよく分る。

アトリウムを広くとって大階段を設置するという計画は、原広司の京都駅でも おなじみですが、それが彼のモチーフとなってフランスのピノー美術館や 同潤会アパートでも見ることができます。これは計画上の模倣というよりは ボキャブラリーと判断すべきでしょうが。

マンハッタンのペントハウスという計画は、既存の超高層ビルの屋上と、 中間階にガラスの箱を貫通させた計画ですが、非常に斬新なアイデアで、 模型を見てうなっちゃいました。 イメージ的には最近竣工した上野のこども図書館の手法ですね。保存建築に 新たな表層や空間を加えることで、再生するというものです。まあ、これも 安藤だけのモチーフではありませんが。

マンハッタンのグラウンドゼロプロジェクトは、建物ではなくモニュメント を設計したという点で注意を引きました。現在、あそこはWTCを上回る 超高層計画がコンペで決まりましたが、安藤のような解決策もありかなとは 思ったものです。

高村薫:マークスの山(文庫本版)







文庫本帯に踊る「警察小説の金字塔」「全面改稿」「泣かされる」「合田雄一郎登場第一作」「第109回直木賞受賞作」というモノモノしいキャッチコピー。さらに書店の目立つ部分に山と積まれているので、通常ならば少しゲンナリした気分になるだけで、本書を手にとることはない。しかし山のイラストが書かれた表紙が気を引き、裏表紙の作品紹介に漠然と目を走らせ「とにかく山岳を舞台にした小説か」という一点で購入した本ではあった。


私は読書人ではないので、高村薫氏の小説は読んだことがなかった。従って彼女の書く小説がどんな作風であるのか知りもせず、そして期待もしていなかった。最初読み始めて思ったのは、「こいつは本格山岳刑事モノかと思いきや、一時流行ったサイコサスペンスものか、おいおい期待を裏切らないでくれよ」というものであった。


しかしながら、私の初期の感想は見事に覆されたのである。とにかく本格的な小説に仕上がっており、内容の面白さ、そして充実度など、どこをとっても文句の言いようがなく、これほど終わりの頁を捲るのが惜しいと思った小説は久しぶりである。


この小説は刑事 合田雄一郎登場の第一作ということだ。彼をどのように紹介しているか、「マークスの山」の中で彼二度目の登場のくだりを引用してみよう。


・・・合田雄一郎は音一つなく立ち上がった。三十三歳六ヶ月。いったん仕事に入ると、警察官職務執行法が服を着て歩いているような規律と忍耐の塊になる。長期研修で所轄署と本庁を言ったり来たりしながら捜査畑十年。捜査一課二百三十名の中でもっとも口数と雑音が少なく、もっとも硬い目線を持った日陰の石のひとつだった。(上巻135頁)


何とも劇画チックで大仰な描写だと思った。高村薫氏は1953年生まれ、いわゆる劇画世代ではないが、どこか今風のキビキビしたタッチの劇画主人公を思わせた。小説に入りこめるか否かは、細部描写の現実感と主人公への感情移入が一つの要素としてあるならば、その点においても、高村は周到なのである。最初大仰に思えたこの描写も、読み進めるうちにそれが作品のひとつの特徴となって熟成したことを考えると、彼女の計算の上での描写や作風と思えた。


合田の逡巡する姿や、他者への嫉妬や闘争本能、組織への反抗や、がむしゃらに走ることに疑問を感じつつも、(いったい何のためになのか)走らずにはいられない姿には、確かに一人の若者の姿が書かれているのだ。このように端的に書いてしまうと、「なんだ月並みな」と思えてしまうが、高村氏の描写は濃く、読むものに深く食い込む力がある。そう感じた瞬間に、読者である私は、高村氏の仕掛けた陥穽にすっぽりとはまりこみ、降りるべき駅が過ぎるのも、夜が更けるのも忘れさせるほどの時間を過ごすことになってしまったのだ。


この小説には、事件の特殊性や意外性、そして展開の面白さもさることながら、警察社会や事件を取り巻く刑事たちの人間そのものにこそ面白さがあるといえるかもしれない。刑事たちを名前ではなく、刑事仲間が呼ぶ「あだ名」で描写するやり方は、特に効果的である。主な人物を挙げれば、合田の相棒でアトピーの《お欄》こと森義孝巡査部長30歳(上137頁)、合田の同僚で風の《又三郎》の異名をもつ有沢三郎巡査部長35歳(上145頁)、柔道七段、澁澤龍彦を愛読する《雪之丞》こと広田義則巡査部長35歳、新人類扱いの《十姉妹》こと松岡譲巡査、そして東大卒のキレ者《ペコ》こと吾妻哲郎警部補36歳(以上 上147頁)などなど。


気づいてもらえたと思うが、高村氏は主人公たちを、若手からは卒業しつつあるものの、組織に組込まれてしまった40代の管理職とも違う、血気も実力も兼ね備えた30歳半ばに設定している。組織内での競争意識を剥き出しにし、事件や上層部と格闘するさまは壮絶である。


一人の女のことを頭と子宮がつながっていると切って捨てた又三郎と自分だが、そういう自分たちこそ、頭と下半身がつなっがいるのは間違いない、闘争本能丸出しの牡だった。(下211頁)


という描写に端的に表れた主人公らの素性の見事さと冷徹さ。そこには、読んだ人なら分かるが「自分を客観視する自分」の存在が認められ、それこそまさに作品に隠されたもう一つの仕掛けではないかと気づかされる。


高村薫氏が女性作家だとは本当に驚きだ。読み終わって作者について調べるまで、私は高村薫氏が女性だとは全く思っていなかったのである(それくらい文壇に無知ということです)。骨太の描写、男臭さ。女性だからこそかえってこういう描写ができるのか。そういえば真知子という女性は限りなく救いがなく哀しかったではないか。


高村氏がこの小説で直木賞を取ったのは1993年だ。今回の文庫本化に当たり全面改訂したという(彼女はよくやるらしい)。そういう彼女のブルックナー的性癖*1)が、作品への完成度へと結実しているようでさえある。いずれにしても、今回は高村氏の小説に感服、他の作品も機会があれば読んでみたいと思わせるのであった。



  1. ここがクラシック音楽中心のサイトであることを忘れてはなりません(^0^)

2003年5月6日火曜日

チェリビダッケ/ベートーベン 交響曲第5番「運命」


ケーゲル/ベートーベン 交響曲第5番「運命」

ベートーベン 交響曲第5番 ハ短調「運命」作品67
J.S.バッハ 管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV.1068~アリア

指揮:ヘルベルト・ケーゲル
演奏:ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1989年10月18日サントリーホール
Altus ALT056(国内版)

ケーゲルのベートーベンだ、許光俊氏が絶賛する演奏。彼は、この演奏を「フルトヴェングラー以来の、歓喜への信頼に満ちた演奏」(CD解説)と評した。そういう彼のフィルターを払いのけて演奏に接することは難しいかもしれない。しかし、予備知識はアタマに刷り込まれてしまった、果してどんな「運命」が聴こえてくるのか、期待と不安錯綜しながら聴きはじめた。

1楽章4分半当たりから感じられるただごとではない響きに、思わず襟を正した。低弦が太く嘆くようだというばかりではない、ヴァイオリンは長く厚い音を響かせ、琥珀色の音色を重ねている、美しい。しかしそればかりではなく、1楽章に込められた哀しみの表現に気づかされる。

単純な「ダダダ、ダーン」のリズムが、かくも残響を残して、絶望か苦悩の嘆きを唄うのを聴いたことはない。声をかけて慰めることさえできない姿がそこにある。7分50秒頃から、巨体が崩れるかのごとき1楽章のフィナーレの圧巻さ。

2楽章とて楽天はまだ支配していない。それは在りし日の思い出や回想に聞える部分もあるが、漂う寂寞感はぬぐえない表情だ。勝利を予感するトランペットの響きはまだ懐疑の中に沈みこむ。これがベートーベンの「運命」であるとは思えないほどに感情的で悲愴的ではないか。

3楽章がこんなにも堂々と迫ってくる、あるいは日が翳るがごとくあっという間に表情を変えてしまう演奏を私は知らない。フルトヴェングラーの1947年のベルリン復帰の演奏であっても、これほどに多感ではなかったのではと思わされる。テンポの操り方、強弱の付け方などの演奏技法によるところもあるのだろうが、演奏を聴いていて感情が両極端に振幅するのを抑えることができない。

4楽章も引き摺る様に重々しく始まる。まだ不安は拭うことができない。1分20秒くらいから始まる表現は痛々しいまでの迷いを感じる。ここから歓喜へ向うには、どのような変貌を見せるのだろうかと次ぎへの展開に期待は高まる。

テンポは揺れるが決して速くはない。着実な歩みで演奏は進む。4分、冒頭の繰り返しのところで少し面白い表現を聴かせてくれた、いったいこれはなんだろう。そう、聴きながらあれやこれやと考えさせられてしまう。おやおや弦のピチカートてこんなにも雄弁だったかしらとか。

そして、ティンパニに導かれて始まる第4楽章への移行、ああ・・・光がさしてくる。そして抜けてしまう・・・全身に浴びる溢れるばかりのまばゆい光の洪水! 鬱状態から圧倒的躁状態への遷移。おお、まるで揺れて大波に乗るよう、酔いさえ感じるような演奏ではないか。ベートーベンなのになんと筋肉質的でないことか、表現が極めて優しい。弱いというのでは決してない。包まれるがごとき喜びをの表現。

確信と祈りにもにた歓喜の希求。しかし裏に不安はないのか、本当にこんなに歓喜を信じて良いのか、という疑義。ラストを聴き終えても、楽天的な歓喜と満足感が私の心を満たしてはいない。聴こえるのは、痛々しいまでの涙を含んだ歓喜への願いだ。

それは、アンコールのJ・S・バッハのアリアを聴いたときに突然生じた。私の中での理性と感情の堰が切れてしまったのだ。「運命」の後での曲だ、通常なら違和感があるところが、あまりのハマリ方に私は呆然となってしまった。この美しさと哀しさはどうだ、最初の一音が弦の合奏が聴こえたその瞬間に、まさにこの曲が「運命」の後の必然であると思わせる説得力で語りかけけてきたのだ。

ああ・・・もう一度聴きなおす気力は起きない、というよりも、こういう演奏は何度も繰り返し聴いてはいけない。何と言う音楽だろうか、そして何と言う演奏であろうか。私は音盤を聴いて、こんなにも泣いてしまったことは、かつて一度もない。(あったかもしれないが、恥かしいから思い出したくない>いつも泣いてるぢゃないかよ>CD聴いただけで泣くなよな)

*)この感想は、CDを聴きながら同時進行で文章をしたためた。そして再度、CDを聴きなおすこともしていない。それゆえ、極めて感情的で一面的なレビュになっていることに自分でも気づいてはいるのだが、書きなおす気もしないのでご容赦願いたい。

2003年5月5日月曜日

三つのベートーベン「運命」聴き比べ

許光俊氏の「世界最高のクラシック」を読んで、彼が最高と評する音楽のいくつかに接したいと思うようになった。そこで、とりあえずフルトヴェングラー(1947)、ケーゲル(1989)、チェリビダッケ(199)による三種類の「運命」を聴いてみることとした。どの盤もライブ録音である。フルトヴェングラーの演奏は、ベルリン復帰の歴史的名演の初日のものである。

それぞれの演奏時間は下記の通り。

フルトヴェングラーケーゲルチェリビダッケ
第一楽章7’53”8’13”7’08”
第ニ楽章10’29”12’29”11’42”
第三楽章5”40”6’01”6’17”
第四楽章7”45”9’48”10’41”
TOTAL31”47”36’31”35’48”

チェリビダッケは晩年、テンポが遅くなったことで有名だ。単に演奏時間だけを取りだして云々することには意味があるとは思えないのだが、それでも、三つの演奏を比較してみた場合、意外にもケーゲルの演奏が一番演奏時間が長いことに気づく。

それぞれの楽章の長短をケーゲルとチェリビダッケで比べてみると面白い。レビュに書いたが、ケーゲルの演奏を聴いて、この曲の2楽章の姿を改めて知る気がした。また、チェリビダッケの演奏を聴き、この交響曲が極めて構築的な音楽であることに気づいたのである。どれも必然のテンポといえるのかもしれない。

フルトヴェングラーの演奏は明らかに速い、比べて聴かなくてもその速さには気づく。でもその速さから伝わるものがあることも認めざるを得ない。

ここに示した三種類の「運命」は、ぶっ続けで聴いたのだが(フルヴェンとチェリは時間を改めて再度聴いたが)、どれも特異な演奏であり、また驚くべきほどの集中力を見せた瞠目に値する音楽となっていることを認めざるを得ない。


フルトヴェングラー指揮
ベルリン・フィル
1947年5月25日 ベルリン
TAHRA-FURT 1063-1066 (Made in France)
言わずと知れたフルトヴェングラーの名演である。かつて音楽雑記帳(2001年8月)において、私はベルリン復帰の3日目の演奏の感想を(そのときも同じように三種類の「運命」聴き比べで)述べた。始めて聴いた時のような震えるような感動は、今回は得ることができなかったが、凄まじい演奏であることに変わりはないようだ。

��日目のものは札幌に置いてきているので、この初日の演奏と3日目の演奏を比べることはしていないのだが、何かをはらすような叩きつけるような表現、ラストに向ってオケを追い立てるさまは、ドグマの噴出のような思いさえし、異様なまでの迫力だ。

迫力が音質のせいもあってか粗さや雑さに聴こえる部分もないわけではない。しかし、ラストに向い何かに憑かれたようにオケを引連れて突進する様は、鬼人と言えるかもしれない。

いずれにしても「超」が付くほどの因縁めいたベルリンライブ。その筋の人たちにとっては既に語り尽くされた感がある演奏だ。もはや「評することを拒絶している」演奏だと言えるかもしれない。音質は他のフルベンの録音と比べるとどうなのか、詳しいことは私には判断できないが、演奏の質を判断できるほどの録音ではある。

とにかく、まずはフルトヴェングラーを聴いてから以下の2枚を聴いたということだ。


ヘルベルト・ケーゲル指揮
ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
1989年10月18日 サントリーホール(東京)
Altus ALT056(国内版)
驚いた、心底驚いた。許氏が『これは日本ライヴであり、生演奏やFM放送を聴いたひとたちの間では半ば伝説として語られていた超強力な演奏』(「世界最高のクラシック」P.204)と書くだけのことは、確かにあった。

��Dの解説も許氏だ。『その頃の日本は、バブル経済によって贅沢を貪り尽くし、あらゆる楽天主義が蔓延していた時代であった。こともあろうにそんな東京のまんあかで、絶望と希望のギリギリの対決のような音楽が行われていたのだ。何と言う悲惨でグロテスクな風景だったろう。』と許氏は書いている。

1989年、東ドイツ崩壊の前後、ケーゲルは間違いなく社会主義者であったという。そして、この演奏の翌年、ケーゲルは自らの命を絶つ。許氏も言うように、こんな音楽を奏でてしまったことは、果して演奏する側にとっても聴く側にとっても幸せなことなのだろうか。

ケーゲルというとシベリウスの4番のように、ちょっとキワモノ扱いのように感じていたのだが、全く考えが改まった。レビュは別頁に記した。


セルジュ・チェリビダッケ指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
1992年5月28、31日 ミュンヘン
EMI TOCE-11603
これまた、驚くべき演奏であった。フルトヴェングラー、ケーゲルト聴いてきて、このチェリビダッケの演奏を聴いたときに、その特異性が際だって浮き上がってきた。

私は恐れ多くて、チェリビダッケの音楽について語る素養は持ち合わせてはいない。とりあえずレビュを書いたが、いったいチェリビダッケの何について語ったことになろうか。

こうして、「運命」をぶっ続けで聴いて分かったことがある。これほど消費し尽くされていると思っていたこの曲に、まだまだ多くの発見や喜びを見出すことができるということだ。三種類の演奏を聴いて、なお飽きるということがない。恐るべしベートーベン、といったところだろうか。(>恐るべしクラシックヲタクと言うべきだよ、ヤレヤレ。)

蛇足になるが、これらの演奏は、許光俊氏が推薦する演奏であったわけだ。いったい評論家に指南されなければ、これらの演奏の凄さに気づかなかったのだろうか、あるいは、ケーゲルの感想でも書いたように、評論家の意見の刷り込みの呪縛から自由な状態で演奏に接しているのだろうか、そこに疑問を感じないわけではない。特にフルトヴェングラーのような音質の良くない演奏をありがたがるという態度については、やはり一般受けはしないだろうなあと思うのであった。

2003年5月4日日曜日

許光俊の「世界最高のクラシック」

許光俊氏という音楽評論家を好きか嫌いかは別として、非常に哀しい本だ。何故哀しいか。彼の悟りが哀しいのだ。

それは「あとがき」に書かれていた彼の、クラシックに対する姿勢だ。『あえて「世界最高」という言葉を冠したこの本を書こうと思った本当に大きな理由は、クラシック音楽がすでに博物館入りしたと私は認識しているからだ』(P.244)と彼は書く。自らそれを『寂しい考え』と認めてはいるのだが、許氏にしてかと思ってしまうのである。

考えてみると、許氏は過激な文章で知られてはいるが、宇野氏のような耽溺型ではなく、クラシックとある距離を保っているところがなきにしもあらずだ。許氏は彼自身言うように「音楽ならば何でも良い」というタイプではなく『「まあまあ」が我慢できず、「最高」だけを欲しがるようなわがままな人間』(P.5)なのである

彼がこのように考えるのが、クラシック音楽が過去のものであるが故に、これからいくらでも「最高」のものが手に入るような、同時代のものではないということの査証だとするならば、私の焦燥感は募る。「博物館入り」したものであっても、過去の演奏には玉石混合、膨大な録音の山が存在しており、その中から自分にとって好ましいと思える演奏に邂逅するのは至難の技でもあるわけだ。

許氏が「最高」と認める指揮者や演奏がどのようなものなのかは、おおよそ許氏の著作に通じている方なら想像がつくだろうが、この本では指揮者を5つのタイプに分類して語っているところが面白い。すなわち

「ナイーブ時代の大指揮者たち、または古典主義的幸福」
「現代にあってなお幸福な指揮者たち、または擬古典主義の平和」
「普遍化を目指した指揮者たち、または20世紀が夢見た美」
「エキゾチックな指揮者たち、またはコスモポリタンの喜び」
「懐疑に沈む指揮者たち、またはマニエリスムの廃退と人工美」

それぞれの分類に、どの指揮者が入っているのか、読む前に想像するのも楽しいものではある。さあ、許氏の文章を読んで、彼の示す「最高の演奏」に耽溺しようではないか(^^) クラシック初級者のワタシは、彼の示す盤のほとんどが未聴という、幸福な状態であったことだけは付記しておこう。

2003年5月2日金曜日

 「都市再生」を問う~建築無制限時代の到来(岩波新書)

副題が「建築無制限時代の到来」というもので、現在東京などの大都市を中心に進められている大規模再開発の実態を暴き、将来に対して警鐘を鳴らしている本だ。

たまたま東京にいるので本書で扱われているいくつかの巨大プロジェクトについても、熟知していわけではないにしても、全く知らないわけでもない。

巨大プロジェクトとは、かつてのバブルのハナシでもなければ、汐留(シオサイト)や、品川グランドコモンズでもなければ、六本木ヒルズのハナシでもない。これらは2003年問題として昨年来からTVでも話題にされていたが、この本が書いているのは、それらの後の巨大プロジェクトの話だ。

東京に居てさえ、現在進行中のプロジェクトに関する認識は低いのではないかと思う。だって、もう十分に建物は建っている。でも、まだ、なのだ。

誰もが、どこか間違っていると気づいているハズなのに何故これから更にまだ再開発なのか。それも、驚くような巨大な再開発が続けられなくてはならないのか。民間や公団が、都心部に超高層住宅を(それも分譲価格や賃貸価格が、一般サラリーマンの常識とかけ離れた値段で)、これからも造られ続けなくてはならない積極的理由は見出せない。

ディベロッパーも官庁も、そしてゼネコンも、そして金融業も生き延びるために点滴を打ち続けながら、行く先の見えない将来に向って走り続けるしかないというのは、もはや悲劇でさえない。

いやいや、悲劇なのは、一握りの政治家や企業なのではない。彼らは、時代に乗り遅れた恐竜として滅びればよいだけだ。不幸なのは、恐竜たちに蹂躙されてしまった、そこに住む者たちこそだ。いったい誰のための、街なのか、誰のための都市なのかと、本書は問う。

例えばかつての大規模再開発の代表格であった、六本木アークヒルズ、もと六本木谷町。森ビルが壮大な地上げを行った後に出来た巨大な更地は、まさにグラウンド・ゼロ(*)を彷彿とさせた。そして、六本木六丁目計画(六本木ヒルズ)しかり、そしてまた・・・・新たなグラウンド・ゼロの出現。かつて爆心地に住んでいた人たち、そこにあったものは、どこにかき消えたのか。私たちは何を得て、何を失っているのか。

五十嵐氏と小川氏は同じ岩波新書から、都市計画や公共事業のあり方に関する本を上梓してきている。都市計画に関する論調が、欧米型の計画的都市論に立脚していることに若干違和感も感ずるが、その点を差し置いても、今の日本がどこかオカシイこと、そしてこのままでは早晩、大きな破局を迎えてしまうのではないかということに関しては、私も同意する。とにかく日本の都市業計画が「ムチャクチャ」「デタラメ」「インチキ」のカタマリであることがよく分かる。

日本は、何もかも捨て去って、何を残そうとしているのだろうか。

(*)ちなみに、今話題の六本木ヒルズは開発面積7ha以上。住居地や市街地が形成されていた地区における7haという土地がどれほどのものなのか、自分の街の地図で確かめてみるとよく分かる、それはとてつもない広さなのだ。

池谷裕二・糸井重里:「海馬」~脳は疲れない





��W中に息子が読んでいた本だ。どんな本なのかと読み始めたら面白くて一気に読んでしまった。結構売れている本らしい。


池谷祐二氏は現在三一歳、東京大学薬学部の助手で、九八年に博士号を取得した脳について研究している学者である。「海馬」とは、脳のなかで記憶を操る部位を差していて、池谷氏はまさに海馬を中心に脳細胞を研究しているとのこと。本書は、コピーライターの糸井重里氏と池谷氏の対談という形でまとめられている。


残念ながら手元に本書がない状態で感想を書いているので、あやふやな点が多いのだが、とにかく語り口が(対話形式)平易で読ませる。脳についての興味深い、すこしばかり専門的なハナシを池谷氏が語るのだが、それを糸井氏が独特のセンスで翻訳して説明してくれるのが心地よい。また副題にある「脳は疲れない」という類のちょっとした話題が、何か人に可能性と元気を与えてくれるような、そんな内容になっている。


ただし、例えば立花隆氏のサイエンスもののように、糸井氏がものすごい勉強をして対談に望み、海馬研究の先端をフカク解説するという類の本では全くない。むしろ、糸井氏と池谷氏が、お互い「海馬」というテーマを通して、お互いが刺激されながら会話をスパイラルさせているというもので、会話そのものがどこに向い、どういうテーマにつなげて行くのかという、コミュニケーションのスリリングさを味わうという種類の本になっている。そういう意味においては、糸井氏は池谷氏の絶好の「広告」をしているということになる。


糸井氏は、仕事柄、脳の働きや脳神経の働き(シナプス結合)などを、都市や共同作業におけるコラボレーションによる発展的な対話というふうに結び付けて考えるあたり、なるほどなあと思わせる。実際、数十時間に及ぶ対談は、両者にとって相当ハードでかつ刺激に満ちたものであったようだ。感性の鋭い異分野の人たちが導く対話の妙を味わうという意味において、読む側も刺激に満ちたものになっている。ただし、海馬や脳について深く知りたいという向きの方には(当然)不満は残る。


蛇足になるが、最先端の脳研究を薬学部の学者が行っているのだなあと(考えてみれば当たり前とも思うが)思ったのでありました。