2005年2月28日月曜日

近松半ニ:お染久松 新版歌祭文


二度の観劇(2/202/24)に及んだ「新版歌祭文 野崎村」ですが、これはもとは近松半ニ(1728-86)による人形浄瑠璃「お染久松」の心中物の第ニ場にあたります。実家には岩波書店の日本古典文学大系が新旧で全て揃っておりますので、旧版より「浄瑠璃集 下」を失敬し休日につらつらと読んでみましたが、なかなかに面白かったので、気付いたことをメモしておきましょう。







お染久松の心中事件は宝永五年(1708年)に実際にあった事なのだとか。それはすぐに歌祭文の種となって流布し、歌祭文も数種現存するのでが、狂言の骨子はだいたい同じで以下のような設定なのですとか。


お染の家は大阪東横堀瓦屋橋の搾り油屋で鬼門屋敷であったこと、お染は一人娘で十六歳であること、久松は子飼の丁稚であること、冬の間に結納を取り交わし、お染は一月十七日に山家屋へ嫁入ることになっていたこと、お染は既に妊娠五ヶ月で腹帯を締めていること、一家が山家屋へ節振舞に招かれて留守の間に、種蔵の前でお染は剃刀、久松は首をくくって死ぬこと



心中物ですから救いがないのですが、この物語に近松半ニはさらに「野崎村」の段を加えることで、他のお染久松心中物とは一味もふた味も違ったものに仕上がっているようです。可憐なおみつに着目し、久松の実家を書くことで物語に深みが増し、お染久松の決定版とも言える出来のようです。


その第ニ場「野崎村」が歌舞伎として上演されているわけですが、第一場は「座摩社の段」です。ここでは丁稚の久松が油屋の下男である小助に騙され(この小助というのが本当に悪党で、詐欺師、盗人、良心のかけらもないという奴)預かった商いの金を盗んだという濡れ衣を着せられてしまいます。


これがあるから、「野崎村」で久松が年末で忙しいというのに実家に戻されることにつながるのですね。そして、こうなったら病に伏せている母親を喜ばすために、母の連れ子のおみつと祝言をあげよう、という段取りになるわけです。

「野崎村」の原本には、歌舞伎と違って母親も登場します。久松とお染が心中まで覚悟していることを知って、おみつが投島田を切り五条袈裟をかけて尼になる決心をした後の有名な場面。


冥加ない事をおっしゃります。所詮望みは叶ふまいと思いの外祝言の。盃する様になって。嬉しかったはたった半時。無理にわたしが添ふとすれば。死しゃんすをしりながら。どふ盃がなりませふぞいな。


の後に、盲目の母親が、おみつの切髪を知らずに久松との祝言が無事に行われると思って


おみつの何をいやるやら。女夫になりゃるを此母も。悦びこそすれ何の死の。


という台詞につながります。そして母はおみつの花嫁姿を思い描いて


一世一度の娘が晴。定めて髪も美しう出来たであろ。裂笄に結やったか。(おみつ:イエ)そんなら両輪か。


と喜びをあらわにします。ここの場面があってから、


しらず悦ぶ母親の。心を察し誰誰も泣声せじとくひしばる。四人の涙八つの袖。榎並八ケの落し水膝の。堤や越ぬらん。見聞くつらさに忍び兼。お染は覚悟の以前の剃刀。なむあみだ仏と自害の体。


とつながります。そして母親が「何が不足で死るのじゃと」おみつに這いより、はじめて五条袈裟に気付くことになります。驚く母に、おみつは尼になって身をひいたことを知ります。この哀しみがあればこそ、お染が耐え切れずに


其の悲しみをかけるのも此のお染から起こった事。死るがせめて身の言訳。



とあいなって、お染、久松、おみつ、久作の「死ぬる、思いとどまって、サア、サア、サア」の見せ場へとつながるのですね(参考)。こういうやりとりがあればこそ、お染の行動にも唐突さがなく、切羽詰った緊張感が最高潮に達するのだと、つくづく思いました。そして其の後にお染の母親が登場し、場がひかれていくわけです。いやあ、面白い。



続くは「下巻 長町の段」そして「油屋の段」となっていきます。久松が和泉の国石津の御家中、相良丈太夫の息子で、「聊かの事で」家がつぶれ、久作がひきとり丁稚奉公をさせていることは「野崎村」で久作の口から伝えられましたが、家退転したのも吉光の守り刀を紛失した誤りでのことが明かされます。しかも、その刀、紛失したのではなく石津の家来鈴木弥忠太(こいつも小助と一緒になって悪事を働いたり騙されたり)が盗んだこと、そしてそれを質入れしている先が、お染の嫁ぐ予定の山家屋であることなどが分かってきます。(この質草でもまた捻りがきいているのですが)


殿様のお目出度に合わせて御赦免があるところから、何とか吉光を取り戻し、久松を和泉の国へ帰参させたいと思案する乳母のお庄も登場し、いよいよに奸計や騙りが渦巻きながら悲劇の終末へと突き進んでいくのですが、なかなかに複雑な物語仕立てになっています。さらには年の瀬の情景と、当時の大阪の世相が生き生きと描かれて、まことに興味がつきない作品となっているのですが、疲れたのでこれにて。

2005年2月25日金曜日

歌舞伎座:野崎村 再見

A Moveable Feastを読んでいたら、なんとここのウェブ・マスター殿は三度も「野崎村」通いをしているとのこと。観劇を重ねる度に作品世界への理解度が深まっていて、とてもとても真似のできる境地ではございません。世の中には、たいした人がいるものだ、と思ったまではよかったものの、ふと気付いたら寒空の中、東銀座の唐破風横の急な階段を息せきってのぼっている自分に気付いたりするのでありました。




さて、明日が千秋楽の歌舞伎座の二月公演です。平日ですが幕見席はほぼ満席、私はあえなく立ち見となりましたが、返って今日はその方が有難く。なぜって、乗り出すようにしなければ最後の両花道を拝むことができませんから。


それにしても、平日の歌舞伎座ではありますが、この間の日曜日とは熱気が少しばかり違いました。千秋楽前の気合でしょうか、掛け声のかかりかたも、なかなかに鋭く、あちらこちらからひっきりなし、といったところ。歌舞伎を見ている気分が高まります。といって、歌舞伎通ばかりではなく、歌舞伎が初めての人やら、寝ている人、しきりにビニール袋をがさがさいわせている人、途中で帰る人、どうしてここで笑うんだよというような人など、まあ色々な人がいます。


前回は芝翫のお光、富十郎の久作ばかりに目が行って、鴈治郎の久松などの演技にはほとんど注意を払うことができなかったので、今回はそちらをよく観ておきたい、と思ったのではありましたが、やはり俄かの歌舞伎観劇では型やら劇中の意味など、深くは分からずじまいといったところ。それでも、久松が久作の肩を揉む場面で病床の母を気遣るしぐさやら、門の外のお染への身振りの細やかさなど、些細な部分での演技に独特の綾がありました。


雀右衛門お染は、現代風に言えば「ちょっと困った女」なんですが、久松を思う気持ちの一途さと、そのお姫様っぽいしぐさのひとつひとつが愛らしくて、びっくりしてしまいます。「袂ははすっぱに持ってはいけない。お姫様をやるつもりでやりなさい」と岳父(七代目幸四郎)に教えられたのですとか。


「野崎村」ではお光の仕草に、どうしても注目しがちで、お染に「びびびびび(あかんべえ)」をしたり、縁側で脚をぶらぶらさせたりと、何とも言えない愛嬌があるのですが、非常に分かりやすくウケやすい演技ともいえます。お光の演技も、お染のしとやかさと、立っているだけで美しい彼女の姿があるからこそ引き立つんですね。二人の女形の競演はやはり見事。


歌舞伎には色々な「型」があるらしく、お光が手鏡を前に眉を紙で隠して照れる場面も、そういう仕草がない型もあって、そちらの場合は包丁を手鏡替わりにして髪を整える型なのですとか。そういう「野崎村」も観てみたいもの。


書き始めると、ひとつひとつの場面が鮮やかで、本当に見ていてあっという間に時間が過ぎてしまいました。二度目はつまらないかな、などと思ったのですが杞憂でしたね。最後の「父様ァ~」の場面は胸につまります。


今回の公演について雀右衛門はきちんとお手本になるようにやらないといけないと思いますよ。皆さんと申し合わせたりはしませんが当然のことをやるだけです。真剣ですと言っています。


人間国宝が一堂に会するので歴史に残るどころじゃありませんよ。すごいですよ、七十二歳でも後家がいちばん若いんですからと言っているのはお常の田之助。とにかく、明日が千秋楽、千秋楽・・・。眠いので取りとめもないですが、これにて。

2005年2月24日木曜日

ソニーPDA市場から完全撤退

CNET JAPANによるとソニーがPDA市場から完全撤退を決定したらしい。ソニーがPDAの海外市場から撤退を決めたと報じられたのが2004年6月であったから、わずか半年で全面撤退となったわけである。(Clala内関連記事:SONYが海外PDA市場から撤退)


9月には有機ELディスプレイを搭載したCLIE VZ90が発表されたが、私には時期をほぼ同じにして発表されていたVAIOやその他の同社内での類似製品との差異がよく理解できなかったし、大きくなりすぎたソニーが事業部間の調整が上手く出来ず、重複した開発投資を行っているように思えた。(Clala内関連記事:SONY CLIE VZ90


だから、10月にPalm Magazine(技術評論社)が廃刊となった頃には、記事で幾らソニーのCLIE担当者が「これからも期待していて欲しい」と言っても、いずれPDAは日本からなくなることを、はっきりと予感したものだ。(Clala内関連記事:Palmマガジンを読んで




思えば、数年前にPalmがまだ日本で花盛りであった頃から考えるとわずか3~4年程のことだが、IT業界における3年というのは、果てしない時間であり、その間に日本の携帯電話がいかに変化してきたか、その内容とスピードを考えるとPDAの末路は、ある意味で当然だったのかもしれない。(Clala内関連記事:Palm m500を購入  2001.9.18)


それにしても、PDAやスマートフォンのようなツールが日本においてほとんど受容されないという土壌は、文化の形成の仕方が欧米諸国と異なっているのか、あるいは消費の主流が彼国とは異なっているのか、おそらくは両者ともの理由だろうとは思うものの、これは言語の違いだけに由来するものなのだろうか、と考えてしまう。


もっともPDAが敗退したのは、文化の問題ではなく、単に通信機能が弱かったという点が最たるものであったのかもしれない。日本においてPalmがもてはやされたころのOSはPalmOS3.*で、このOSには通信機能はなかったハズである(ここらウロ覚え、フォローする気なし)。爆発的に普及を始めたインターネットとブロードバンド化の奔流の中にあって、ネットワークが他のPalmやPCとのシンクロに限定されたものでは、本体がいくら高性能であっても消費者には魅力がなかったということか。


逆に、彼国において日本的なケータイが受容されるだろうかということについては、例えば日本のアニメやキティちゃんが既に受容されつつあるのと似たような流れを辿るかもしれないとぼんやり思い、それは文化的に見てどういう意味を持つのだろうかと、つい小難しく考えてしまう>考えても分らんが。


��DAは小型のPCと携帯のハザマにあって、存在意義を主張しにくいものに成り果てたという気はしており、今後は携帯のPC化が益々加速するのではなかろうかと、個人的には期待しているが、はてさて日本市場を相手に商売しているメーカーたちは、次なる一手をどう打つのだろう。ソニーの撤退は携帯メーカーにとって全く興味ない話題なのだろうか。


ちなみに、私もCLIEを持っているが、最近は完全に「紙の手帳派」に逆戻りしている。(Clala内関連記事:手帳

2005年2月23日水曜日

展覧会:ミュシャ@展東京都美術館



上野の東京都美術館で開催されているミュシャ展を観てきました。観る前は「ミュシャかよ~」という軽い感じだったのですが、観終わった後は、これほど大規模なミュシャ展はもう観ることができないかもしれないと思えるほどに充実した内容でありました。


本展は、ロンドンのミュシャ財団の全面的な協力を受けて開催されており、彼を有名ならしめた女優、サラ・ベルナールのポスターを始めとして、デッサン、水彩画、パステル画、油彩、切手、宝飾品、彫刻などなど、ミュシャの集大成といえるような膨大な240もの作品群なのですから、たまりません。


展示会場を歩めども歩めども、ミュシャ様式がこれでもかと迫ってくるので、しまいには眩暈がしそうになるのですが、これ以上の至福がありましょうかというほどの数時間を堪能することができました。




今更、ミュシャの個々のあの作品が良かったとかの愚評はよすとして、展覧会を通じて感じたミュシャそのものに関することを少しばかり言及しておきましょう。(まあ、これとて愚ですが)


今回はじめて彼のデッサンから彫刻までを観るにつけ、彼の作品について抱いていた「女性的」というイメージが見事に払拭されてしまいました。彼の様式美は、類稀なデッサン力の賜物であると同時に、幾つかの木炭やパステルを使った素描を見るにつけ、彼が非常に男性的な画風の持ち主であり、かつ平面における表現においても、対象をマッス(塊)として捉える力を有していることに源泉があると気付かされるのです。

例えば「主の祈り」の下絵などは、木炭の濃淡だけで描かれた素描ですが、人物の描き方が極めて面的かつ彫刻的です。この一連の素描を観ると彼が彫刻家のような立体感覚を有した画家であることが分かります。


そのようなスキルを持ったミュシャですから、彼の描いた装飾的にしてちょっと見、平面的なポスター群も、仔細に眺めると驚くほどの立体性を有していることに気付かされるのです。計算されつくした線の流れは勿論のこと、一本の線にさえ濃淡を付けながら面と線を構成してゆく様は、理知的な計算に基づいて描かれており、また一枚の作品の中で、仔細に書き込む部分と大雑把に描く部分を切り分ける
「選択と集中」は、時間軸にまで影響するような広がりを与えています。


これらのことは、彼の商品化された作品断片からは全く嗅ぎ取ることができなかったものです。


題材は女性が多いのですが、これとて女々しい表現は微塵もなく、線の大胆さ、構図の独創性、タッチのゆるぎなさなど、全てにおいて潔さと勢いがあり、極めて男性的な表現であることに気付かされます。彼がデビューした1895年頃の作品は、女性ファンがうっとりするような繊細さを兼ね備えていますが、1910年頃の作品になると画風が微妙に変化していることにも気付かされます。また画風とともに画題も変化してったようですが、それは彼が生きた時代とも無縁ではないのでしょう。


それにしても彼の絵を見ていると、密教の曼荼羅やら、仏像に付けられた装飾品やら、琳派やら色々な美術品を想起させてくれ全く飽きません。なんと芳醇にして贅沢な作品群でありましょうか。


先に個々の作品については言及すまいと書きましたが、ひとつだけ挙げるとすれば、彼を一躍有名にした、サラ・べルナール主演の『ジスモンダ』のためのポスター(216×74.2cm)が忘れられません。ポスター制作を依頼されたのが1894年のクリスマス、公演は新年4日から、元旦から張り出したいという要求だったそうです。あいにくクリスマスのためデザイナーは不在、ミュシャが大急ぎでデザインを仕上げ納期に間に合わせたのだとか。そうして見ると、確かに彼の作品にしては細部が甘いように見えますが、逆にそれ故といいましょうか、ポスターの力強さは圧巻で、当時のパリジャンの度肝を抜いたのではないかと思います。もう作品自体が伝説ですな、私は作品の前で震えてしまいました。


いずれにしても、3月27日まで開催しているようです。これを逃す手は絶対にないと(一部の人には強く)断言できます。


(追記)

ページに貼り付けると著作権とかうるさいので、私が買ったポストカード5枚、以下リンク。


    

2005年2月21日月曜日

歌舞伎座:二月大歌舞伎~野崎村

歌舞伎座の二月大歌舞伎のうち、夜の部で演じられている新版歌祭文 野崎村を一幕見で観てきました。

この演目は、中村芝翫が14年ぶりにお光の役を演ずること、お染を雀右衛門、久松を鴈治郎、久作を富十郎、お常を田之助と人間国宝5人がも出演すること、ラストでは両花道を使った演出が見られることなど話題満載です。さらに、A Moveable Feastの書き込みを読んで「これを見逃すことができましょうか」という気になったわけです。


さて、そんな演目ですから期待いっぱいで観たのですが、一幕見席という高所からではあったものの、芝翫のお光、富十郎の久作など堪能することができました。




芝翫が舞台に当たって好きな久松との結婚が決まった喜びに包まれた前半は徹底的に明るく演じます。そうすることで、恋を譲って仏門入りを決意し、髪を切って現れる後半部分が自然に陰になりますと語っているように、前半と後半の変化が見ものです。芝翫は祝言が決まった喜びを、全身に表しており、遠くから観劇していても本当にかわいらしく、ちょっとそそかしい娘役を充分に演じて楽しませてくれました。それだけに、後半に彼女が身を引く場面やら、父親の久作の胸で泣き崩れるラストが引き立ちます。いやはや見事。


久作の鴈治郎も娘を思う父親役を充分に演じてくれ、また、台詞回しも一番聞き取りやすく、劇にしっか締めてくれていました。


お光の恋敵の雀右衛門お染は、お光とは全く異なる性格のお嬢さんという役柄で、心中さえ覚悟する我の強さ、女の一途さみたいなものを演じきっていましたね。お染の竹本に乗っての有名な「くどき」は確かに見ごたえがあります。あちこちから掛け声がかかりました。


竹本といえば、前半のお光の祝言を前にしたシーンですが、大根を切ってなますを作ったり、包丁で指を切ってしまったり、髪で眉を隠すしぐさをして一人照れたり、と非常に忙しいシーンなのですが、竹本の唄ばかりが響いて一幕見席までお光の声が届かなかったのは残念。

ちなみに芝翫は、この舞台のために包丁や、久作に据える灸のモグサ入なども自分で用意したのですとか。


最後の見せ場は、本花道を船で帰るお常とお染、仮花道を駕篭で帰る久松、中央の土手で見送る久作とお光が、それぞれの思いを乗せながら演ずるダイナミックな場面です。一幕見席からでは乗り出すようにしてやっと花道の先端が見えるばかりなのですが、それでも充分に豊かな歌舞伎空間を味わうことが出来ました。


そうそう、肝心の鴈治郎の久松ですが、この役にはほとんど台詞がなく、また動きも少ないため、初見の私には、遠くからでは演技がよく分かりませんでした(笑) やっぱり歌舞伎がよく分からないうちは、1階席とかで観劇するべきだと思いましたよ。

2005年2月18日金曜日

シャイー/オルフ:「カルミナ・ブラーナ」




カール・オルフ:世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」


  • シルヴィア・グリーンバーグ(S) ジェイムズ・ボウマン(C-T) スティーヴン・ロバーツ(Br)
  • ベルリン国立大聖堂合唱団、ベルリン放送交響合唱団
  • リッカルド・シャイー指揮 ベルリン放送交響楽団
  • 1983年6日、Jesus Christus-Kirche,Berlin、LONDON名盤1200 POCL-9982

ラトルカルミナを聴いて以来、頭の中でカルミナの強烈なリズムやら白鳥の歌が、グルグルと回転運動を続けています。おかげで風邪で寝込んだ3連休は、音楽を聴かずとも、カルミナ節を反復することで退屈することなく過ごすことができました(嘘)

この盤は、ロンドンの名盤1200の中のひとつ、リッカルド・シャイーが29歳の時の録音。シャープさとクールさ、それでいて美しい歌心にも満ちている演奏です。

冒頭の"O Fortuna"は何の躊躇いもなく、音楽を炸裂させて開始しているところの鮮やかさ。乾いたティンパニの音と弾け飛ぶシンバルの響き、それに続くふわふわと刻まれるリズムは、美しさと力強さを併せ持っています。

土俗的なエネルギーという雰囲気もあまり強くはない、また、シャイーがイタリア人だからなんでしょうか、どこそこに明るさが漂っていて、この曲に特徴的なドイツ的田舎臭さ(?)と私が勝手に思っている雰囲気は希薄です。それはそれで悪くはないですが。

"Oim lacus colueram (昔は湖に住まっていた)"を歌うのは1941年生まれ、イギリス型の典型的なカウンター・テノールのジェイムズ・ボウマン。彼の歌によって異様な音楽が更にグロテスクに歪んでおります。バリトンのスティーヴン・ロバーツもソプラノのシルヴィア・グリーンバーグも、良い声で歌ってくれています。ソプラノ独唱の"In trutina (天秤棒を心にかけて)"など何度も聴いてしまいますが、どこか"ディズニー的"と思うのは彼女がアメリカ人という先入観?

全体によくまとまっていてますが、カルミナが持つ原始的な本能を呼び覚ますようなザワザワ感がもう少し欲しいというのは贅沢でしょうか。

2005年2月10日木曜日

垂直統合型

佐々木俊尚の「ITジャーナル」より。


 「かつての垂直統合型とは異なり、たとえばJALやANAなどの航空会社がホテルを所有するようなものですね。そのホテルは別に親会社の旅客だけを泊めさせるわけじゃないんだけど、航空会社とホテルが同じ経営になっていれば、いろんなシナジー(相乗)効果が期待できるから」

業界構造の特徴を説明するのに「垂直統合型」あるいは「水平分業型」という概念はよく使われる。今期のデジタル関連企業の命運を分けた理由についても、経済紙はシャープなどに代表される「垂直統合型」のメリットを指摘していた。


この二つを縦軸に、「クローズド・モジュール・アーキテクチュア」と「オープン・モジュール・アーキテクチュア」という横軸を加えた四つの事象で業界構造と利益率の関係を語ることもできる。


一方でライブドアの日本放送株取得問題に関し、堀江社長の言


「ライブドアにとっても、既存メディアの知名度を利用して、集客力アップを望むことができる。両社の提携は、お互いシナジー効果を生み出すことができる」として、大げさかもしれないが命をかけて今回の話を進めている」



2005年2月8日火曜日

チャイコフスキーの幻の交響曲


本日の日経新聞朝刊に『チャイコフスキー 幻の交響曲110年ぶり完成へ』という記事が。

チャイコフスキーが未完のまま残した交響曲「人生」がチャイコフスキー財団などで補作され完成することになったとのこと。秋には西本智美氏 指揮、ロシア交響楽団で演奏が予定されているらしいです。


第3番と同様に、珍しく長調(変ホ長調 )で書かれているこの曲、第一楽章はオーケストラ全体の完成された譜面が、第二、第三楽章はスケッチしかないため、ロシアの作曲家や音楽研究家らが徹底的に研究し補完作業をしたのだそうです。


チャイコは嫌いではないですが、補完版てのはねエ、どうなんでしょう。一度は聴いてみたいと思いますが。これとは別物になったんでしょうか。



2005年2月7日月曜日

TOD'S表参道ビルの衝撃


青山にヘルツォーク&ド・ムーロン(H&deM)によるプラダ・ブティック青山ができたときも衝撃でしたが、今回の伊東豊雄氏の設計になるTOD'S表参道ビルもそれに続くものでしょうか。

建物の外観は表参道の欅を模したものです。雑誌で見たときには、欅の形にくりぬかれた壁が厚く「野暮ったい」感じだったのですが、実際に目にしてみますと、意外にすっきりと綺麗な建物でした。内部空間もそれなりに作られていますが、外観ほどでありません。PRADAは外観も内部もそして商品の価格も衝撃的でしたが・・・(笑)


青山や銀座は、高級ブランドショップのオープンが相次いでいます。東京の一部の地域に資金が集中し二極化の様相が強まっているのを感じることができます。PRADAの向かいでも新たなファッションビル(ヴェロックス)が建築中でした。ちなみに写真は「日経アーキテクチュア2005 1-24」のものです。

歌舞伎座:二月大歌舞伎


歌舞伎座で二月大歌舞伎のうちから、番町皿屋敷と義経腰越状を幕見席で見てきました。

三月は十八代目 中村勘三郎襲名披露ですから、春と三月の穴場にあって余り人気はないのかなと思っていたら、大甘で休日の歌舞伎座は着物を着飾った老若女々であふれかえっておりました。(ちなみに三月の歌舞伎は発売と同時に売り切れのようです)


<昼の部>


  • 番町皿屋敷 一幕ニ場

  • 義経腰越状 五斗三番叟 一幕

  • 隅田川

  • 神楽諷雲井曲毬


<夜の部>




番町皿屋敷は有名な「皿屋敷」伝説をベースに近代風に仕立て上げた岡本綺堂の代表的な新歌舞伎で、人気歌舞伎の一つのようです。お菊が家宝の皿を割ってしまい手打ちにされてしまうところは怪談と一緒なのですが、なぜにたかが皿一枚のために人の命が奪われなくてはならないのか、ということを岡本経堂は「男の純真な心を疑われた無念」に帰しています。


岡本は、お菊(時蔵)が心を寄せる青山播磨(梅玉)を男気のある純粋な人物として描いています。それ故にお菊が家宝の皿を、播磨の心を確かめるためにわざと割ったということに、播磨は憤慨し許すことができません。しかし、どうもこのストーリーには無理があり、お菊が不憫でなりません。


「俺が家宝の皿を割ったから手打ちにするような心の狭い男と思うな、最愛のお菊に疑われたことが悔しいのだ」といって、お菊を自ら斬捨て、井戸に遺骸を放り込み(!)、そして男やもめ、もはや喧嘩しか生きる道はない(!)として終わるのですが、なんぢゃこりゃ!?です。


ストーリーはイマイチですが、名台詞も多いらしくあちらこちらから掛け声が頻繁にかかります。青年播磨は梅玉の当たり役だけあって堂には入ていますし、お菊の時蔵もよかったです。でもねえ、私の隣は外国人でしたが、このストーリーをどう思ったことでしょう。



続く義経腰越状は文句なしに楽しめる歌舞伎です。舞台上手の幕だまりからツケの音が聞こえた瞬間に「歌舞伎はやっぱりこれぢゃなくちゃア!」と思ってしまいます。舞台床を踏み鳴らして泉三郎忠衡(左團次)が登場するなり、あちらこちらから「(タ)カシマヤッ!」の掛け声がかかります、これだよ、これ、ああ幸せ。


義経腰越状の見所は、なんといっても軍師として名高い五斗兵衛(吉右衛門)が、悪臣の錦戸太郎(歌六)と伊達次郎(歌昇)兄弟に酒を飲まされ、次第に酩酊してゆくさまと、その後の三番叟の舞です。


次第に酩酊するという芝居は、新春大歌舞伎の新皿屋舗月雨暈(魚屋宗五郎)と酷似していますね。宗五郎(幸四郎)の酩酊ぶりも笑えましたが、五斗兵衛(吉右衛門)の呑み助ぶりもなかなかのもの。あちらこちらから笑いが絶えません。三番叟は五斗兵衛の舞とともに五斗兵衛を追い立てる奴たちのアクロバティックな動きが楽しめます。


ストーリーは、たわいもないもので、いったい義経はどうなってしまったんだ?という思いで終わるのですが、これはこれ、支離滅裂ともいえる筋書きが何とも潔いものです。こういう歌舞伎ならば何度でも観たいなあという気になりますね。

[音楽メモ-CD-] クレンペラーのブラームスを聴く


クレンペラー指揮フィルハーモニア管のブラームス交響曲第2番(1956年)を聴いている。



軽く流して聴いただけだが、1楽章から尋常ならざる迫力。特に低音群の鳴り方がただものではない。底支えをするとともに動物的な猛りさえ感じる。テンポは慨してゆったりと、弦がうたうところは、抒情的気分を排してむしろ朴訥すぎる印象さえある。ベートーベンの「田園」を思わせる牧歌性もないわけではないが、全体的なオーケストレーションの男性的なうねりが心地よい。

2005年2月6日日曜日

ラトル/オルフ:「カルミナ・ブラーナ」




カール・オルフ:世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」


  • シルヴィア・グリーンバーグ(S) ジェイムズ・ボウマン(C-T) スティーヴン・ロバーツ(Br)
  • ベルリン国立大聖堂合唱団、ベルリン放送交響合唱団
  • リッカルド・シャイー指揮 ベルリン放送交響楽団
  • 1983年6日、Jesus Christus-Kirche,Berlin、LONDON名盤1200 POCL-9982




年末恒例のベルリン・フィル「ジルヴェスター・コンサート」での演奏で、NHKでご覧になった方も多いと思います。HMVで輸入版が1990円、国内版が2000円でしたから国内版を購入しました。この価格差はイロイロな意味で微妙です。


さて「カルミナ・ブラーナ」と言えば、冒頭の"O fORTUNA (おお、運命よ)" と、続く"Fortune plango vulnera (運命は傷つける)"ばかりが有名で、また土俗的なパワーがバリバリというイメージだったのですが、ラトルの版を聴いてみて、この曲を今まで真面目に聴いていなかったのだと思い知りました。




確かに強烈なリズム、シンプルな反復旋律、劇的コーダは聴きごたえがありますし、刻み付けるようなラテン語のリズムはニ三日は脳内でグルグルと永久運動を起こすかのような力を持っています。しかし、対訳とともに仔細に聴いてみますと、土俗的なパワーばかりではなく、非常に変化に富んだ構成であることに気付かされます。


テーマも「春に(自然と青春)」「居酒屋にて(苦情と日常生活)」「求愛(男女とエロス)」と三部構成、どれもこれも味わいがあります。第二部の"Olim lacus colueram (焙られた白鳥の歌)"のブラックさ、"Ego sum abbas (余は大僧正様)"のオカシ哀し大迫力な嘆きなど、凄い歌詞と音楽です。


しかし一番の聴きどころはワタシ的には第三部でしょうか。歌詞も結構どぎつく、児童合唱に歌わせる曲かよというような内容をシレっと歌わせています。圧巻は"In trutina (ゆれ動く、我が心)"のソプラノ独唱から"Dulcissime (私のいとしい人)"~ここだけでも5回以上は聴いたな~を経て"Venus generosa! (気高きヴィーナス)"と最高潮に達し"O Fortuna"となだれ込む場面でしょうか、ここでのティンパニの強烈にして硬質な響きは凄い。


ラトルの演奏がどうの、ということは上手く書けませんが、ベルリンの性能を最大限に発揮させながらも、単なる土俗的な演奏に陥ることなく、曲のもつ現代性や美しさを引き出しているように思えます。第一部"O Fortuna"での速度変化なども、楽譜に忠実な演奏ということらしいですが、かなり刺激的です。また、第1部の終わり"daz diu chuegin von Engellant lege an minen armen. He! (英国の女王を 私の腕に横たえるためなら)"の最後における打楽器の猛打も凄まじいの一言、ライブで聴いていたら"Hi!"で吹っ飛んでいるます。


曲のあちこちで活躍バリトン歌手クリスティアン・ゲルハーヘルはハリのある朗々とした、そして説得力のある歌声を聴かせてくれます。ソプラノのサリー・マシューは、声質としてはメゾ・ソプラノに近いのかな、最後のキレる寸前の高さで歌う"Ah! totam tibi subdo me! (私のすべてをあげましょう)"も悪くはないですが。


書き始めると、ツッコミところ満載の曲ですからキリがないので、このあたりで。