2005年12月24日土曜日

タワー崩壊?


タワーレコードのサイト(@TOWER.JP)がメンテナンス中とかで、随分長い間サービスを休止しています。おかげで注文していた幾つかのCDが届かないまま年末に突入してしまいました。


逆に9月23日にHMV注文したルミニッツァ・ペトレのバッハ無伴奏ソナタ&パルティータがやっと届きました。3度くらい発売延期になっていたもので、予告によると今度の発売日は12月27日となっていましたから、それよりは一足早く届いたというところでしょうか。クリスマスに届いたというのも、何だか気分の良いもの。と言うことで聴くより先にiPodに入れてしまいました(笑)

iPod+amp;AKG K26P

iPod付属のイヤホンがイカれてしまいました。中のスピーカーがイヤホン筐体の中でズレてしまったのか、歩きながら聴くと「カタカタ」と異音がしたり、時々音が途切れる。修理(あるいは交換)にとも思ったのですが、この際と思い銀座のApple Storeで幾つかのヘッドフォンを視聴してみました。

B&O A8やSennheiserのPMX200などいくつか店頭にあるものを試したのですが、結局syuzoさんもお使いのAKG K26Pを購入してしまいました。価格と音のバランスが一番よかった(>つーか、一番安い方だった)というのが選択した理由。PMX200は、かけ心地は一番良かったのですが作りが安っぽく、すぐに壊れそうでしたし、A8はK26Pなどと比較してしまうとデザインや価格の割りに音質が軽い。

ノイズリダクション機能付きとか、より高音質なヘッドフォンもありますが、所詮iPodに転送した音楽データなのですから音質は「そこそこ」でいいんです。K26Pは折りたたんで付属の袋にしまえる携帯性の点からもiPodには良いかなと。店頭では自分のiPodを出し、内田さんのモーツアルトのPコンやC.クライバーやチェリのブラームス、バレンボイムのワーグナーなどを視聴して決めました。

syuzoさんのエントリを参考に、いくつか購入に至ったにも関わらずアフェリエイトには貢献しておりませんm(_ _)m

チャイコフスキー:交響曲第5番/ムラヴィンスキー&レニングラード






ムラヴィンスキー チャイコフスキー交響曲第5番


  1. Andante-Allegro con anima 13:44
  2. Andante cantabile,con alcuna licenza 11:51
  3. Valse.Allegro moderato 5:34
  4. Finale.Andante maestoso-Allegro vivce 11:39


  • ムラヴィンスキー(指揮) レニングラードpo.
  • 1977年10月19日 NHKホール LIVE
  • ATL052



許光俊が「オレのクラシック」で絶賛しているものだからつい購入。彼はこのチャイコフスキー以上の音質の録音は、ムラヴィンスキーには存在しない(同 P.123)と書いていまが、これに対しHMVのユーザーレビューでは多くの反発が書かれています。確かに音は「遠い」と感じますし「テープヒスノイズ」も気になるのですが、このチャイコフスキーのしなやかな炸裂はどうでしょう。聴き進むに連れ、そんなことはどうでも良くなります。



��G版など他とは比較して聴いていないので分かりませんが、随所に凄まじさを秘めた演奏であると思います。静かな部分からfffにいたる音楽の流れなど黒ヒョウが華麗なジャンプをみせたかのような鮮やかさです。解説は平林直哉さんほかが書かれていますが、おそらく実演で接していたら、このCD以上の感興であったのでしょう。今時CD1枚にチャイ5しか入っていない盤ですが、チャイ5好きには価値があるかと。


それにしても強奏部の表現は許氏も指摘するように、どこか違うような気がします。炸裂するような音響でありながら「暴力的」であったり「粗雑」ではない、オーケストラ全体がシャキッっと立ち上がるとでも言うのか。第2楽章の冒頭の入り方の丁寧さも、これ以上ないというくらいに素晴らしい。しかし続くホルンの音が少しくぐもって聴こえたり途中音がちょっと危うくなったりするのは残念なところ。同楽章の中間部の強奏部も凄い、思わずビックリ、背筋が伸びる。ここらあたりの表現の鮮やかさと鋭さが、ムラヴィンスキーの音楽を「冷たい」と感じる人がいる所以なのかもしれません。一切の妥協がありませんから。


圧巻はやはり終楽章にありました。圧倒的かつ怒涛の推進力でありながら、微塵も美しさを失わない。良く整備されたスケートリンクの上を一気に滑り、エッジを利かせて華麗にジャンプするかのような絶妙のスピード感と運動性能、削られた氷の破片が頬をピシリと打つかのような爆発。オーケストラは金管も木管も打楽器も弦楽器も、全てが一体となってフィナーレを演じている。


心底、久々に聴くチャイ5はええなあ~(;_;)

参考

チャイコフスキーの交響曲を聴く

2005年12月23日金曜日

ブラームス:交響曲第3番/テンシュテット&LPO






テンシュテット

ベートーベン交響曲第7番、ブラームス交響曲第3番


  1. ベートーベン:交響曲第7番
  2. ブラームス:交響曲第3番


  • テンシュテット(指揮) ロンドンpo.
  • Royal Festival Hall,London,22 November 1989(Beethoben)、Royal Festival Hall,London,7 April 1983(Brahms)
  • BBSL 4167-2



ベートーベンの7番が余りにも素晴らしい演奏でしたが、このブラームスもなかなか聴き逃せません。独特の温かみと優しさに満ちた演奏です。爆演とかいう種類のものではないのですが、フツフツと内側からこみ上げる重厚さと説得力に満ちていて音楽を聴く喜びを満喫できます。


たとえば2楽章の中間部などを聴いていると「ああブラームスっていいなあ、ベートーベンみたいに頑張んなくたっていいや」という愉悦に浸ることができますし第3楽章の寂寥感を伴った美しさは特筆モノで、いつまでも聴いていたくなります。


テンポは比較的「ゆっくり」しているように感じます。他の演奏と比べて聴いたわけではありませんので、実際はどうなのか分かりません。そう感じるのは曲全体を支配する大きな波のようなものを感じさせてくれる演奏だからでしょうか。コケ脅しのようなところは微塵もなく細部も丁寧です。終楽章も適度に抑制された表現の中にゆるぎない意志を感じます。ここでも大波のようなうねりを感じることができ、その揺れに身をまかせているうちに曲は静かに幕を閉じます。ああ、満足。




2005年12月22日木曜日

ベートーベン:交響曲第7番/テンシュテット&LPO






テンシュテット

ベートーベン交響曲第7番、ブラームス交響曲第3番


  1. ベートーベン:交響曲第7番
  2. ブラームス:交響曲第3番


  • テンシュテット(指揮) ロンドンpo.
  • Royal Festival Hall,London,22 November 1989(Beethoben)、Royal Festival Hall,London,7 April 1983(Brahms)
  • BBSL 4167-2


来年がモーツアルト・イヤーだからというわけではありませんが、iPodに入れたモーツアルトばかり聴いていたときに、Syuzo's Columnでこの盤の紹介を目にしました。その中での文章に、


ベートーヴェンを箱庭のような所に押し込めて、「ベートーヴェンって、そんなに凄くないじゃん。モーツァルトみたい」とロココ風の衣装を着せて軟弱に喜んでいる演奏ではない。これは不屈の精神と巨大な愉悦という、ベートーヴェンの凄みをしっかりと知らしめてくれる演奏である。


ということが書かれています。この文章は演奏スタイルというだけではなく、モーツアルトの音楽とベートーベンの音楽の決定的な差異について端的に語っています。ベートーベンをどのように解釈して演奏しようと、それは間違いではないのでしょうが、ベートーベンが表現した音楽は、モーツアルトという天才がどんなに技巧を凝らしても決して表現できなかった(しなかった)世界を提示していることだけは確かなでしょう。


音楽が『意志』を持ち始めた、と言ったのは思想史家の丸山眞男です。


音楽という芸術の中に『意志の力』を持ち込んだのはベートーベンです。『理想』と言ってもいい。人間全体、つまり人類の目標、理想を頭に描いて、<響き>=<音響感覚>でそれを追求し、表現する。凄まじい情熱ですね。これを『ロマンティック』と言わずして、他になにがありますか。(「丸山眞男 音楽の対話」中野雄著 P.75-76)


以前に触れましたが慶応大学教授でもある許光俊氏は「オレのクラシック」の中で、そういう近代の生み出したクラシックは、突然、古くなってしまった(P.49)と指摘します。

しかし、こういう力強い圧倒的なベートーベン演奏を聴くにつけ、改めて音楽の持つ力と今の時代にベートーベンを聴く意味について考えざるを得ません。この演奏はもはや、弦がどうだとか、ティンパニのロールが凄いとか、そういう感想を超えています。第三楽章あたりから、もはや涙が止まりません・・・感想はsyuzoさんや以下を参照してください(;_;)


HMVサイト