2005年8月30日火曜日

歌舞伎:伊勢音頭の御師とは


pontaさんから紹介されたChunich Web Pressの解説「<觀翁万華鏡 おもしろ歌舞伎ばなし>芝居の際物とはなんぞや?」は面白かった。

そもそも貢の職業である「御師」が理解できないでいたからでもあります。テキストによれば御師とは私設神主と旅行代理業を兼ねたような特殊な業態。旅行代理店と言えば聞こえはいいが、要は精進落しの後は遊郭にご案内する役であるらしく。ここからも遊郭が当時の大人の健全な娯楽施設であったことが伺えますね。昼は靖国参拝して夜は六本木のニュー・ハーフ・ショーに団体で行くようなものか?(>違うような・・・)


御師の有様についてpontaさんは、武士の押しだしだが武士ではない、ぶまさ、不甲斐なさ、屈折した自尊心とそれが反転する苛立ち書かれており、成る程なと。貢が次々と人を斬ってしまうことについては、


自身の刀がなんであるかを直感できないような、武士であって武士でない男の半端な存在感が、妖刀にとり憑かれる根拠となっていることがわかるのだ


と指摘されています。おそらくは刀を掴む右手は血糊で固まり、自分ではほどくことが出来ないほどに固く握り締められていただろう無意識の狂気。


写真はChunich Web Pressから無断借用ですが、六世尾上菊五郎の福岡貢、七世尾上梅幸の油屋お紺(昭和23年7月、東劇)のもの。青江下坂をダラリと下げて、全く心ここにあらぬ様子で恋相手のお紺を見下ろしている様は、この小さな写真からでも貢の狂気が伝わってくるようです。対するお紺は相手が何をしようとしているのか理解していないようで、その無防備さがまたリアルです。


仲居の万野がなぜ貢に良い感情を抱いていないかについても、再びChunich Web Pressの解説によれば、店の経営者にとってこそ、大事な御師様だが、一介の従業員には存在意義がわからないから、御師をいやがる。その代表が万野だというのです。

舞台でも万次郎を待って引付座敷(?)に居座り続ける貢に対し、万野は「一文にもならない客相手にしていても」みたいな憎まれ口をたたいています。そう考えると単純ではありますが、それにしても、お鹿への手紙の小細工や最後の殺人に至る台詞などを思い出すに単なる「金にならない客」というレベルを越えた複雑な感情を万野からは感じます。


とまあ、かように深読みしながら芝居を反芻するのも、また楽しであります。

歌舞伎座:蝶の道行、京人形


八月歌舞伎の第二部、「けいせい倭荘子 蝶の道行~長唄連中」と「京人形~常磐津連中、長唄連中」の感想も忘れないうちに書いておきましょう。


蝶の道行」は主君の身代わりになって死んだ小槙(孝太郎)と、その後を追った助国(染五郎)が死後の世界で蝶になって戯れるという舞踏。長唄は何を歌っているのか、予備知識なしではほとんど聞き取れないため「ああ綺麗な舞だなア」という感想以上のものを持つことができないのが残念。


二人のの馴れ初めを思い出しての舞や、蝶になっての夢幻的な舞の後、一転して地獄の責め苦となります。舞踏における「地獄の責め苦」は「鷺娘」でも見られましたが、江戸のサディスティックな愉しみのひとつなのでしょうか。残念ながら、踊りの展開が読めなこともあって儚さや美しさを感じる以外は余り楽しめませんでした。


また多くの方が書かれていますが、最初は蛍光塗料の大きな蝶が二匹ブワブワと舞台の闇を飛び、明かりが付くと一面の下品なほどに大きな花に埋もれている舞台は、それだけで何か時代をトリップしたシュールさ。「地獄の責め苦」の場面も、「めらめら」と萌える燃える炎のライティングが「グルグル」まわるまわる・・・、このような演出も少し興醒め、昭和37年の武智鉄二氏の演出が古臭いということなのでしょうか。


京人形」は反して素直に楽しめる、歌舞伎らしいおおらかさに満ちた舞台。人形師左甚五郎(橋之助)が郭で見初めた花魁そっくりな人形を彫り上げ、人形相手に酒を飲んでいたら人形(扇雀)が踊り始めるという他愛のないもの。こういう題材から、廓が江戸時代の男性達の憧れの場所であり、花魁が女性の理想像(高嶺の花)であったことが伺えます。


現代から考えると「奇異」にも「ヲタク」にも、あるいは「不気味」にさえ感じられる左甚五郎の行動(人形相手に酒を飲む)に対し、女房(高麗蔵)も左甚五郎に言われるまま仲居の真似をして酒をもってきたり、そういう左甚五郎の妄想を暖かく見守ってやったりと、男性のメルヘン全開の筋立て。


私は甚五郎が一人人形と悦に入っている間に、奥方は奥にひっこんで一体なにをしているのだろうと、実のところ舞台には全くカンケイないことが、ずーっと気になったりしていたものです。かくまっている井筒姫と「男って単純で莫迦よね」とお茶菓子つまみながら悪口言っているとか・・・もしかしたら竈の前で贔屓の歌舞伎俳優の錦絵を相手にメルヘンしているとか・・・


演目自体は橋之助の笑顔といい、扇雀の踊りのコミカルさといい、歌舞伎を堪能できるスカッとするラストといい、まったくモンクの付け所は御座いませんです。

2005年8月28日日曜日

「歌舞伎」が面白いということ


一閑堂のpontaさんから「歌舞伎役者が演じるから歌舞伎」にトラックバックを頂いたのは幸いでありました。非常に示唆に富んだサイトで、読みながらウンウンと頷いている自分がいたりします。


もっとも「歌舞伎とは何か」という問いに対して、pontaさんのような理路整然とした回答は出せないものの、歌舞伎の発生の経緯を考えても歌舞伎はエンターテイメントなのだから観客にウケるように変質してゆくのは当然という類の主張には素直に頷けないでいるからです(注:pontaさんの主張ではない)。


私が歌舞伎に感じていることは、pontaさんの文章をそのまま借るならば、



  • 歌舞伎は、江戸の美意識を知るよすが
  • 幾度の拡大再生産にも耐えうるパターン化演劇システムというのが、私がなんとかとらえた、歌舞伎産業の基本のキ


と指摘する点に極めて近いものです。歌舞伎には少なくとも「美」がなくてはならないことと「単純に繰り返されることに耐えうること」が必要であると感じています。「拡大」が必要かどうかは今の私には分かりません。


現代に生きる私たちが歌舞伎を観ますと、展開が遅いし肩の凝る事も確か。だから時に「笑い」も必要ですが、奇を衒った演出や「ギャグ」には賞味期限があります。私は「十二夜」も「法界坊」も見ていませんが、例えば「研辰」に使われていたホットなギャグの数々は再演されるとしたら全て書き換えが必要でしょう(実際、初演のものとは違ったものに書き換えているのでしょうが)。


時代を先取りすればするほど、次の瞬間にそれは古ぼけたものになる、現在の時間の進み方は極めて早い。「喜劇」ならば、その中で普遍たりえる「笑い」を抽出することこそ必要。うわべのバカ騒ぎはアペリテフかトッピングでしかないと思いますし。もっとも、野田氏の演出は単なるバカ騒ぎだけで終始しておらず、現代的な悲喜劇を作品に盛り込むことに成功していることは以前書きました。その意味からは野田劇としては秀逸な出来であると思います。


自分にとって「面白い」とは何かを見極めることも、私が歌舞伎を観ている理由の一つであります。歌舞伎を観ていると、役者の仕草態度の一つが何て「イキ」なんだろうとか、女形の所作の中に限りない艶やかさを感じたりします。それは「型」として踏襲されてきた、かつての「日本」の時代精神の片鱗なのでしょうが、わたしはそこに限りない愛情を感じたりもしていますし、それを発見するのが大きな楽しみの一つでもあるのです。

歌舞伎座:伊勢音頭恋寝刃





八月納涼歌舞伎の第二部
を観てきました。演目は「伊勢音頭恋寝刃」より油屋と奥庭、「蝶の道行」、「京人形」の三作です。中村勘三郎襲名披露以来の歌舞伎で久しぶりの観劇です。


今月の歌舞伎界の話題といえば、夜の部に演じられる串田和美演出の「法界坊」であることは間違いないでしょう。しかし勘三郎襲名の最後の演目は「野田版 研辰の討たれ」でしたから、いま一度しっかりとした古典歌舞伎を観たいという気持ちもありました。また渡辺保さんの歌舞伎評でも「伊勢音頭」をして今月一番の期待作と書かれていましたし、戸板康ニ氏に関するサイトでもある「日用帳」でもなんといっても三津五郎の『伊勢音頭』がたのしみでたのしみでしかたがない、三津五郎の『伊勢音頭』と聞くと当然たのしみにしてしかるべきの『法界坊』なぞすっかりかすんでしまったというエントリを読み、もう「伊勢音頭」しか眼中になくなりました。それで観終わった後の感想はといえば「歌舞伎ってやっぱり面白いなあ」という深い満足感でありました。


簡単に感想を書き留めますと、まず何と言っても渡辺さんも指摘されるように三津五郎の貢役がよかった。台詞の聞き取りやすさ、見栄の決まり方、イキの良さ、場の雰囲気の変え方、まさに歌
舞伎の型がそこにあり、そして歌舞伎を観る楽しみを充分に味わわせてくれる役周り。いったいいくつの見栄を切ったことでしょう、そのいちいちが小気味良く、胸の奥でストンと落ちるべきところに何かが落ちる感じ、これが歌舞伎の醍醐味か。


この貢にからむのが勘三郎の万野。勘三郎が舞台に出るだけで客席から笑いが漏れるのはいかがなものかと思うものの(万野が死ぬところまで笑いが漏れるんだからヤレヤレです)それが人気役者たる由縁か、それでも性根の悪い万野役をきっちり演じ切っていました。ここが生ぬるいと貢の中で鬱屈した感情が育たない、また陰湿に過ぎると舞台が暗く重くなる。勘三郎の笑いと真剣な部分のバランスは絶妙。


この「伊勢音頭」という物語、遊女お紺(福助)の愛想尽かし、妖刀「青江下坂」の魔力につられての郭での連続殺人と来れば思い出すのは4月の襲名披露の演目「籠釣瓶花街酔醒」です。あちらはどうしようもない悲劇性を帯びていたものの、こちらはラストのあり方を含めてもう少し軽い、というか、先にも触れた勘三郎の役柄が上手い具合に喜劇的性格を付与し、最後はムチャクチャな筋立てであるのに不思議とやりきれなさや救いのなさが少ない。


いや、軽いのはもしかすると三津五郎演ずる貢の性格にもあるのかもしれません。歌舞伎とは、また当時の感覚は「こんなもの」という肯定的な面が強く、逆にそれ故にといいましょうか、籠釣瓶に通じるような現代性は少ないように感じました。

舞台が廻って踊り子の華やかな音頭の後、血まみれの人物が現れての殺しの場面も残酷なシーンを楽しむというエンタテイメント性を演出に感じ(ちょっと長すぎるが)、18世紀末の江戸の文化的爛熟さを垣間見る思い。


醜女という設定のお鹿(弥十郎)がちょっとかわいそうな役回りですが、これというのも全ては万野の悪企みのせい。ではいったいに万野は何故にここまで貢を陥れようとしているのか、という謎が残ります。観ていると貢の怒りを買うような行動ばかりしている。徳島岩次とつるんで貢から銘刀を奪い取ろうと企んでいるだけにしては、ちょっとやりすぎな行動。「嫌い嫌いも好きのうち」なんて可愛い感情でもない。


こういった行動に対して一閑堂のpontaさんは玉三郎万野の平安というエントリで、


彼女の男への執着は闇のように深く、濃いのだ。あたかも煮詰まった毒酒のように…。
そんな彼女はようやく獲物をみつける。

(中略)
今日の破滅、貢に仕掛けた破滅だけは不可逆なものであって欲しいと万野は思っていたのではないか?



と1999年6月に歌舞伎座で演じられた仁左衛門の福岡貢、玉三郎の万野の「伊勢音頭」を引き合いにして書かれています。この捩れて深い業のような人間性。そのようなものまでは勘三郎の万野からは感じることはできませんでしたが、先の疑問に対する一つの回答であるのかも知れません。


愛想尽かしをするお紺についても最後にふれなくてはならないか。何故愛想尽かしをするのか、そのわけが観ていて分からなくてはならない、お紺は貢の方を見もせずに、寝入っている岩次(>たっだよな?)の懐近くに手をかざし、ひたすらに憎まれ口をきいている。ああそうか、そうかと分かる演技、女心は怖くていじらしくてフクザツだなあと。


お紺、万野、お鹿という三者三様の女模様の複雑さや深さ。これに比べたら男はなんと単純なことよのう。劇を支配する支離滅裂さと脳天気な結末は、勘三郎の「軽さ」ではなく、貢の持つ「男」というものの、どうしようもない単純さと軽さに起因しているのかもしれない。


ちなみに「伊勢音頭」は寛政8年(1796年)に近松徳三の書いた歌舞伎で、同時期に伊勢古市の油屋で起きた事件を題材にしています。一方の「籠釣瓶」は三世河竹新七により明治21年に初演、享保年間の百姓次郎左衛門の吉原百人斬が題材になっております。どちらも「妖刀」の魔力による殺人とされていますが・・・刃物は人を魅了する力を持っているのですなア、おそろしや、おそろしや・・・浴衣といい、ウチワといい、スプラッタといい、まさに納涼歌舞伎でございました。

2005年8月24日水曜日

ネットラジオのホリエモン


「週刊!木村剛」でも紹介されていますが、ゴールデンウィーク中にオンエアされた私(木村剛)とホリエモンのラジオ対談がポッドキャストとして提供されています。あれだけ政治に興味がないようなことを放言していながら広島6区から立候補するというのはムジュンではないかと普通の感覚の人間なら思います。しかし、おそらく彼は「普通の」人間ではないので彼なりの損得勘定をしたのでしょう、そこには個人的な興味はありません。


それでも彼がネットラジオで語っていた内容は(都市若年層住民をターゲットとしたものであったとしても)、明確なメッセージを持ってはいます。曰く、


  • 人には二種類いる、起業する人と起業する人についていく人
  • 政治家は良く知らない、政治は分からないところで決まる=だから向いていない
  • 面倒なことは考えるのが得意でない、政治は面倒、シンプルな簡単なことをしていたい=だから自分は政治家にはならない
  • 規制がなければ選挙の中でブログをやりたい(ここらは木村氏が振るための発言)、規制しているのは、そうすると若年層の投票率が上がるから
  • 携帯とかPCとか使えば投票率が上がるのに、それをしないのは投票率を上げたくない政治家が居るから
  • 投票率を上げるのは簡単、それには携帯を使えばいい(これはトートロジーか?)
  • 政治に出るなら政党は関係ない(ここらは木村氏が振るための発言)、首相にならなくては意味がない=テクニカル論で言えば、自民党で攻めるなら40億あれば党員選挙で勝てる
  • 日本の政治は外資系企業を止めた金持ちがやればいい、彼らは日本のことばかり考え日本のことを良く知っている
  • ビジネスは世界をまたにかけている(ので政治とベクトルが違う)
  • 政治家になったら外国人(何千万人単位で)を増やして少子高齢化を止めて再び日本を発展させる
  • 日本に外国人が来たい内に日本に来られるようにする
  • 外国人は出生率が高いし介護やベビーシッターに従事する人も増えれば、結果的に(日本人の)生産性も上がる


話が直接的で単純な点が受ける理由でしょうか。論理的な裏付けや深みには追求すべき点もあると思いますが、なんたって「ブログのラジオ版」での発言ですから良しとしましょう。


今回の選挙は「都市住民」(改革派)と「農村型住民」(守旧派)の闘いであると論ずる人も居ますが、
都市住民の最先端のホリエモンが広島6区で出馬したことはビミョーです。それらをさておいても、政治家をとりあえず目指し始めた彼は、結局何を成しえないこととするのでしょう。


社長業もタレント業も国会議員も、8時間睡眠してなお三股かけられるほどに余裕のある職業であることは、よく分かりました・・・ というか、この選挙はどういう意味を持つことになるのでしょう・・・時代の変わり目にさしかかってきているような気持ちだけはありますが、その先が多くの人にとって薔薇色かといえば、そうは感じませんが。

2005年8月23日火曜日

靖国問題って話題なんですか・・・?


高橋哲哉氏の「靖国問題」について言及したエントリに幾つかのTBをいただいています。こんなミーハーでノンポリ(>死語)なサイトにまでTBがかかるくらいですから、巷のネット界ではイロイロな意見がかわされていることと推察いたします。


高橋氏の論点の甘さは他人に指摘されるまでもなく明白ですし、武力なき国家とか外交など稚戯に等しいとする意見も多いと思います。それはそれで正しいし、いまの近代国家を前提とする限り武力放棄など(大国の傘下にあることも含め) 幻想に過ぎぬことも自明なことなのかも知れません。


しかし、その自明な論点から先のビジョンはどうなんでしょう。現実路線を取るのか、あるいは別なパラダイムを提唱するのか。別なパラダイムを提唱するには米国との関係を根本から問い直すことを意味します。それは武力を放棄するサイドにとっても、武力を持って自立するサイドにとっても、あるいは米国依存ではなく例えばアジア協調を提唱するサイドにとっても、今までなかった決意と決断に迫られることになります。


最近読んだ「ナショナリズム―名著でたどる日本思想入門」(浅羽通明:筑摩書房 4480061738)によると、どちらもナショナリズムの発露ではあるわけでが、ここらあたりは政治家が真剣に考えて欲しいところです。

2005年8月12日金曜日

国家が戦う国家であってはならない根拠は何か?

「松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOG」の高橋哲哉『靖国問題』を批判する(上)にある一文であります。「国家が戦う国家であってはならない根拠は何か?」 この問いは難しい。




近代国家が武力を背景としての国防と領土拡大(天然資源と労働力確保)を前提として成立していたものとするなら、国家間の利害を解決するため場合によっては「戦える国家」であらねばならなかった。いやこれは「近代国家」に限定せず、有史以来の「国家的」なものが有した属性であったのかもしれません。過去の歴史は戦争の歴史であり、人類が戦争をしていない時期などないかもしれないのですから。


「戦う」前提には共同体=国家に対する帰属意識と愛着(ナショナリズム)があり、それは国家が個人に対して、例えば人権保障や選挙権や庇護という、国家と個人の間での権利と義務があったはずです。


そのような国家においては「戦える国家」であることは議論の余地がないのですが、日本は戦後の米国との関係を含め捩れた関係と観念に支配された時期が長く、ここを本気で議論したことがなかったのではないかと思っています。逆に言えばナショナリズムが育たぬ故に、国家意識の希薄化と「靖国問題」が問題化する土壌が出来てしまったのかと。


好悪や感情論に帰結させるならば、国家が戦う国家であってはならない理由は、国際法的に紛争解決に戦争が禁止されておらず、どんなに戦争の大義をうたおうと、戦闘行為は破壊と殺人を伴うからという点に尽きます。相手を抹殺しなくてはならないほどの絶対悪である規定することなど倫理的にできるのでしょうか。だからといって「非武装中立」が現実的でないことは承知しますが。


で、新たな疑問が更に沸きます。では「国家」とは何なのか。真面目に考えたことないですからね学生時代も。

2005年8月11日木曜日

靖国問題は「問題」ではない


松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOGから靖国問題に対するTBをいただきました。考えがまとまっているわけではありませんが、ここにメモしてきます。松尾氏は高橋氏に対立するスタンスです。




ブログにおいて松尾氏は、長谷川三千子さん(女性の保守系言論人)の批判について長谷川さんの「靖国問題は問題ではない」の一文に私は激しく同意するとして、


国家が兵士たちを「戦争に動員して死に追いやった」などという言ひ方ほど、「人間不在」の言ひ方はありますまい」 「なによりも決定的なのは、国や人は時として、戦はざるを得ないことがある、といふ洞察が完全に欠落してゐる、といふことです」(同書・124頁)


「さしあたつて、近代民主主義といふものを基盤に話をしてゐるかぎり、国家が戦争や武力行使を想定しなかつたら、などといふ空想にふけるのは止めにした方がよい。(中略)この本の価値は、ほかでもなく「靖国問題」は問題ではないと気付かせてくれるところにこそあるのです」(同書・129頁)



と長谷川さんの一文を引用されています。「靖国問題」の孕む問題が国家のありようを規定するところにまで膨らんでいることには同意します。近代民主主義を基盤にする以上は「軍隊を有しない国家」など考えようもないことも理解します、従って「靖国的なるもの」は不可欠なものであることも仕方ないことであると思います。


長谷川さんは「戦はざるを得ないことがある」と指摘しますが、本当に戦う必要があったのか。というよりも、日本は正しい判断のもとに戦争を継続し続けようとしていたかという点に私の疑義があります。大東亜戦争と日露戦争の日本のありようは例えば司馬遼太郎の名著「坂の上の雲」を思い出すまでもなく非常に違っていたようです。


ヒストリーチャンネルで放映(8月6日)された日本映画社「海軍戦記/陸軍特別攻撃隊」は涙なくして観ることができませんでした。特攻隊ですから生きて帰らぬことを前提とし「再び会うのは靖国の杜で」と誓いながら無謀な戦いに挑んでいった若者を描いています。彼らは心底から「戦はざるを得ない」と感じて命をかけたのでしょうが、その国家判断は間違っていなかったのか。政府は戦争の引き際をどう考えていたのか、大東亜戦争においては児玉源太郎は存在できなかったのか。


日本の敗戦後の戦争責任については歴史を紐解けばすでに決着済みでありますが、なぜこんなにも尾を引くかと言えば、日本国内での総括と歴史観が形成ができていないからでありましょう。現状においては高橋氏の結論の「非武装国家」は確かに妄想でしかないと思いますが、そうであったとしても愚かな指導者の間違った政策の下に死にたくはありません(>と最後は好悪などの感情論に落とすか?)。世論や政治家や評論家の言説にはまだまだ注意が怠れません。

2005年8月10日水曜日

i-Tunes Music Store 日本版


iTunes Music Store」日本語版がやっと立ち上がりi-Podのシェアはいよいよ伸びるだろうと予測されます。日本でも音楽配信サイトはいくつかありますが、どれもがデザイン、内容とも満足のできるものではありませんでした。特にSONYの開発した圧縮技術ATRAC3がi-Podで再生できないという点に、Apple社に先を越されたSONYを始めとする日本陣営の焦りと苛立ちを感じたものです。


i-Podは登場そのものが話題であり、機能以上に所有欲を刺激するという点で極めて秀逸な製品であり、人を惹き付ける魅力に富んでいる点においては幾多のオーディオ製品やデジタル機器の中でも群を抜いていることは今更協調するまでもないでしょう。


iTMS-Jの登場に関して、クラシック音楽関連ブログでの興味深い話題を以下に拾っておきます。




「おかか1968」ダイアリー

iTunes Music Store 日本でも開始


結局iPodがあってもiTMSが不在だった2年あまりの期間は何だったんでしょうか。この時期には「音質的にも劣る」と噂されたCCCDのリリースが相次いだこともあり、音楽ファンのレコード業界に対する「疑念」が深まっただけだったような気がします。


「おかか」でも指摘されていますが、エイベックスを始めとするCCCDや輸入CDに対する迷走は、日本の一面を象徴するできごとでした。全ては消費者の利益ではなく生産者の利益保護、これが日本のありようですが、音楽に限らず生産者は別の分野では消費者でもありますから事は単純ではないわけです。


鎌倉・スイス日記

iTunes DL始まる!


私はこの日を待ち望んできた。音楽ソフトがパッケージとして売られること自体にすでに疑問を感じていたというべきだろうか。その為に、優れた音楽文化が廃盤になり、手に入らなくなってしまうことも多かった。しかし、そうした不安はもうなくなる。安いに越したことはない。しかし、ダンピングするのは止めて欲しいものだ。音楽は文化だ。ダンピングして価値を自ら捨ててしまうようなことはもうしないで欲しい。


Schweizer_MusikさんはCDを数千枚所有している音楽関係者でありながらずてにCDの役目は終わったと言って良いと言い切ってしまうことの潔さ。自らの足を食らうような行為は慎むべきでしょうが、「安さ」は消費者にとってはうれしいのも事実。しかしその行為が結果として「文化」を破壊していたか。「売れる」という尺度だけから考えない地平はあるのでしょうか。


即席浮月旅團

私的録音録画補償金問題は「著作権者 vs メーカ」ではないのである (その1)


この話はどこでも大筋「ipod などデジタル・ポータブルプレーヤも私的録音補償金制度の対象機器に含めるべきかどうか」で著作権者とメーカが対立していると見るが、両者が各々の欲得のために利害対立しているような問題意識の立て方自体が間違いなのだ。補償金制度という著作権料徴収手段が、方法論として果たして真に妥当か否かという、その見解の相違が基本スタンスなのである。


「私的録音録画補償金」 こんなものがあること自体、初めて知りました。どこまで世の中ウマクできているのでしょう。全然ハナシは変わりますが、日本の政治とヤクザと右翼が繋がっていることは周知でしょうが、アメリカの要人でさえ「日本の闇は深すぎる」と嘆いたそうな(出典失念)。まったく、小泉郵政解散はどの方向へ?

2005年8月5日金曜日

工藤重典/武満徹:海へⅢ

いやあ本当に暑いですね、21時に外に出ても電光掲示板は33度とか示しています。こちらに来てそれなりの暑さにも驚かなくなりましたし身体も慣れましたが、それでも夜に30度を越えるのはつらい。

思わずプールにでも飛び込んでしまいたくなりますが、そうも出来ないので工藤重典さんの武満徹を取り出して聴いています。


工藤重典/「巡り」~武満徹没後5年特別企画
①そして、それが風であることを知った ②巡り ③マスク ④海へⅢ ⑤エア
工藤重典(fl) 岩佐和弘(fl) 川本嘉子(va)、篠崎史子(hp) 
2000年11月8~10日 那須野が原ハーモニーホール(栃木県) 
SONY SRCR2585

で、またしても「海へⅢ」なんですね。新ネタはないのかと思うでしょうが、まあご容赦を。

高木さん、ガロア、そして工藤さんと聴き比べてみますと、2001年に書いたレビュの通り工藤さんの音色は暖かです。尺八のような音色さえ出していたガロアとも違い、身体を包むような生暖かさを伴っていてます、自己主張するような演奏スタイルではありません、流れるか浸るかのような心地よさ。それゆえガンガンに効いた空調とは違った自然な心地よさと涼しさを感じます。反面、曲の優雅さが前面に出ていていますからスリリングさは薄い、武満的難解さも隠蔽されている。

考えてみるとガロアの三つの演奏は、よく練られた演奏なのだなと思います(それぞれ印象が違いましたし)。また高木さんのアプローチも捨てがたいなと。

2005年8月1日月曜日

高橋 哲哉氏:「靖国問題」


サンデープロジェクトの「靖国問題」を見た余勢で、最近本屋に山積みされている高橋哲哉氏の「靖国問題」(ちくま書房)を購入して読んでみました。
非常に丁寧に「靖国問題」が何であるかについて、

 第一章 感情の問題~追悼と顕彰のあいだ

 第ニ章 歴史認識の問題~戦争責任論の向こうへ

 第三章 宗教の問題~神社非宗教の陥穽

 第四章 文化の問題~死者と生者のポリティクス

と大きく四つの面から論理的に説明しています。最終章は

 第五章 国立追悼施設の問題~問われるべきは何か

として筆者の見解をまとめています。



「靖国問題」を問うことは、A級戦犯の合祀のみならず「東京裁判史観」を問うものであることは、私も何度も書いてきましたし、問題がそこにあるからこそ政治的問題に発展する要素を孕んでいるわけです。高橋氏の態度は明白です。

東京裁判を「勝者の裁き」として拒否し、「A級戦犯」断罪を容認できないと主張するなら、戦後日本を国際的に承認させた条件そのものをひっくり返すことになってしまう。(P.69)


歴史はひとつではありませんし、国によって同じ事象が全く正反対の歴史として記述されるのも珍しくありません。また時の為政者により「造られる」のも歴史です。安倍氏のように判断を未来に委ねることも一つの手でしょうが、それではあまりにも日本的な曖昧さに満ちすぎております。政治家としての責任についても疑問を呈してしまいます。

高橋氏の態度は上記のようなものですから、現在の靖国神社のありようには否定的な見解を示すこととなります。靖国の本質については以下のように喝破します。

靖国の論理が近代日本の天皇性国家に特殊な要素-とりわけ国家神道的要素-を有している反面、そうした特殊日本的な要素をすべて削ぎ落としてしまえば、そこに残るのは、軍隊を保有し、ありうべき戦争につねに準備を備えているすべての国家に共通の論理にほかならない(P.197)

とし、

国家が「国のため」に死んだ戦死者を「追悼」しようとするとき、その国家が軍事力をもち、戦争や武力行使の可能性を予想する国家であるかぎり、そこにはつねに「尊い犠牲」、「感謝と敬意」のレトリックが作動し、「追悼」は「顕彰」になっていかざるをえない(p.205 太字本文ママ)


と説きます。従って彼の結論は、

非戦の意思と戦争責任を明示した国立追悼施設が、真に戦争との回路を経つことができるためには、日本の場合、国家が戦争責任をきちんと果たし、憲法九条を現実化して、実質的には軍事力を廃棄する必要がある(P.220)


となります。靖国問題が過去の戦争責任と将来の国防のありようにまで結びつく故に「靖国問題」は政治的であり、また日本政府が戦争責任を明確化していない点でアジア諸国からは「外交カード」として使われ、多くのアジアの人の感情を逆なでしています。一方で日本の戦死者たちをもある意味でないがしろにしているわけです。

「将来の国防のありよう」についても議論百出でしょうし、いまだ「日米安保」さえ明確にできない日本において「靖国問題」が決着することなどありえないと本を読んで感じるのでした。これで「靖国問題」の全てが語られているとは思えませんが、わかり易い点であることとタイムリーである点から「売れる」本かもしれません。