2009年9月3日木曜日

丸の内パークビルと三菱一号館


丸の内に新しい施設、丸の内パークビルとそれに付属する施設、三菱1号館が完成しました。三菱地所が手がける丸の内再開発の目玉となる施設。三菱1号館は明治27年に丸の内における最初のオフィスビルとして建築された建物で、英国の建築家ジョサイア・コンドルが設計しました。煉瓦造り英国ビクトリア様式の優雅なスタイルでありましたが昭和43年の高度成長期に解体されてしまいました。2006年、古河ビル、三菱商事ビル、丸ノ内八重洲ビルを含む施設の再開発に当たり、三菱地所が威信をかけて当時の技術を用いた完全復元をしました。

丸の内パークビルのグランドオープンと同時に開館記念として『一丁倫敦と丸の内スタイル展』が開催されていますので、さっそく観て来ました。

多くのお客さんは、パークビルに入るテナント(ブランド)店に興味があるご様子で、幾つかの店には行列ができています。私はそれを横目に窓口で500円の入場料を払って1号館見学です。三菱地所の丸の内開発の歩みや、当時の日本の風俗資料などが展示されており、それなりに楽しめます。しかし圧巻は、本建物を復元させた、そのメイキングドラマにあります。

日本というのは、戦前戦後の名建築と呼ばれたものを、老朽化、陳腐化、土地の有効利用、耐震性向上など、さまざまな理由を付けて壊し、新しい(更に陳腐な)建築を作り続けてきました。最近では東京郵中央便局がマスコミの話題となりました。歌舞伎ファンの間では東銀座の歌舞伎座建替計画も物議をかもしています。東京駅丸の内駅舎は創建当初の姿への復原工事が進行中です。三菱1号館はJ・コンドルの日本での代表作ともなる建物。明治初期の丸の内に赤レンガの英国風町並みが出現し、馬場先通りは「一丁倫敦」と称されました。

建設当時の図面や解体当時の写真などを参考に、三菱地所や学者、設計者、施工者など多くの方々が関わり、多大な情熱と労力をかけて復元したのが本建物です。できるだけ忠実に当時の技術を再現というコンセプトで、外壁のレンガも、手すりや避雷針の鋳鉄も、そして銅製の雨樋も、ドーマ飾りも、現代の職工の技術の粋を集めて作り上げています。メイキングのビデオも流されていましたけど、それはそれは、気の遠くなるような熱意と執念です。鉄製避雷針は鍛造で、鉄製連続手すりは鋳造で再現されています。ドーマ飾は生の銅板金を叩き出し、経年変化で緑青が自然な色合いに変化することを期待するという拘り方。

明治の技術復元は当時の耐震技術にまで及んでいます。煉瓦の間に「帯鉄」と呼ばれる補強鉄板を挟み込んだ構造は、現在でも耐震効果が期待できるのですとか。煉瓦の製作は中国。当時の煉瓦の肌合いを再現するため、ほとんど手作業に近い工程で230万個もの煉瓦を製作しています。下のパンフレットの右写真が煉瓦工場で型に土を詰めている作業風景。本展を観に来ていた若い女性が「肌合いを再現するためですって!?」と、ほとんど煉瓦フェチとも言える様な執着に驚きを通り越した気持ち悪さを表明していたのは印象的でした(笑)。一個3kgの煉瓦を日本中から集めた煉瓦職人がひとつづつ積み上げた。屋根は本来は宮城県雄勝産のものであったのですが、量を確保できないためこちらはスペイン産の天然スレート。内部も、当時の空間を再現しており、木製の扉のや窓の金物ひとつとっても、いったい幾らかけたんだろうと余計なことを考えてしまいます。

展示室の最後には、本建物の復元に関わった職人の写真が、ドドーンと並べられており、これまた圧巻。いくらお金持ちやアタマのいい人たちの熱意と執念があっても、しょせん建築は泥臭い「ものづくり」の過程を避けることはできません。彼らが居てこその建物であることは確かに覚えておいて良いでしょう。

全てが特注品の建物。最近の建築物がのっぺりして、どれも金太郎飴のようでつまらないとお嘆きのあなた、歴史好き、建築フェチなあなた、きっと満足すると思いますよ。







2009年9月2日水曜日

高村薫:新リア王

感想というよりは、この長大なる小説を理解せんとして、読みながら書いた備忘録のようなもの。まとまった文章にはなっていませんので、ご容赦ください。最後は(自分で言うのもなんですが)支離滅裂になっています。

『新リア王』を読み始める。

晴子と彰之の母子の物語であった「晴子情歌」続き、榮と彰之の父子物語となっている。叙事詩と言っていいほどに、語りが深く長い。政治家の一日にしても、曹洞宗の作法や教えについて、あるいは出家時代の話にしても、ここまで克明に語りつくすことが本当に必要なのか、何のために書いているのかという気になる。辛抱のない読者は最初の数十ページで投げ出してしまうかもしれない。小説の長さや改行のない文章について不平や苦痛を表明する人は多いようだ。瑣末的な事象、特に曹洞宗などに関する哲学問答に関する批判も多い。

しかし、本当にこの小説は「長すぎる」のか?  私は否と考える。それが高村氏の小説作法なのだろうと。瑣末な事柄を積み重ねることでしか見えてこないものがある。それは彼女の小説で一貫しているし、研ぎ澄まされることはあったとしても、緩むことはない。

彰之がこれ程の修行を通しても仏教的境地には達することができなかったという挫折感を書くためには、あえて冗長なる文章を連ねる必要があったか。あるいは、榮の永田町での一日も同様。政治家の一日とはどういうものか、政治家とは何を考え、どういう人種であるのかということを彫琢しようとするならば、克明な一人称的記述が適切との作家としての回答であったのだろう。

最初の数章の「くどさ」は皮膚感覚として強烈な印象的を残す。あえて瑣末という批判を覚悟で描ききった高村氏の筆力に私は脱帽する。何だか分からない力に押されて、とにかく読む進めるというのが、本書に対する読書作法か。高村氏は小説にミステリーどころか、ストーリーも求めてはいない。それを求めると裏切られることは『晴子情歌』で経験済みである。

政治とは、宗教とは

本書は1980年の衆参同時選挙の頃を舞台としている。保守崩壊を予測したと帯にあるが、奇しくも2009年8月30日の衆議院総選挙では、保守逆転、初めて自民党が政権野党に転落するか否かが焦点となっている。

本小説では、政治とは政治家とはいかなるものか、ということが書かれているように思われる。政治とは我々の生活そのものであるという前提であれば、我々の代表としての政治という段階で、政治はある団体の利益代表であることを意味する。政党をpartyすなわちpartということからも、政治は誰かの代表であり、誰かの代表ではない。

高村氏が青森を舞台に政治を書くことを当初から意図して『晴子情歌』を書いたわけではないことは本人のインタビューにより明らかにされている。それでも戦後政治を書くにあたって、辺境の地と書くと地元の方には失礼を承知だが、まさに適切であったといわざるを得ない。

上巻読了

高村氏はクリスチャンであるのに、なぜ宗教の中で仏教をテーマとしたか。初期の作品から私は「解放と救済」のテーマを読み取った。ドン底からの救済であったとしても、最後に他律的な解放であったとしたら、余りに小説的ロマンでしかなく、現実味がない、あるいは最終的な救済に安易さを感じたことも確か。

それがキリスト教的な救済であるということではないにしても、解放の果実を得るにはもっと厳しい道程があるのではないかと。そういう観点から、修行を通じて悟りにいたるという仏教がテーマとなったか?

クリスチャンといえば高村氏もクリスチャン。それなのに曹洞宗の教義について、あそこまで深く掘り下げて挑んだということに興味が尽きない。禅宗的形而上世界での悟りと埴谷雄高の認識論的なものと対峙させようなどというテーマは、私にはちょっと壮大に過ぎ、これまた手に負えないという感じ。日経新聞で評判が悪かったのもむべなるかな、朝の通勤途中に読むには重過ぎる。(もっとも、渡辺淳一の小説も、朝から読む小説とは思えなかったが、こちらは人気を博したことは記憶に留めておいてよい)

小説の主人公になっている団塊の世代と私らの世代では思想的背景において新人類は大きな隔たりがある。たとえば丸山にしても吉本にしても、あるいは埴谷にしても、学生時代の読むべきときに読まなかったことを深く後悔するばかり。ドストエフスキーとかシェークスピアだって読んだと言えるか、だ。

父と子の微に入り、細にわたる応答は、政治と宗教の現実、理想化されていない意味において、身体的ともいえる実態を語ってはいる。その可能性と限界。

例えば政治は人間の生活そのものだとして、政治家は理念と理想を語るが、地元民、選挙民は具体的な見返り「銭コ」を求める。目先の地域振興と経済だ。かつての保守政治は、地元利益還元の代表として機能した。一方で宗教は、人の精神活動の一端といえるか。しかし菩提発心して悟りを求める修行を行っていたとて、禅的悟りにはいたることのできない中途半端な彰之がいる。あるいは酒呑みのナマクラ坊主としての内和田和尚だ。聖というには余りにも俗。それでも俗人の先頭に立つためには、聖であらねばならぬ。

いやいや、政治と宗教の対立は上巻には見られない。榮は雲水としての彰之の考え方こそ追求するが、それはわが妾腹の息子が何者であるのかを確かめたいがため。異物か自分の後継者かと。一方の彰之は「縁薄い」関係のため「生き直す」として送行し、冷静かつ無垢なる目で政治の現実を語る。

この両者が交わるところはあるのか。改めて両者を考える。全く父子という関係も感情も持たなかった二人が、一方は権力と地位を極めた自民党保守の代議士として、一方は仏家(雲水)として対峙する。

上巻に描かれるのは1987年の永田町、そして1980年福澤が絶頂期。しかし、その絶頂期のときに足元に忍び寄る影を、互いに二人は確認している。榮は衆参同時選挙の大勝利により、一時的にその影を短くしたとしても、息子優から感じる世代の違い、違和感と不信を拭うことはできない。

一方で彰之の心情も全く不明なまま。なぜ東大卒業の後、北転船に乗り込むというような進路を、そして上陸のたびには寺に通い、ついには出家してしまうのかという経緯については語られることはない。しかも初江との間にもうけた秋道の存在がどう展開するのか。一方で、榮がなぜ国会から脱走してきて青森にまで来たのか。さらに、滞在を秘書にさえ伝えず、彰之との対話が完結しないため滞在をずるずると延期するという異常さ。その理由も上巻では語られることはない。しかし、互いに失意と挫折の中で、互いの心情を次第に吐露し始めているということだ。

上巻を読んだ段階で、いくつかの読者評を拾い読みしてみる。どれも隔靴掻痒、咀嚼もできず感想にさえなっていない。しかしその中でひとつの指標もないわけではない。

彰之が仏門に入った理由。仏門の目指すところは菩提心、すなわち自分を超え一切の因縁から解脱し仏教的悟りの境地に至ることであるとする。彰之が捨てたかった因縁とは、すなわち福澤家という血統、血縁、まさに血族、自らの出生であったか。その自分を自分として成り立たせているものから解脱=解放を試みるということ。

一方で、福澤家の因縁全てを背負った父榮は、その縁を最大限に利用して成功し、またその縁により裏切られる。個人の生き方の両極端を象徴する父子が、政治と宗教という枠組みの二重構造の中で対峙する。やはりそこに和解と理解はあるのか、あるいは対立のみか。彰之は現世の縁を生き直すことで再度それを捨てるという解放を得ることができたのか。

「政治家と僧侶。二人の対照的な父子が交わす対話から、戦後日本の転換点が見えてくる。」
そう、戦後政治の転換点ではない。戦後日本の転換点。秋道に対してこれが日本政治の結論かと嘆く榮。戦後日本が生み出したものが何であったかを問うているか。考えてみれば、団塊の世代の哲学論についても同様か。神なき後の理性による世界の認識とその敗北。確かに高村は「政治」というものを書いたが、政治の先にあるものは何か、それは日本のありようであり、すなわち日本人の生活と生き方そのものではないか。何を重視し、何を求めてきたかということ、それは極めて政治的な帰結であるといえる。簡単に「政治」というが、政治とは何かだ。

現代日本のありよう、精神的、政治的混沌と低迷は政治と宗教に因を求めるのか否か。

こうして上巻を読み終えて考えてみると、何も始まっていないし、何もまだ語られてはいない。そういう意味では、後半に「動」があるとするならば、まだその前哨でしかないのかもしれない。父子が一体どういう境遇にあって、いま二人は対峙するに至ったのかという。

進みが遅いといわれるかもしれないが、非常にスリリングな展開であるともいえる。上巻では二人の人物像が幾重にも語られてきた。今後、二人の言葉の中から、何が剥ぎ取られ、何が見えてくるのか。あるのは対立か理解か、あるいは絶対的な孤独か。

仏教、政治、対話ということ

高村氏は何ゆえに仏教をテーマとしたか。阪神淡路震災のあと漠然と次は仏教だとは思っていましたが、とくに宗派は考えていませんでしたと本人は語っています。キリスト教にではなく仏教をテーマを求めたことの真意は私には分かりません。彰之が我執からの解脱=悟りを目指したということは、我執、すなわち自らの福澤的なるものからの解放ということになりましょうか。

一方で、その福澤的なるものの代表であり、更には日本の戦後保守政治を代表として登場する榮。その榮が対峙するものは我執を捨てんとする彰之と、自らの政治人生を否定するかのごとき優という二人の異母兄弟であるという、75歳にして到達したこの絶対的な孤独。榮は彰之が理解できずお前は一体何者なのだと問い続ける。ああ、いったいに高村氏は何を下巻に書こうとしたか。

高村氏いわく。

私の世代は、何かを語ることは~書くことも同じですが~、自分が人間として生きている証なのです。彰之もそういう世代です。だから、あれだけの言葉が出る。

 言い換えれば、『新リア王』は80年代半ばだから成立する話です。2005年だったら成立しないですよ。父も語らないし、息子も語らないでしょう。


仏教の哲学

  • 実存主義は自我の上に成立した思想であるに比べ、仏教は無我の上に成立
  • 実存的に仏教を考えるとき、ニーチェやサルトルなど、いわゆる無神論的実存主義者たちの言う「仏教は現実からの逃避である」とか、「釈迦は人のことを心から思いやる情愛のない人であった」とかいう考え方
  • キリスト教的実存主義は神へ向けての主体性を唱うのですが、無神論的実存主義は存在の本質を問うのではなく、存在の虚無・不条理を乗り越える主体的な生き方を問う。実存主義者は量子論の現れる前の、唯物論や霊物二元論時代における認識「頭脳で認識する現象の、対象である物自体の世界は実体として存在する」という世界観から立ち上げられている
  • 「世界は主観的観念に過ぎない」という仏教思想と正反対に「世界は客観的に存在する」
  • 実存主義は自我の上に成立した思想であるに比べ、仏教は無我の上に成立
  • 埴谷雄高の「不同律の不快」とは。「不同律」とは論理学的な「同一律」すなわち、「A=Aである」ということだが、埴谷はそういう意味合いで使ったのではなく、「私が私ではないこと、すでに生まれたときから本質的なものが決定されていて、変れないこと」に対して「不快」であった。

下巻読了

仏教論争の印象が強かった上巻だが、後半は保田英夫の死に向かって物語りは収束していきます。最後の終結の場面は、あたかも探偵小説の謎解きの場面を彷彿とさせます。しかしながら、小説形式が最後まで「対話」に終始することは変らず。ひたすらに「語る」ということが意味を持っていた世代や時代の物語を書ききったということなのでしょうか。

榮は息子優の造反を裏切りととり、小説最後で自ら福澤王国を解体してみせます。その後に残ったのは、もはや孤独でしかなく。そのときに初めてか、彰之の仏道に入りきれない緒縁と彼の孤独を理解し、もしかするとこの4日間において、一番理解しあったのはこの二人であったのかもしれません。

政治的風景は、単なる世代交代ではなく。戦後政治の代表たる榮、リベラリズムを目指す優、微妙に立場を変える官僚のなど、80年代から日本が徐々に舵を取ってきたありようが、彼らの対話の中に凝縮されています。民主党政権が圧倒的な勝利を収めた今回(2009年8月)の衆議院選挙を待つまでもなく、高村は保守の崩壊を予測しました。現実世界では、ニューリベラリズムの崩壊としてではあるが。

知識不足から論理が破綻したので稿を改めよう。

リア王の悲劇として考えた場合、彼の生きた時代を考える必要がある。語られるのは1967年から1988年頃までの日本、中央政治と地方のそれ。1980年代前半の福澤王国の映画は、日本の政治もリバタリアニズム、改革の方向へと舵取りを始めた時期だ。

榮は利益再配分の戦後政治、田中型政治を体現してきた人物として描かれますが、2人の息子はその政治のあり方に造反する。3人が政治的対話を行っているシーンは、まるでドストエフスキーの小説のよう。微妙に立場の違う二人の息子を榮はついに理解できず。深い溝が残る。

戦いの結果は息子に軍配が上がるが、本当に勝利したのかはについては描かれない。息子の勝利により福澤王国どころか地方的な血族までもが崩壊するのは象徴的。日本の政治的風土が変革し、日本の戦後のいくつかあの神話が崩壊して行くのは本作品よりも後になる。

1980年代に宗教は明らかに死んでいたい。しかし別な形で宗教がまたは心の問題が取り上げられる時代を準備していたという点において、新リア王はまたしても次なる作品の序章でしかないことに気づかされる。新リア王は結論も解決も提示しない。一つの時代の崩壊を描ききったという点で、その小説の持つ内的世界は凄まじく大きく昏い。

全体として作品を眺めれば日本人としての方向性、それも戦後地方の貧しさから出発し、国民が同じ夢を見た時代から個人主義、ニヒリズム、ポストモダンと近代を否定し混迷の時代に突入するそのまさに転換期。 政治が変ったということは人間の心のありようも変ったということだ。

政治が人民を救済しえなくなったように、宗教も衆人どころか個人さえも救いはしない。 理念とか理想とかの共通認識が崩壊していいく。 本来的には共同や個をまとめるのが政治と宗教の役割であったとしたら、その双方が変質してしまった。

次なる時代に日本は阪神淡路のカタストロフを経験し、さらにオウムへとつながる。高村の関心は当然にそこに向かわざるを得ないだろう。

新リア~関連サイト

感想をまとめるに当たり参考にしたサイトを順不同で列記しておく。

2009年9月1日火曜日

ポピュリズム

昨日は台風の影響により暴風雨、政界も予想以上の暴風雨が明けた一夜でありました。今回の雪崩のような民主党への集票は、日本の流されやすい傾向を示しているようにも思えるということは昨日書きました。

民主党とて安定多数を得たからと言って安心できるわけではありません。組閣人事におて民主党内の意見調整にしくじるだとか、人事が期待はずれになるだとか、マニフェスト実現に向けてブレが生じるなど、国民から「自民党と同じぢゃないか」と思われれば、急速に民意は離れるでしょう。政権さえとれば、ばらばらな党内が一致団結する、というのも一理ありましょう。しかし、小沢、菅をはじめ、岡田、前原ら微妙に意見の違う党幹部を調整してゆくことは、今回選挙の結果からも難航が予想されます。

国民が望んでいるのは「分かりやすい」政治であり、最近の記者もキャスターも「YesかNoでお答え願いたい」「やるのか、やらないのか」と二者択一で政治家に回答を求める場面が多くなってきました。政治家は曖昧な回答で逃げる、その政治的曖昧さこそが、国民の苛立ちの一因であるのかもしれません。阿吽や辛抱ということはデジタルな社会にはなじまない。オバマの演説に感動した人は、政治家の言葉のストレートさにこそ打たれ、かつて小泉首相が圧倒的支持を受けたのも、ワンフレーズによる分かりやすさでしたか。

あまりにも見え透いた分かりやすさに騙されるほど、国民もバカではありませんけど、国民の移ろいやすさというのは、ある意味で危ない点もあると考えた選挙後の風景でした。

それにしても鳩山政権の行く先がどこにあるのか、いったい誰の利益代表足りえるのか。回答は見えているようでいて、いまだはっきりしないのが本音といったところでしょうか。

2009年8月28日金曜日

鴻池朋子展~インタートラベラー 神話と遊ぶ人

東京オペラシティ アートギャラリーで開催されている『鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人』を観て来ました。


今回の展覧会は、鴻池さんの作品を「地球の中心への旅」をテーマに再編成したもの。展示場そのものが、作品を「体験」するような構成になっており、全体が大きなインスタレーション空間であると言えるかも知れません。詳細な説明は、公式HP(→http://www.operacity.jp/ag/exh108/index.html)かtakさんの『弐代目・青い日記帳』をどうぞ(→http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1825)

鴻池さんの作品は、グループ展や絵本、挿絵などで観た事がある程度でして、こうしてまとめて鑑賞させていただくのは初めて。イマジネーションの抱負さには感心します。繰り返し用いられるモチーフの持つ意味とか、ついつい深読みしたくなりそうですが、どうやら鴻池さんの作品に、あまり「深刻」を求めるのは野暮のようです。どうして子供の上半身がないのとか、どうして下半身が人間なのとか。「見えない子供の上半身を見つけようとしてもムダ、それはもともとないのだから」という鴻池さんの挑発。イメージを爆発させるためには、美術館なんか徘徊していちゃダメだと。

何と言ってもテーマが「神話と遊ぶ」なのですから。最初の襖を入り、だんだんと「地球」の奥に入っていくという「体験」は、なかなかスリリングです。彼女の絵本の原画などを観てわき道にそれつつも、だんだんと地底深くに入っていくという、謎めいた体験。次に何がくるのか分からないので、例えは悪いですが「お化け屋敷」のようなワクワク感があるといったら良いでしょうか。

地球の中心の部屋はまさに驚きの一言。入った瞬間に「わぁ!」と声が出てしまいました。こうくるかと。眩暈のしそうな空間。乗り物酔いがある人は気分悪くなるかも、です。私はその芳醇なイメージ世界に思わず見とれてしまいました。ガラスと光の空間は、彼女の他の展覧会写真を見ると、これもよく使うモチーフ。でも使い方一つでこうなるかと。

「地球」というもののなかに、彼女の好きなものをギュっと詰め込んだ展覧会。彼女のエネルギーの一端に、あるいは自らの創造力のパワーに脱帽。彼女は、「ほら、こっちきて遊びなよ」と誘うけど、実は彼女の内実は、創造のステージにおいてはギリギリまで自分を追い詰めているようで、作品の厳しさを見せ方で覆い隠しているような雰囲気は感じましたね。ただ延々と普通に彼女の作品が壁に並んでいると、ちょっとつらいかも、です。






2009年5月30日土曜日

宮下誠氏の訃報

クラシック音楽界で今年に入ってから黒田恭一さんなど鬼籍に入られた方は多い。その中で、黒田氏の訃報には反応しない私ですが、『カラヤンがクラシックを殺した』宮下誠氏(國學院大學教授)の突然のそれには驚かされました。5月22日か23日に、出張先のホテルで心不全で亡くなったとのこと。春先に入退院されていましたから、そのことと関係があるのでしょうか。詳しい情報は分かりません。1961年生まれですから、私と同い年なんです。

氏のブログは死の直前、5月15日「不在の代償」が最後になってしまいました。リンクしたページもいずれネット上からは消えてしまうかもしれません。

氏の提示した考え方には、クラシックファン以外の方々も反論を申し立てました。かなり激しいやり取りがネット上でかわされたようです。特に2チャンネルのそれは、凄まじかったと氏はブログで書いていました。私はそのような「熱い」議論に興味はありません。それでも、氏が提示した「音楽とは何であるのか」というテーマが投げかける社会に対する問題提起は、私にとっては小さくはないものであっただけに、氏の訃報を残念に思います。

『カラヤンがクラシックを殺した』の激しいやり取りの後、氏が2月16日にブログで書いたコメントを引用しておきます。

(上記書に関しての2チャンネルでの論戦、そして筆者の不明による謝罪などを説明した後に)しかし、そのような措置には、膠着状態が長く続き、文化の貫流が淀み、腐臭さえをも発している今日を生きる筆者の、絶望に裏打ちされた怨嗟と、明日への希望に対する渇望があった。何よりも、「目に見えないもの」に対する敬意のあまりの軽視への灼熱する怒りがあった。これだけは誤読されてはならないと思う。傲慢だが、これについてだけは大多数の同著に否定的な読者は間違っていると思う。

今日の文化、芸術、社会状況を肯定的に是認しうるだろうか?

(中略)

衆愚は良質の文化を、己の間尺に合わせて切り刻み凡俗へと凋落させる、恐ろしい力だ。権力だ。

こういう認識を現代社会で持っている方は、生き難いと思います。氏の前提である現代社会の「悪意」「世界苦」そしてそれゆえの「絶望」が理解できないと、氏の主張は「ハア~?」てなもんでしょう。真摯に哲学的なんです。

氏が指摘したかったことの一部は、『アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど』というブログの「『カラヤンがクラシックを殺した』を創造的に読むために。(前編)」が、サブカルチャーと自我という点にまで敷衍し、非常に端的にまとめてくださっています。

氏の『逸脱する絵画』『迷走する音楽』も買っておかないと、絶版になっちゃうかもだな・・・。

2009年3月30日月曜日

下村治:日本は悪くない 悪いのはアメリカだ

神谷氏が自ウェブや『強欲資本主義・ウォール街の自爆』(→レビュ)で紹介していた下村治氏の著書が復刊されておりましたので読んでみました。初版は1987年です。サブプライム危機後の現在にもそのまま当てはまる予言と批判となっており、書評やネット上では下村氏の慧眼を評価する声を一部で見ることができます。

しかし、よく考えると経済というか日本が、バブル時期の20年前と何も変わっていないこと、あるいは、新自由主義が崩壊した世界においても、相変わらずの対米追従であり、自国の論理を構築できないままの未熟国であることが露呈されたたに過ぎないのかもしれません。ドルの崩落の危険性について下村氏も指摘していますが、今でも同じ論調の本はあちこちに山積です。

下村氏は全8章で同じ理論を繰り返しています。下村氏は、とにかく「アメリカの言いがかりと詭弁」に怒っています。高名な経済学者でありながら語り口も平易ですから、読み物としてもあっという間に読めますし、イロイロな意味で深い感銘を受けます。

骨子はこうです。アメリカ国見一丸となって借金をしてまでの消費狂いのせいで双子の赤字が生じている、それを他国(=日本)のせいにして日本国内消費を増やせだの、輸出を減らせだの文句を言うことはオカシイ。キサマラこそ借金を止めて消費を縮小せよ。日本は輸出が減るから生産は減るけど、他国の消費に頼ってバブルを謳歌していることこそ間違い。生産を縮小して身の丈にあった経済に戻りなさい、というもの。

下村氏は、多国籍企業やグローバル経済にも異を唱えているようです。自由貿易やグローバル企業は進出先の産業を弱体化させ食い物にするというような植民地時代の考え方が今でも生きていると主張します。競争力の弱い自国の産業は保護が必要であると。

20年経った今でも、アメリカの消費はいよいよもって狂気の域に達し破裂しました。今回の経済不調の原因が市場主義にあったわけでもない。確かにサブプライム・ローンとかCDSなどの金融派生商品を生み出した金融業者と、それに信用を付与し続けた格付機関には大きな責任があります。そして、そんなワケの分からない商品を買いまくった銀行とか保険会社にも責任の一端はあります。

サブプライムで痛い思いをした日本経済は、「新自由主義」とか「市場主義」の悪弊を言い募り「資本主義」のパラダイムが変換しつつあると主張し、「縮小均衡」や「保護主義」に向かうべきという主張が目に付きます。20年前の下村氏も同じことを主張します。アメリカが本気で経済を立て直す(赤字を解消する)気なら、GNP縮小を覚悟の上で「歳出削減」と「増税」しか道はない、日本も多少の痛みを覚悟の上で(数年前のレベルに戻るだけのことと氏は言う)縮小均衡に向かえと。

自国を見直し、大切なものは育てるという認識は正しいと思います。ただし、ここまでグローバル化した世界において、グローバル化そのものの流れを止めることはもはやできません。保護主義(バイアメリカン条項などもそうでしょうか)も一時的には効果があるかもしれませんが長期的戦略ではない。そんなことをしていたら、更に経済は硬直化し新陳代謝をすることなく縮小してしまう。経済が一時的にオカシクなったものですから、「内向き」こそが是、「節約こそが是」という風潮も、ゆり戻しの範囲であれば受け入れるべき点はありましょう。

怒りまくっている氏の最後の結びは以下のような文言です。

(現在の異常な経済運営を改めるなかで)ただし、その際、忘れてならない基本的問題は、日本の一億二千万人の生活をどうするか、よりよい就業の機会を与えるにはどうすべきか、という点なのである。

これは自由貿易よりも完全雇用、経済活動はその国の国民が生きていくためにある、という氏の一貫した理念は明確で力を与えてくれます。

2009年3月21日土曜日

津村記久子:ポトスライムの舟?第140回芥川賞受賞作

友人と話していると、私は世間に対する認識がひどく甘いらしく、特に派遣とか非正規雇用とか、または最低年収に対する常識が現実とズレていると厳しく批判されます。森永卓郎が「年収300万円で生きる」みたいな本を書きましたが、今や年収300万円ももらえればいい方なのであると。そう言われてしまう私は、弱者に対する思いやりや視点が欠けているのだろうとなと思わざるを得ません。彼ら彼女らの生き方や痛みも分からないのだろうなと。

だから、本書を読んだ第一印象も、この小説に描かれるような生活とか境遇の人に対してのシンパシーが生まれてこない。何なのこの小説、ごく狭い世界の個人的なことが、ダラダラと綴られている、大人になりきれないオトナたちの生活が描かれているだけで、一言で言えば「退屈」。これが最近の芥川賞の内実?などと思ってしまう。大して小説なんて読んだことがないくせに、偉そうにです。

でも、読み終えて読み捨てたハズの作品ではあったのに、ずっとアタマの片隅に何かが残り続けている。あたかもポトスの根が、水鉢の中でグルグルと根を張るかのように、何かがひっかかる。そんなに無視していい作品なのかと、自分の欠落に目を閉じていていいのかと。いや、やはり「芥川賞」ということに、何がしかの「意味」を見出そうとしていたのかもしれません。

さして長い作品ではありませんから、再読してみました。すると、主人公ナガセが何をもがいていたのか、やっと見えてきました。

ナガセは年収の低さとか、派遣という立場とか、30歳になっても独身であることとか、そういう分かりやすい不安定さだけが問題なのではない。以前の職場ではパワハラと気違いじみたパワーゲームに傷ついた。そもそもが、働くとか生きるということに対する意味が希薄になっていること、ムリにでも自由な時間を潰し何かしていなくては不安で仕方がないという精神状態こそがモンダイなのです。

自分の時間や人生を切り売りしているその代償として、働く動機や確実な成果が欲しい。働くためのモチベーションを得るために『今がいちばんの働き盛り』と腕に刺青を彫ろうとします。あまりにリスキーな行動ですから思いとどまり、次に年収全部をためて世界一周クルージングをするということを目標にします。たまたま目に留まった職場のポスターで思いついた程度のものであったとしても、とにかくすがらなくてはならない。自分に対する報償、ささやかだけど大切な失地回復運動。

ナガセは小説後半でヒドイ風邪で職場を休むことになります。そして、彼女の中で何かが変化していきます。休んでいる間にたまたま会社がボーナスをくれて、はからずも世界一周のお金が溜まっということもありましょう。休んだら、自分が根本から変ってしまうのではないかとまで思いつめ、それでもそこまでして維持して、それからどうなるんやろうなあ。わたしなんかが、生活を維持して。と考えていた彼女。病気で床に伏したことが、彼女の周りは何も変化していないのに、彼女には何がしかの意味を付与したことは、前半と後半の小説風景をがらりと一変させるほどのものがあります。

私は小説のラストに向けてさらにナガセに不幸や挫折が訪れやしないかと不安だったのですが、作者はそんな意地の悪いことはしませんでした。誰もが「小説」や「映画」の主人公のように強くはありませんからね。葛藤に対する克服とかも用意しません。村上龍氏の選評であるコントロールできそうにないものを何とかコントロールしようという意志でもありません。そんなテーマからは遠い地平に作者(たち)はいる、そういう「マッチョ性」から最も遠いことを描いているのですから。作者はもっと現実的なものを提示したのです。

それとて、本当にささやかなもので、大きなドラマでも事件でも何でもありません、解決でさえありません。しかし日常のそういうものをいとおしく思う気持ちがなければ、このつまらない人生(=作品世界)などに本当に意味などないのかもしれないと思ったことも確か。これはハケンとかだけの物語ではなく、働くとか生きる人全てに対する、ごくごく控え目なメッセージなんですね。


ととらえました。浅いかな・・・、まあ・・・文春もそろそろ「芥川賞」なんて止めたらとは思いますけどね。

2009年3月15日日曜日

ハイティンクの無料音源を堪能

CLASSICAの飯尾さんによる「ネットエイジのクラシックジャンキー」で、『巨匠ハイティンクのライブ音源無料ダウンロードサービス!』という記事が目に留まりました。

ダウンロードが3月15日までとのことなので、せっかくですからダウンロードしてみました。演奏はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で、以下の3曲です。

  • ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 (2005年)
  • シューマン:交響曲第1番「春」 (1981年)
  • ビゼー:交響曲ハ長調 (2000年)

音源は楽章ごとに分かれたmp3形式。前回の配布では全楽章が1音源でしたから使い勝手はこちらの方が良いかと思ったところ、楽章の最初と最後にオランダの公共放送局radio4のアナウンスが挿入されている曲が幾つかありました。

多少興ざめではあるものの、これほどの音源をサービス期間中とはいえ無料でダウンロードできることはありがたいことです。往年の響きが失われているとお嘆きの方もいらっしゃいますが、ロイヤル・コンセルトヘボウの柔らかな音色も素晴らしく、全曲とも堪能することができました。

シューマンやビゼーの交響曲は普段あまり食指を伸ばさない、またハイティンクでさえ私にとっては積極的に親しもうと思う指揮者ではありません。しかし「無料」ということもあって、こうして聴いてみますと、どれもじっくりと聴くべき価値はしっかりあり、特にハイティンクに関しては一度まとめて聴いておくべき指揮者なのだろうなと改めて思ったりしました。

2009年3月13日金曜日

哲学博士 宮下誠氏のブログ

『カラヤンがクラシックを殺した』の著者である哲学博士 宮下誠氏のブログがあります。3月11日のエントリ「音楽はただ聴くためにあるのか?」で同書と同じような論旨を展開していました。気になるテーマですのでメモしておきます。

あの、即物に徹した、にも関わらず様々な内包物を潤沢に孕んだ音楽に対して「聴くだけ」なる姿勢は許されるべくもありません。

音楽は感覚の悦びであると同時に認識の歓喜だ、

この「認識」を宮下氏は「悟性」という言葉に置き換え、単なる「感性」だけの音楽を鋭く批判します。「悟性」とは普通はあまり使わない言葉です。「認識」とか「知性」「理解力」と解されることが多く、英語では「understanding」となるようです。私も高校の教科書で接して以来、日常的に使用した記憶のない単語です。哲学者である宮下氏が使うのですから、カントやヘーゲルの悟性論までを理解しないと、彼の「嘆き」には共感できないのかもしれません。

感動!!!

そういえば全てが許される、この世界の風潮は、一億総愚民化の一支流に他なりませんん。

安っぽい「感動」の氾濫には私も辟易です。一方でたまには理屈もなく呆けたように「感動」したいことも確か。

神なき時代の宗教的カタルシスの代用品としての音楽の洪水。

こう書いたのは『西洋音楽史』の著者 岡田暁生氏(→Clala-Flalaエントリ)。「悟性」の欠落は神なき現代の、更なる精神的な不毛に帰すべき現象なのでしょうか・・・?? 素直に「感動する」ことを批判する姿勢には、反論も多いと思います。私の中では無視はできないものの結論付いてていない問題です。そんなこと考えずに、ただ音楽に浸ったほうがよかろうとは思うんですけどね。

2009年3月10日火曜日

歌舞伎座の建て替えについて、中野翠さんの意見

「文藝春秋」2月号に、エッセイストの中野翠氏が『歌舞伎座取り壊し 私は許せない』とする文章を寄稿していました。彼女は六代目歌右衛門を通じて歌舞伎に親しんできたというほどの方。

彼女は、単なるノスタルジーや建築意匠的なもののみに反対の理由を求めるのではなく、歌舞伎を演ずるということの重層的な楽しみというこから説明しようとしています。

すなわち、歌舞伎というものは、代々と受け継がれた演目を、世襲で継承している役者が演ずるという歌舞伎の構造的な本質と、それを「同じ場所(舞台)」で演ずるということ。
それが歌舞伎を長く見続けたときの重層的楽しみなのであると書いています。この「重層性」こそが、由緒ある劇場には必ずある心をしんとさせるような妖気やオーラにつながるのだと。

今の舞台に昔の舞台の「記憶」が重なる

このような意見を読むと、歌舞伎を始めて見る人や、全く見ない人には、何のことやらでしょうか。一部の特権的観客の愉悦に過ぎないのではないかと、冷淡な態度をとる人も居る事でしょう。しかし、そのような「重層的な記憶」こそが伝統とか伝説につながり、それが極まれば、ファンからは「聖地」と崇められるという現実もある。

一方で女性らしい、下記のようなコメントには思わずニヤリとしてしまいます。

(国立劇場では)女を引き付つける俗っぽい華やぎや色気に乏しい。伝統芸能を楽しむのではなく鑑賞するという感じ。

まさに!です。1階のお土産屋あたりから漂う、甘い金つばやたい焼きの匂いや、俳優の生写真などなど・・・。

このような下らない価値観こそが「文化」という目には見えないものの、とても大切な一部のような気がするのです。それゆえに、気配に敏感な方々は単なる更新や再生ではなく「破壊」とうつる。いったん破壊されたものは、絶対に再構築されないことを分かっていますから。

例えば、今話題の東京中央郵便局の建替え問題。こちらも部分保存の範囲を拡大する方向で決着が付くそうです。こちらの建替えは、なにやら政治的なにおいがして賛同できない部分も多い。単なる形骸化した建物と、歌舞伎座を一緒には論じられないと思いますが、いかがでしょうか。

2009年2月22日日曜日

神谷秀樹:強欲資本主義 ウォール街の自爆

サブプライム問題以降、新自由主義やら資本主義の転換、アメリカの凋落などが話題になっており、書店に行くとその手の本

サブプライム問題以降、新自由主義やら資本主義の転換、アメリカの凋落などが話題になっており、書店に行くとその手の本がいつも山積です。本書は、そのタイトルと読みやすさから、かなり売れているようです。

神谷氏は、外資系投資銀行で長く働き、今でもアメリカの金融ビジネスに身を置いている方。そういう人が描くアメリカの金融界はまるでB級映画を観るかのようで、とどまるところを知らない「強欲」に支配された様は、ほとんど「狂っている」としか思えません。

ウォール街の「強欲度の水準」は、われわれ日本人が日本人社会の中で考える「強欲」の感覚より、三乗か四乗のレベル

神の前では明確な「盗み」であってもまったく気にない人間が著しく増えてしまった(P.20)

これを査証するかのような「実例」が本書では列記されており、神谷氏は深い嘆きをもって語っています。その点はこのくらいにしておきましょう。彼の主眼は「資本主義の転換」ということにあるようです。

サブプライム以降のアメリカ発バブル崩壊について、神谷氏は「一つの資本主義」の終焉の到来を意味しており、人々の価値観の大きな転換期(P.24)ととらえ、パラダイムシフトの後に、いわゆる「縮小均衡」の世界がくるとしています。

そもそも資本主義というのは拡大、発展することをテーゼとしていたわけです。その資本主義の考え方について神谷氏は「何のための『成長』なのか」、「何をもって『成長』と考えるのか」といった基本的な議論(P.170)が必要なのだと主張します。

すなわち、アメリカは、借金による過剰な消費生活を見直し、身の丈にあった生活に戻る(P.165)ことしか回復の道はなく、日本においても、国内市場だけで商売するならばという前提付きで、毎年0.6%ずつ人口が減少する社会での縮小均衡点を見出してゆくことが経営のテーマである(P.186-187)と指摘します。

更に、池田内閣の参謀として所得倍増計画を設計した経済学者として知られる下村治博士が1987年に唱えた「ゼロ成長論」の卓越を賞賛し(P.174)、

「万民のためになる資本主義」というものが提案されてくる可能性(P.196)

資本主義そのものが、これまでとは異なる価値観で再建される必要がある(P.205)

と結んでいます。

神谷氏は日経ビジネスオンラインで2006年から「日米企業往来」というコラムを連載しており、それを読むとサブプライム以前から、アメリカ主導の新自由主義に疑問を唱えていることがわかります。投資とか金融は実業たる産業や経済=生活そのものをサポートするのが仕事であり、マネーゲームが主になることは間違っていると一貫して主張しています。

神谷氏の主張は「縮小均衡」であり、これは下村博士が主張した「世界同時不況を覚悟して縮小均衡から再出発」することにほぼ同調したものです。下村氏の「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」は文藝春秋社より文庫版で再2009年1月に再販されています。いずれ、こちらについても触れておきましょう。

やはり考えるべきは、ポストアメリカの世界観なのでしょうか。膨大な人口を抱える中国やインドの貧困層や格差の是正が真に動き出したとしたら。その場合にこそ、新たな勢力やビジネスモデルが台頭するのかもしれません。例えばバングラディッシュのグラミン銀行とか、インドの20ドルパソコンとかにその片鱗を感じます。世界の勢力地図が本当にガラリと一変する日も遠くないのかもしれません。

ドゥダメルのチャイコフスキー交響曲第5番(DG 1week)

ドゥダメルとSBYOによる、チャイコフスキー交響曲第5番を聴いてみました。HMVレビュにあるように確かに音質(録音?)が悪い。モコモコとしていて音像がハッキリしません。湿気の多い大気を通して景色を眺めている感があります。しかしながら、その欠点を差し置いたとしても本演奏は素晴らしいものであると思います。

来日も果たしているドゥダメルについて私が知りえ、聴いたことがあるのは録音された演奏のみ。その前提で書くとしても、ドゥダメルは他の演奏と同様、単なる熱演、爆演系指揮者ではないことが分かります。しっかと計算された緻密な棒のもとに、非常に訓練されたスキルの高い演奏者が、情に流されることなく音楽を表現しているという印象です。音楽からは喜びや音楽への愛が伝わってきます。

演奏にはわざとらしいクセや恣意的なアクはなく、従ってチャイコフスキーにありがちな土砂降りの感情の吐露や自己憐憫のような湿っぽい感情も感じません。

演奏者の育った原風景が、演奏表現に与える影響は否定できないのでしょうか、あるいは私の先入観でしょうか。私は今までとは違ったチャイコフスキー像をこの曲から感じました。印象的感想を許容するとするならば、例えば第二楽章。この曲を聴くと私はたいてい、煌々とした月夜を想像します、老人の過去への憧憬とともに。しかし彼らの演奏からは、むしろ大きな大地の息吹と、沈み行く太陽と明日への希望のようなものを感じます。

終楽章の冒頭主題が終わった後、ティンパニの連打に先導される部分からの圧倒的な疾走にも驚かされます。ここに至るまでの演奏が堂々としたもので、テンポもゆったりしていただけに、この変化には目を見張る効果があります。湧き上がりうねりまくる若きエネルギーが爆発しており、まことに爽快です。冒頭の陰鬱にして湿った重たい表現から、最後の爆発まで、色彩のパレットを駆使した音楽の描き分は見事です。

『フランチェスカ・ダ・リミニ』はあまり親しんでいる曲ではないものの、この演奏を聴いてたまげました。凄まじき演奏にして音楽であります。激烈さと激しさは聴くものを翻弄するほどのパワーがあります。ラストの興奮にみちたアプローズにも納得です。

2009年2月8日日曜日

宮下誠:カラヤンがクラシックを殺した

「20世紀音楽」「20世紀美術」などの著者として知られている宮下誠氏の問題作「カラヤンがクラシックを殺した」を読んでみました。宮下氏のブログなどを読むと、相当にネット上で叩かれたようです。しかし彼の書いたメッセージについては、納得できる点も多い。

カラヤンの音楽を綺麗なだけで、人工で自己欺瞞的な「美」の幻影(P.49)とする見方に同意するクラシックファンは少なくないでしょう。そこまでは良いとしても、カラヤンの音楽を精神史的な観点の中に位置付け、戦後の世界観を支配する平板で欺瞞的な知のあり方の象徴と見なしていること、そしてカラヤンを受容した一般大衆を容赦なく、お前たちも同罪だと断罪しているところは、大きな反発と批判を浴びたように思えます。あるいはクラシックに詳しくない読者には、音楽とはかくも恐ろしいものかという拙い印象を与えたかもしれません。

もう少し詳しく書きましょう。宮下氏は20世紀から21世紀にかけての世界を荒廃した絶望的歴史風景(P.50)と捉えています。そこには世界の不条理や、そこにいる「私」の癒しがたい絶望があり、このような自己も含めた人間存在の本質的な痛み、生きることの苦しみ、「ある」ということの絶望的な重さ「世界苦(ヴェルトシュメルツ)」という言葉で代表させています。

カラヤンの音楽は、「世界苦」に対して恐ろしく鈍感、同情が欠如しており、「世界苦」を欺瞞で糊塗してきた世界の象徴的存在であるがゆえに、一般大衆に与えた影響は甚大で、

カラヤンは断罪されなければならない。(P.56)

と宮下氏は主張します。そしてカラヤンの音楽が美しければ美しいほど、また聴衆=一般大衆がそれを受容するほどに、その無自覚なイノセントさは罪であるのだとします。

宮下氏の一般大衆に対する批判は、実はカラヤンのそれ以上に強烈です。例えば次のような一文です。

「大衆」はいわば自分の努力のなさ、向上心の欠如、金銭を最高の価値としてあがめたてまつる拝金主義、他人の不幸を隠微に喜ぶ底意地の悪さ等々を棚上げにして、ささやかな幸福に満足し、その価値観の下、自分に理解できないものを仮借なく排除し、或いは価値切下げを断行し、才能を、或いはアウラを突出した人間から掠め取り、食い物にし、その残骸を「お友達」感覚で賞味するという恐ろしい生き物(P.64)

彼の大衆批判はそこかしこに読み取ることができますが、このくらいで良いでしょう。強烈な批判ではありますが、私は「価値切下げ」という部分に、首肯できる主張を感じます。

さらに宮下氏が指摘した「アウラ(オーラ)」とは何でしょう。所謂「カリスマ性」みたいなものとして氏は定義していません。そういうものではなくて、観念論的伝統とそれに対する敬意と畏怖であるとしています。難しいですね。しかし、この部分も、おそらくは氏の主張の根幹をなす部分でしょうから引用してみますと、

それは音楽を語ることを挫折させるまさにそのもの、神秘的な、エーテルのような、あることを証明することは到底不可能だが、決してないわけでは「なさそうな」、曰く言い難い、神秘的な「何かあるもの」であり、ベンヤミンが複製技術時代には失われることを予言した(P.119-120)

ものが氏の言う「アウラ(オーラ)」だとします。カラヤンにはそれが全くないのだと。

これはいわゆる、「芸術解体」ということに繋がる大きなテーマです。今の世にあって、もはや「芸術」という言葉は、死語か悪い冗談にしかなりません。日常の中から「芸術」という言葉が排除されはじめたのは、私の記憶では80年代中頃ではなかろうかと思います。「芸術」は「アート」という言葉に置き換わり、サブカルチャーなるものが台頭してきました。そして、この頃から大衆の「欲望」があからさまに「拡大再生産」されるようになり始めたように思います。もしかすると、ここが氏の一番大きな批判の論点なのではなかろうかと思うのです。

宮下氏の「西洋音楽」に対する考え方は、いまをもっても精神芸術的あるいは哲学そのものとして捉えているようです。つまりこういうことです。音楽は悟性の歓びでもあり得るし、認識の歓喜でもありえるものととらえ、悟性による認識を通じて音楽を、いわば主体的、積極的、自覚的に聴く~そのような聴き方を聴き手に迫っている(P.34)ものであるとしています。宮下氏は、音楽全般の価値が生み出す「美」や「慰め」や「癒し」こそ悪い冗談(P.277)であり、

悪い冗談に無自覚に感動し、音楽とは良いものだ、と安閑として日々を送っているのが今日の音楽鑑賞のあり方だとすれば、それは根本的に間違っている(P.277)

と最後まで、聴き手をも断罪しまくります。

氏がカラヤンの対極として、クレンペラーとケーゲルを上げていることは、私にはさほど重要なこととは思われません。ここを強調すると、いわゆるクラヲタ系批評家と変らなくなりますし。

宮下氏は1961年生まれですから、私と同年齢。その氏がかくも現代社会と今を生きる大衆文化に深く絶望していること、そのことにこそ、私は驚き、そして自省の念を覚えます。確かに氏の指摘をそのまま受け入れるならば、私たちは他人や世界の痛みを遠ざけられるような愚昧な情報に溢れており、それゆえ利己的かつ狭小な世界に閉じこもり、無自覚とイノセントであることを当然のこととして、快楽的、享楽的に生きていることになります。

これらの原因を、全て「カラヤン」に象徴することには、かなり無理があるものの、彼が「カラヤン的なるもの」として批判したものに対して、自覚的になることは重要であろうとは思います。ただし、この手の自己批判は、全て自分が受け入れる必要があるだけに、アクションとして結びつかない限り、最終的には自己矛盾と自己欺瞞に行き着くため厄介です。

いずれにしても氏の嘆きと希望がどこまで伝わったかは、はなはだ疑問には思うところです。このように考えると、本書のタイトルさえ誤解を招くものであったと思わざるを得ません。

2009年2月6日金曜日

副島隆彦:恐慌前夜

遅きに失した感はあるものの、金融預言者を自認する副島氏の著作を読んでみました。彼の金融に関する予言が当たっているか否かについては、私は論評しませんけど、言っていることは、非常に分かりやすく単純で面白く読みました(すぐに読めるし)。多くの読者をつかむのも分かります。刺激的な程、読者層にウケますから。

主旨を単純化すると、「ドル覇権の崩壊」と「連鎖する大暴落」は今後も数ヶ月に一度ずつ起きてゆく。アメリカ発の大恐慌突入の前に、預金封鎖が行われる。多くの法律が急速にバタバタと改正され、緊急の金融統制体制に入る。これからは銀行が一番危ない時代、信用できない。だから、そうならないうちに、しっかり自分の資産を実物(金や不動産や食料)に今のうちに移し変えておきなさい、悪いことは言わない、私のことを信じなさい、みたいな事が繰り返し述べられています。

で、最近の近著が「副島隆彦の今こそ金を買う」です(未読)。投資や個人資産の保護に関しては、それぞれの経済状況の中で自分に最適なリスク・ヘッジを考える必要があるため、ひとつの見方として参考にはしますが、だからといって、すぐに金相場に手を出そうとは、私の場合考えないでしょうね、そんなに現金資産もないし。

副島氏の姿勢で明確なのは、攻撃的なまでの米国批判。特にアメリカの手先となって動いたと彼が見なす竹中元金融相や、10年前からアメリカが日本に強制して作った金融庁に対する批判は強烈です。現代のゲシュタポゲハイム・シュタートポリッツァイ(Geheime Staatspolizei ドイツナチス政権時の国家秘密警察現代の特高警察政治警察(思想警察)実質的な弾圧機関などなど、かなり手厳しい。竹中路線の批判などは、多くのブログなどで話題にされていますから、私は本書の覚書程度にとどめておきます。金融庁は「怖いトコロ」なのだということで。

ただ、あまりにもアメリカの顔色ばかり伺う日本政治と、アメリカの風邪が肺炎になるくらいにダメージを受ける日本経済に、憤りを覚える人は確実に増えていると思います。そういう背景が、副島氏を支持する人が増える一因なのだろうと思いました。

副島氏は世界の金融界がロックフェラーやロスチャイルドによって支配されていることにも軽く言及しています。金融界はデイヴィッド・ロックフェラーと、甥のジェイ・ロックフェラーの骨肉の戦いである。デイヴィッドはシティ・バンクの実質のオーナー、ジェイはゴールドマン・サックスのオーナー。この骨肉の争いは今やはっきりとジェイ・ロックフェラーに軍配が上がりつつある(P.172)らしい。ちなみに三井住友銀行の実質筆頭株主はジェイ。三菱東京UFJ銀行は、三菱=ロックフェラーの130年に及ぶ運命と宿命として(P.162)、シティ救済を断れないのだと。

ふーん、と思いながら、こういうテの本は気楽にウィスキーでも舐めながら読むのが正しいか。この手の裏話にも、とんと疎いですから。

2009年2月2日月曜日

團十郎の歌舞伎案内

團十郎が青山学院大学で歌舞伎についての特別講義を行った内容を本にしたものです。團十郎の歌舞伎に対する考え方が窺い知しることができ、大変に参考になる本です。

私の少ない観劇の経験からしても、歌舞伎って何だろうと考えると答えに窮する。歌舞伎とは何かを定義することは、大変難しいのではないかと思っています。一般の人が想像する、いわゆる「時代物」だけではなく、歌舞伎は長い年月の中で色々なものを吸収して変化してきました。例えば本書でも紹介されているように、七代目團十郎(1791~1859年)が歌舞伎の舞台に能を取り入れました。

七代目が「勧進帳」をつくっていなかったら、歌舞伎に「松羽目物」という発想が生まれていたか(P.64)

歌舞伎像はひとつのイメージを結ぶにはいたらない。根本的に歌舞伎とは「その時代のお客さまの嗜好によって変化して、左右されて、発展してきた庶民の芸能」といえる(P.109)

と説明しています。

そういう歌舞伎であっても、團十郎は「格」ということを大切にしています。團十郎家にとって、やってよいことと悪いことがある(P.57)と、四代目團十郎(1711~1778年)の言葉を引用し、例えば2008年1月 海老蔵が演じたラスベガスのイリュージョンを使った演出について疑問を呈し(P.96)ています。何でもアリではないのだと、それが歌舞伎であり「格」なのだと言うのです。ここはきわめて重要だと思いまし、私もこの意見には大きく同意します。

例えば「リアル」ということについて。歌舞伎も江戸時代から明治にかけて、西洋風のものが入ってきたために、真実を真実としてみせる(P.81)という方向へシフトしたことがあったと。実際に舞台に水を張ってみるような演出はリアルだけど、そこに能があるのかなと疑問に思う(P.234)と團十郎丈は書いています。

歌舞伎に演出家というものがいないことに対しても、日本独特の成り立ちであり、西洋がそうだからと日本もそうしなければいけないということはないと書いています(P.106-107)。どこまで保守的になり、どこまで革新的になるか。まさにそのバランス感覚こそが「格」ということに表されているのかもしれません。

團十郎丈が謙虚であり誠実であると思うのはこういうところです。私たちはここで満足です、これ以上はもういいですとし、それ以上は欲張らないことが重要であるとも書ています。

歌舞伎は日本語という文化圏の中でやっているかぎり、それ以上は背伸びしたくてもできない。

いい意味で"小ささ"を保ちやすい(P.234-235)

この指摘は、ブログ内田樹の研究室で最近読んだ『「内向き」で何か問題でも?』と微妙にシンクロしました。グローバル化とか言うけれど、内向きで飯が食えれば無理にグローバル化しても意味がない、みたいな主張です。

歌舞伎は日本で行い、日本語で実施することによって世界に対し意味を持っています。日本人よりもよほど外国人の方が歌舞伎や能に詳しかったりします。もっともそれだけでは、日本人としてさびしい限りであることは否定できません。

自国の伝統ある文化をしっかりと見つめ、次の世代にどのような形で伝え継承してゆくのか。これは歌舞伎役者だけではなく、歌舞伎を観る(あるいは観ないという選択にしても)私たちに課せられた課題であると言えるのではないでしょうか。

玉三郎の「鷺娘」、伝説化・・・

先月の歌舞伎座での玉三郎の「鷺娘」について、ナマ「鷺娘」もそのうち「伝説」になるでしょう。
と書いたのですけど、当たってしまいましたね。

ブログ「六条亭の東屋」で知りましたが、玉三郎自ら、もう歌舞伎座でも新歌舞伎座でも「鷺娘」は踊らない(踊れない)と書いています。

勿論芸直は追究して有り余るものでございますし、これからまだまだ深めていけることもありましょうけれども、娘物の舞踊として私の年齢と肉体を考えましても今回の公演で線を引かせて頂くことに致しました。

玉三郎 公式サイトでの「今月のコメント」です。潔いといえば潔く、寂しいといえば寂しい。しかし観ておいてよかったと今は素直に僥倖に感謝するのみ。

2009年1月29日木曜日

歌舞伎座の建て替え

歌舞伎座の建て替え計画が発表になりました。以前から計画はありましたが昨今の急激な経済状況の変化から、大きく見直しをかけていたと思っていただけに(→歌舞伎座発表 08年10月20日09年1月22日)、1月28日のマスコミ発表は意表を突かれた形でした。私もこのブログの中で何度か本件には触れてきました。(→2005年4月21日2005年11月17日

今の歌舞伎座は昭和26年(1951年)に建替えられたものです。現在の耐震基準に合わず、またバリアフリーに対応していないため、エレベータやエスカレータもない。いまや歌舞伎ファンの2/3は40歳以上です。高齢者が多い客層に対して優しくない建築であることは否定できません。その点から建て替えも止む無しという気もしないわけではない。(不便で何が悪いのかという意見もありましょうけど)

建て替えにおいて批判の対象となるのが、その外観。現在の歌舞伎座の面影は残しながら、超高層ビルが屋根を貫いて屹立している姿は滑稽とも悲劇的とも見えます。歌舞伎座の土地は松竹のもの、歌舞伎座の建物は歌舞伎興行を行う松竹に株式会社歌舞伎座が賃貸している。不動産収益の比率の増加を目論む松竹は、オフィス床面積を確保するため、区や都と交渉してきたのでしょう(都市再生特別地区として床面積の増大を含む)。

新聞の予想図からは、唐破風の衣裳は残ったものの、懸魚や化粧垂木、高欄などが大幅に削除または簡略化されているように見えます。デザインの簡素化は、おそらく経済的な理由から断念されたと考える方が妥当だと思います。現在のそれはコンクリート製であり、同じようにコンクリートで作っても、あるいは本物志向で木製としても、建設費はいたずらに増大することは明らかです。近代的要素としてガラス、そして「和のテイスト」として、申し訳に縦格子を配したといったところでしょうか。

とは言え、風景や街並み、記憶には連続性が必要です。有形なものを破壊することは、無形のものも大きく毀損します。このことを嘆く歌舞伎ファンも多いことは承知、私もガッカリしました。しかし考えてみると今の歌舞伎座とてヘンな形です。都知事が「銭湯みたい」と言ったかどうか知りませんが、寺社建築としては余程銭湯の方が立派な建物があります。唐破風とて松岡正剛氏流に言えば「和洋折衷の象徴」です。そもそも最初の歌舞伎座は洋風であったのですから、寺社建築に似せて歌舞伎座を造る必然性は余りありません。所詮は芝居小屋、再現するならば江戸のそれでしょうか。

新しい歌舞伎座にもきっと私たちは時間とともに慣れるでしょう。そして失われた細部に宿っていた呑気さや豪奢さ、ゆったりとして豊かな時間が平成の世にも生きていたことを、将来の我々は写真や語りとともに懐かしみながら。重要なのは器ではなく、無形文化としての「歌舞伎」そのもののの存続なのですから、私たちは歌舞伎をいかに存続させえるか、ということこそ議論されるべきなのだろうと思う次第です。

2009年1月26日月曜日

歌舞伎座:初春大歌舞伎~昼の部

歌舞伎座で「初春大歌舞伎」の昼の部を観劇してきました。歌舞伎座の建て替えもいよいよ決定したようです。2009年4月までの16ヶ月間、「歌舞伎座さよなら公演」と銘打っての公演の最初となります。

演目は「祝初春式三番叟(いわうはるしきさんばそう)」に続いて幸四郎の「平家女護島 俊寛(しゅんかん)」、菊五郎と時蔵の「花街模様薊色縫 十六夜清心(いざよいせいしん)」そして玉三郎の「鷺娘」です。久々に歌舞伎を堪能できました。

一番良かったのは、もっとも期待していなかった「十六夜清心」です。河竹黙阿弥の作品。演じられるのは「稲瀬川百本杭の場」「川中白魚船の場」そして「百本杭川下の場」。鎌倉極楽寺の僧である清心と遊女の十六夜が、どんどんと悪者になっていくという狂言の前半部分。

清心が僧でありながら色恋や浮世の快楽を捨てきれずに、悪心を抱いていくその変化が見所です。求女をはずみから殺してしまい、自らも死のうとするものの、遠くから嬌声が聞こえて逡巡、そして思いとどまっての名台詞。「これを知ったはお月様と、俺ばかり」! ここの変り方が、ヌラヌラと面白い。

俳諧師白蓮を吉右衛門が演じています。狂言を通してみると、こいつはとんでもない悪党なんです。その悪さが台詞から見えていてさすがの貫禄といったところ。通しで観てみたい狂言です。

「鷺娘」は今回が二度目(→一度目はこちら)。変な批評などせず、玉三郎の踊りにどっぷりと浸かるのが、一番よかろうと思います。ナマ「鷺娘」もそのうち「伝説」になるでしょう。

幸四郎は、私はあまり好きな役者ではない。いくら有名、人気、幸四郎のオハコとはいえ、正月から観たい演目でもありません。感動よりもあざとさと過剰さが気になってしまいました。意に反して良かったのが、千鳥を演じる芝雀! 初心な感じがなんともかわいい。「りんぎょやってくれめせや~」が耳について離れません(笑)。彼女の純粋さが、大きく俊寛の心を動かしたことが良く分かります。最後の回り舞台の演出は劇的ですが、やっぱり幸四郎の演技がなんとも、泣き叫ぶより最後の沈黙の方が余程説得力がありましたね。

2009年1月25日日曜日

ドゥダメルのマーラー交響曲第5番(DG 1week)

ドゥダメルのベートーベンに続く第二段、マーラーの交響曲第5番をDGの1week streamで聴いてみました。

音楽的なテーマはベートーベンの第5番に似ているし、音楽に希望を託しているドゥダメルが録音したいという気持ちも分かります。

しかし、この5番にあってもマーラーの音楽は複雑であり混沌としすぎている。まったくもって一筋縄ではいかない。今の時代にあってマーラーに過度の感情を移入しすぎる演奏は忌避される傾向にはあると思う。しかし、だからといってマーラーが有していた矛盾や屈折、諧謔を無視していいとも思えません。

ドゥダメルの演奏は、重心の低い厚い音を提供してくれます。特に低弦やブラスの支えが利いているように思えます。ダイナミックレンジも広い、強奏はアクセントが効いていますし、カンタービレやメロディラインの部分も美しい。確かに水準の高いオケです。

第一楽章の抑圧された凶暴さとか音楽の振幅、第四楽章の抒情に流れすぎない明晰さなどは見事です。この有名な楽章が単に甘ったるい感傷だけではないことを前後の楽章の間で分からせてくれます。終楽章の推進力も流石といったところでしょうか。

であるにも関わらず、何か足りない、全体に音楽が平板に聴こえます。途中で何だかバラバラになった音楽に戸惑っている自分(私)がいる。音楽に摩擦が少ないというんでしょうか、説得されない。悪く言うと退屈、私にとって何度も聴き返したいマーラーにはなっていない。そもそもマーラーなど常日頃に親しみたい音楽ではありません。ですから聴くからには何か欲しい。

うーん、難しいものです。実演を聴いたら印象は全く違うかもしれませんよ。1週間の間にあと、数回は聴いてみると思いますけど、まずはファースト・インプレッションということです。

2009年1月22日木曜日

ドゥダメルのベートーベン交響曲第5、7番(DG 1week)

DGの1週間視聴サービスで真っ先に聴いてみたのが、今更ながらにドゥダメルのベートーベン。話題になるだけあって、注目に値する演奏でした。買っていない盤の演奏を、しかもストリーミング配信されているものを評する行為が「妥当」なのかはさておき、インプレッションを書いておきます。

問題はドゥダメルの楽天性と明朗性についてどのような判断を下すかです。今のところは素直に肯定、受容する気持ちと、態度を留保したい気持ちに分かれています。

ドゥダメル自身、インタービューなどで語っているように、彼は音楽の力を信じています。またベートーベンの交響曲の持つ音楽的テーマについても精通しています。またベネズエラという国、決して西側諸国のように裕福とは言えない環境に居た音楽家達によって演奏されるベートーベンということ。

これらをすべて理解するかしないかに関わらず、演奏から聴こえてくるのは楽天性と明朗性。そして単純な世界観と若者らしい可能性と希望です。悪いはずはありません。いやむしろ出来すぎているとさえ感じます。

音楽と同時進行で主観的感想を連ねてみたら、A4で4枚もの賛辞と疑問で埋め尽くされました。それ程までに刺激的で驚きの演奏です。既に多くの人たちが熱狂的に支持するのも首肯できます。特に交響曲第七番 終楽章の圧倒的なスピードとリズム、凄まじいまでの疾走を聴くと、体の内部からふつふつと沸き起こる本能的肉体的な喜びを抑えることができません。

第五番 第三楽章のコントラバスの響きも鳥肌ものです。チェロとコントラバスのフガートの部分です。コントラバスがこんなにもリズミカルに弾けられるものでしょうか、まさに「踊る巨象」です。

You Tubeにプロムスの映像があります。まるで「のだめ」でも披露されていた楽器回し(本当にクルクル回す!)。あのノリと軽さ、ラテン的健康な官能性。(本当にあの映像は衝撃です)。クライバーの洒落て豪奢なノリとも違う。

とはいえ、いわゆる爆演系とはなっていない。弱音も丁寧に、ダイナミックレンジも広い。ですから、聴く前に想像していた演奏とは少々異なり、最初に聴いいたときには肩透かしのような感じがしたものです。何度か繰り返して聴くに従い、彼のこの盤における特性が分かるようになってきました。深い精神的ドラマは歌われていませんが、ラストへの歓喜を志向する強い確信と希望を感じます。そこには南国を吹き抜ける生ぬるい熱風さえ錯覚します。いいぢゃないですか。ベートーベンに深い精神性を求めるならば、何もドゥダメルを聴かなくても満足できる盤は他にもありましょう。

さて、こうして何度か繰り返して聴いてみますと、彼がほかの曲もどう料理するのか、ぜひとも聴いてみたいという欲求が沸き起こってきました。

2009年1月12日月曜日

映画:エジプトのジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザ)

新宿バルト9で上映されているUKオペラCinema 「ジュリオ・チェーザレ」(ヘンデル作曲、グラインドボーン音楽祭2005年)を観てきました。DVDにもなっている本作品は、クレオパトラ役のダニエル・デ・ニースを一躍有名にした公演。

映画館でオペラというのは何度か観た事があります。貴重な映像を大画面で観る事ができるのは有難いのですが、音量と音響がちょっと酷い。クラシックを知らない人には適正な音量というものが理解できていない、ただ単に「大音量であれば迫力がある」としか考えていないのでしょう。音は割れ、高音もヒステリック。クリスティ率いるエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団の微妙なハーモニーが騒音としか聴こえないのが何とも哀しい。歌手の歌声は肉声のそれではなく、ハンドマイクを通した街頭演説さながら。

歌手のドアップ映像もつらい。ハリウッドのスターではない。大アップでの熱唱はビジュアル的に耐えることができません。

そのような音楽的、ビジュアル的悲惨な面があったとしても、デ・ニースのクレオパトラは素晴らしい。彼女が登場すると世界が全然変ります。ジュリオ・チェーザレ役のサラ・コノリーやセトス役のキルヒシュラーガーなど並み居るヘンデルを得意とする歌手陣を向こうにまわしての圧倒的な存在感。これにはデイヴィッド・マクヴィカーの演出によるところも大きいのだと思います。ドロドロした復讐劇に、少し軽目のエンタテのトッピングをかけている。その対比が上手い。

デ・ニースには文字通り「つま先」まで痺れてしまいます。でかい口、大きな眼。チャーミングにしてコケティッシュ、健康的な色香。いわゆるエロかわいいてやつでしょうか。最後、さながらミュージカルのように歌って踊る「Da tempeste il legno infranto」がアタマにこびりついて離れません。確かにデ・ニースがフィガロのスザンナ役を演じたならばハマリ役でしょう。

二度の休憩をはさんで227分。観るのも結構体力が要ります。デ・ニース観たさに映画館に脚を運びましたけど、さらに別のオペラを観たいかと考えると、この音響では勘弁といったところでしょうか。新宿では16日(金)までですから、観るならお早めにといったところでしょうか。

2009年1月3日土曜日

柴田哲孝:「完全版」下山事件 最後の証言

本書「下山事件」をどのようなコンテクストの中で読むかにより、評価は分かれるかもしれません。佐藤一「下山事件全研究」、森達也「下山事件(シモヤマケース)」、そして諸永祐司「葬られた夏-追跡・下山事件」。これらを読んだ上で、本書に下山事件の解明を求めたとき、不満や疑問が残るか、真相解明の快感が得られるか。

純粋に「下山事件」の決定版を出版するという意図が柴田氏の目的であったならば、本書のような構成にはならなかったはずです。他書や報告との差異や論拠の違いを、一つ一つ漏れなく潰していくという遣り方こそ取るべきで、柴田氏の都合の良い文脈の中で散発的に資料を引用するという書き方は、フェアに感じられません。

おそらく、本書は「ジャーナリスト柴田氏」の自分探しの書なのです。氏の下山事件に対するアプローチは、自分の叔父が下山事件に関与していたかもしれないことを知らされたところから始まります。叔父は柴田氏の成長過程で大きな影響を与えた人格として紹介されています。「下山事件」そのものよりも叔父について調べたかった、すなわち、柴田氏自らのルーツを探ることが目的であった。

追求を始めると、事件や証言には不可解な点が余りにも多い。最初はルーツの旅であったものの、ジャーナリストとしての血が真実を求め始めたようです。それから氏は膨大な時間をかけて事件に迫っていきます。

下山事件に関与したらしい亜細亜産業という叔父の会社を中心として登場する人物名には驚かされます。政治家、右翼、左翼、CIA、CIC・・・、そして三菱など。昭和の一時代が亜細亜産業という「場」に凝縮されているかのようです。

多くの証言を通して(身内のものも多いのが欠点ではあるが)、亜細亜産業の正体を暴く作業そのものが、叔父を探す作業につながり、ひいては下山事件を紐解くことに繋がっていきます。ここらあたりの筆致はグイグイと読ませます。

そして、全てを「辻褄が合うように考えると」、下山事件は、国鉄内部のだけの問題だけではなく、アメリカの日本占領政策と日本という、大きな枠組みの中で生じた「事件」であることが見えてくる。アメリカの国家戦略、権力と利権の構図。著者の、この結論を読んでストンと溜飲を下げるか、胡散臭いと感じるか。

さらに人脈と事件のルーツとして柴田氏は、「満州鉄道」に拘り続けます。そして最後に下のように結んでいます。

もちろん張作霖爆殺事件や柳条湖事件が下山事件と直接関係していたとする論法は成り立たない。だが、下山事件の背後には、満州鉄道から延々と続く人脈が存在した。精神的な支柱として、もしくは事件の発想の根幹として、その裏に満州鉄道が存在したことは確かである。
私は下山事件にはそれ程「思い入れ」はありません。ですから、本書にはイノセントに接し、大変面白く読むことが出来ました。正直、昭和史に関してはイロイロと目から鱗のところも多かったです。ですから下山事件の犯人が誰であっても、私にはどうでも良いことです。むしろ最近の書「CIA秘録」でも読まなくては、という気になりました。

この作品の後に柴田氏は、作家として歩み始めます。先に酷評した「TENGU」も、本書を読むと氏が何を書きたかったのかが分かりました。あれは氏の構想だおれの作品です。あまりにも「下山事件」で得た結論が「ロマンチック」過ぎたということです。